国政選挙では原発再稼働、TPP、改憲など色々な問題が争点になるが、沖縄の在日米軍基地について取り上げられることは少ない。在日米軍基地の74%が集中する沖縄で今何が起きているのか。米軍輸送機オスプレイ用ヘリパッド建設に反対する沖縄県東村・高江地区の人々を追ったドキュメンタリー映画『標的の村』。8月公開を前に監督の三上智恵さん(琉球朝日放送キャスター)に話を聞いた。

【プロフィール】
三上智恵(みかみ・ちえ)
1964年東京生まれ。父の仕事の関係で12歳から沖縄に通い、成城大学で沖縄民俗を専攻。卒業後、大阪毎日放送入社。1995年、琉球朝日放送の開局とともに沖縄へ移住、第一声を担当。以来、夕方のローカルワイドニュースのメインキャスターを務めながら、数々の番組を制作。作品に「超古代文明は琉球弧にあった!?~沖縄海底遺跡の謎~」「検証 動かぬ基地 拡大版 ~沖国大ヘリ墜落事故から1ヶ月~」「海にすわる~辺野古600日の闘い~」「サンゴが消える日」「英霊か犬死か~沖縄から問う靖国裁判」など、受賞作品多数。昨年12月に沖縄県内で放送した特別番組「標的の村」47分バージョンは、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞を受賞。これを劇場版として91分に拡大して全国で公開予定。

■基地建設のために子どもまで訴える国

―沖縄でも高江の問題を知らない人がいるのですね

高江は那覇から車で3時間かかり、新聞やテレビ各社もなかなか行けない場所です。さらに高江自体160人ぐらいの小さな集落で、周りがすべてアメリカ軍の戦闘訓練所です。そうしたことから問題がなかなか伝わらなかったのです。  高江はもともと川の両脇にあった5つの集落が移転してできました。それぞれの集落は、やんばるの森から木を伐り出して海まで運び、やんばる船に渡す仕事をしていました。その仕事がなくなってから全ての集落が台地上に移動して高江になった。異なる歴史の集落が集まったので大きな祭りもなく、沖縄でも高江出身という人は少ないのです。 またヘリパッドの問題も私たちは計画が判明した2006年から取り上げていますが、沖縄の各局はあまり取り上げていません。だからQAB(琉球朝日放送)を見ていなければ、沖縄の人でも高江ヘリパッド問題は知らないんです。

―防衛局は住民無視で建設をごり押ししています

どんなに地域住民に反対されても米軍に基地を提供しなければいけない、その意味で防衛局の職員にとっては本当に辛い仕事だと思います。とにかく高江にヘリパッドを6つ作る、それを達成できないと彼らは防衛局の中で次のポジションがないわけです。 だから自分たちの考えをさしはさまず、「日米両政府が決めたことを粛々と積み上げていくだけでございます」と述べ、「北部訓練場の返還があるので、沖縄県民にとっては前進。基地の整理縮小につながる」と念仏のように言い続けるのです。 高江の人たちがいくら、「私たちの周りに6つも持ってきて整理縮小ですか。私たちは我慢しろということですか。見捨てられているんですか」と言っても、「日米両政府の合意にのっとって粛々と」しか言わない。「アメリカ軍の運用に関しては、日本は口出しできない」と百万回言ったとしても地元が納得できるわけがないのに繰り返し言う。 こうしたことを彼らがテレビカメラの前でも平然と言えるのは、「高江なんて誰も知らないんだから反対する住民を裁判に訴えてしまえば建設できる」と思っていたからでしょう。

―7歳の女の子までも「通行妨害」だと訴えました(注※)

安次嶺(あしみね)現達さんの長女、海月(みづき)ちゃんですね。6歳くらいの時に会っていたので、「ああ、あの子が訴えられたんだ」と思ってがく然としました。しかも彼女は現場にも行っていないんですよ。大人が子どもを訴える、こんなあこぎなことはない。でも最初はオスプレイが来たら逃げると言っていたのに、5年経った今、海月ちゃんは今の状況を受けて立つというようになった。胸がしめつけられます。 よく大多数の幸せのためにはある程度の犠牲は仕方がないと平然と言う方がいます。しかしそれを許すわけにはいかないでしょう。白日のもとに事実を曝し「人権が蹂躪されているのに国民は助けないのか」と問うことが自分たちの仕事だと思っています。

■住民を生きた「標的」にしたベトナム村

―ベトナム戦争時に住民は訓練に駆り出されました

かつて沖縄には沖縄人民党という地域政党(のちに共産党と合流)があり、発行していた機関紙は「人民」です。そこに高江の「ベトナム村」のことが報じられていました。 「人民」はアメリカ軍に弾圧されては発禁になり、印刷所を変えてもそこを止められるなど、困難な中でずっと発行し続けていました。沖縄がアメリカ軍に占領されていた当時、「人民」は検閲を受けないでゲリラ的に出していたので、琉球新報や沖縄タイムスが書けないことも書いています。他の新聞も米軍の高等弁務官が高江でベトナム村の訓練をみたことは書いていますが、全然トーンの違う記事になっています。 ですから「ベトナム村」の話は沖縄の歴史に詳しい人でもほとんど知りません。かつては海から船でしか行けない場所だったので、何の情報も伝わらなかったのです。 では高江の人たちが今も頭にきているかといえば、そうでもない。「今になって外の人間から『人権が蹂躪されていた』と言われても」という感じです。 はるか北部の山中にある高江に対して、当時のアメリカ軍政府は何もしてくれず、日本に復帰した後の沖縄県庁が何をしてくれるわけでもない。そんな高江のすぐ隣にあるのがアメリカ軍のゲリラ訓練所で、そこの軍人が道路や小学校の校庭を作ってくれたわけです。高江の人は米軍を頼る以外になかったので、ベトナム人の役もした。 「あの時はギブアンドテイクだったんだ」という記憶にすりかわっています。そのため高江の村の一軒一軒をたずねて「ベトナム村に行ったんですか」と聞く作業は、本当に嫌がられ、歓迎されませんでした。 けれども一日本国民がベトナム人の役をさせられるのはどう考えてもおかしい。本当に撃たれないとしても、明日にもベトナムに行ってベトコン(南ベトナム解放民族戦線)に銃を向ける人たちの殺気立った目が同じアジア人に向けられるわけです。ベトナムに行く前に正気を失って発砲した人もたくさんいるのに、誰が喜んで5才くらいの子どもまでベトナム村に連れて行くでしょうか。 沖縄県民がアメリカ軍の戦争訓練に巻き込まれ、今もオスプレイのヘリパッドが村周辺に配置され住民が生きた「標的」とされている。そうした高江の歴史を読み解く必要があります。

■排除されながらも映像を撮り続けた現場

―昨年9月普天間基地完全封鎖は初めてのことですね

なぜ普天間封鎖なのか分からない人も多いと思いますが、沖縄の在日米軍で一番多いのは海兵隊で、その象徴が普天間基地なのです。しかも基地の周りは住宅密集地で世界一危険な飛行場でもある。さらにオスプレイの配備先でもあるわけです。 オスプレイの配備について日本政府は去年の前半まで否定していましたが、実は1980年代から配備は決まっていました。「1995年の少女暴行事件後の普天間返還はオスプレイ配備のための茶番劇だ」と指摘する人が当時すでにいました。それなのに日本政府は一切否定して認めなかった。国民を馬鹿にしてあざむいたわけです。 基地を置くかどうかについて、これまで日本政府が沖縄に尋ねたことはありません。選択肢は沖縄にはなく、暴力的に無理やり土地をとられた歴史があるだけです。 アメリカ軍占領下では、知らないうちに自分たちの土地が軍用地に接収され、敷地に入ると銃で追い回された。日本に復帰しても土地は戻らず、今度は日本国の法律によって罰せられるようになった。住民にとっては本当に理不尽な話です。 そうした地主に対して「軍用地料をもらっているんだろう」と言う人がいますが、それは後付の理屈です。もし返してもらえるのであれば、自ら土地を開発したい、土地を耕したいと思っている人たちはたくさんいます。 復帰してもなお、その望みはかなわず、黙っていればオスプレイまで配備される。ならば自分たちの土地へ堂々と胸をはってフェンスを倒して入っていこうと考えるのは当然です。「基地を使用不能にしよう。そうなれば海兵隊が出ていくしかない」。沖縄県民が本当に怒って全員が雪崩をうって基地に入ったら、アメリカ軍は使うことはできない。それを非暴力で行なったのが普天間基地の封鎖でした。

―映画ではフェンスを開けた米兵と住民が衝突します

私たちは逮捕者が出るという前提で取材体制を組み、各ゲートの様子を撮っていました。なぜならば2006年に辺野古で平良夏芽さんが逮捕されたとき、すぐそばにいたのに気づかなかったからです。 平良さんが警察と押し問答しているうちに急に車に押し込められて、新聞記者が「逮捕されたぞ」と言って分かった。その時には彼の言葉を聞くことはできませんでした。 平良さんは数日で釈放されましたが、米軍占領下での伊江島や伊佐浜の土地闘争の時には1年間も出てこられなかった人が大勢いました。自分の土地を暴力で軍用地にとられ、反対すれば1年も閉じ込められるなんてあり得ないことです。 しかしその可能性が今でもあるのが沖縄なんです。だから、逮捕される人の最後のコメントがあるとしたら撮らないといけない。映像があれば、その人を守る世論を維持することもできるからです。 国が自ら決めたルールで人権を蹂躪し、横暴なことをしている時に、国のルールにのっとって報道の自由が守れるのか?人権を守れるのか? 92才で現役の伝説の報道カメラマン・福島菊次郎さんは「事象が法を犯している場合には、カメラマンは法を犯してもいいんです」と言っていますが、今回の取材はそうしたぎりぎりの選択を迫られる場面だったと思います。

―県警は市民だけでなく報道陣も強制排除しました

自分たちの権利をこれ以上狭められないように大きな敵と戦い、生活を守るためにやっているのに、なぜか目の前で対立しているのは同じ県民。その空しさをみんな感じていたと思います。 実際はアメリカ軍が沖縄県警に安全を確保しろと指令しているのです。アメリカ軍に言われて県警は暴力を振るっている。安全に基地を提供する義務は日本国にありますが、道路の秩序を確保するのは県警だからです。 だから沖縄県警に抗議をする話も出たんですが、今は県内で対立している場合じゃないということで止めました。本当にジレンマですね。

■過酷な戦争体験から語るべきことは何か?

―東京のマスコミはほとんどこの問題を報じませんね

あんなに暴力的なことが行われていても報道されない日本という国は危ういですね。 現場にいた私も他の記者たちもやりきれなくて泣いていました。普天間封鎖に関わった人は、みんな無力感や敗北感を抱えていると感じます。 あの後、日常的にオスプレイが目の前を飛んでいるんですよ。その度に自分たちが17年間やってきた報道は何の役にも立たなかったのかと虚しさにつつまれます。 実は琉球朝日放送は1995年10月に開局しているんです。直前の9月に少女暴行事件が起きているので2、3年は基地問題の報道一色でした。ステーションコールの第一声から関わっているので自分が生み出した放送局のように思い入れがあります。 いまだに米兵から暴行を受けても被害を訴えることができない女の子はものすごく多いんです。そういう事例に接するたび、あの時の小学6年生の女の子はどんな思いで訴えたのかと考えます。 被害を受けた女性にもし恋人や夫がいたとしても、一緒に乗り越えてくれる人は簡単にはいません。もし結婚していれば、子どもや夫のために沈黙する。高校生であれば「夜遊びしているからこうなるんだ」と言われ、高校でも話題になるから訴えない。 そもそも今、米兵の暴行を訴えれば日本中のメディアに追いかけまわされます。そう考えると警察には言えない。だからこそ95年に訴えた少女の勇気をいつも思い起こします。不幸な事件というだけでおわらせたくない。そういう気持ちは沖縄で報道する人間ならみな持っていると思います。

―中国や北朝鮮の「脅威」ばかりが強調されています

北朝鮮や竹島や尖閣諸島に関しては対立を煽るような報道ばかりが目立ちます。本当に危機感をもって伝えているというよりも、視聴率が稼げるから扇情的に報道している面があると思います。 沖縄でもローカルニュースの時間は一日30分程度しかなく、独自の番組は夕方のニュースぐらいです。特番はありますが、毎日流れる番組の95%は東京のテレビと変わりません。 だから沖縄の若い人たちも、「なんかあったら不安だよな。自衛隊いた方がいいよな」と思うようになっています。東京のメディアが「オスプレイ配備に反対してアメリカ軍の機嫌を損ねたら、日本が危なくなる」といえば、若い人に限らず40代や50代の人でも「アメリカが出て行ったら中国がやってくる」と思うようになる。そういう安全保障に対して思考停止の状態は沖縄も同じですよ。 ただお年寄りは、自分の過酷な地上戦の体験を語り続けていますから他の地域とは違うかもしれません。けれども若い人に関しては本土と変わらない。だから余計に危機感を感じます。 たとえば与那国島に自衛隊の基地を建設する計画があります。そんな論理に加担して、ことを構える島になってしまうと、草の根レベルで台湾や韓国と交流してきたことを台無しにします。そもそも軍事基地があったことで住民被害が増した沖縄戦の経験で知っているはずです。 だからいくら東京のテレビ局が「丸腰ではダメだ」といったとしても、「冷静な対応が必要だ」という真逆のニュースをローカルで流すということをやっています。

注※東村高江のヘリパッド建設に反対する住民の抗議活動を「通行妨害」にあたるとして国が2008年11月に仮処分申請。そこからはじまった、いわゆるSLAPP裁判(企業、自治体、政府が声を上げた個人を恫喝するために提訴すること)。2009年12月の仮処分決定までには15人のうち13人の処分が却下されたが、住民の会の代表だった伊佐真次さんと安次嶺現達さんの二人には「通行妨害禁止命令」が出され、本裁判に発展。2012年3月の判決では、安次嶺さんに対する訴えを棄却する一方で、伊佐さんに対し「妨害禁止命令」が言い渡された。これに対し住民側は控訴を決定。2013年6月25日、福岡高等裁判所那覇支部は住民側の控訴を棄却。これに対し弁護団は26日、最高裁に上告することを決めた。7月5日、記者会見が開かれ、敗訴となった伊佐真次さんは「私たちの行為が妨害と認められれば、いろいろな反対活動が萎縮してしまうのではないかと心配している」と語り、弁護団の金高望弁護士も「表現の自由という、人権の根幹に関わる問題をはらんだ不当判決だ」(7月6日付琉球新報)と訴えた。

『標的の村』
監督=三上智恵 プロデューサー=謝花尚 撮影・編集=寺田俊樹
2013年/日本/91分  配給=東風
公式HP http://www.hyoteki.com/
8月10日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開

 

4 Responses to ドキュメンタリー映画『標的の村』 東京のメディアが報じない沖縄基地問題を映画で

  1. 関重美 より:

    過酷な戦争体験から語るべきことは何か?・・

    マスメデアも加担した事の「落としまえ」

    表現の自由という、人権の根幹に関わる問題をはらんだ不当判だ・・・・

    表現をしないと言う自由を忘れた哀れな「歌を忘れたカナリア」達
    コントロール出来なくなった戦前の軍部、自らコントロール昨日を放棄した日本のマスメディア
    言いたいことをやっと言える国になったのに「飯の種」に自分たちの都合のよいことばかり報道するマスメディア、どっちも国民にとって真実は伝わらない。あんた何で「飯」食ってるの?と尋ねたい。

  2. 鈴木康之 より:

    重要な記事をありがとうございます。
    FaceBookにて「標的の村」上映情報拡散に用いさせてください。
    一人でも多くの人と共有してもらいたいです。
    残念ながら私は韓国在住のため見にゆくことが、
    もともと難しいため、お勧めするには説得力はないのですが、
    だからと言って何もしないわけにはゆきません。
    同じ問題意識を持つ友達と何らかの形で力を合わせてまいりたく存じます。

  3. 栗原 海斗 より:

    この映画をみたのは高校でした。
    丁度ポレポレ東中野からフィルムが特別貸してくれたと聞いています。

    名前を忘れたのですが、そうか。
    標的の村、だったんだ。

    オスプレイが絶対安全だの、そんなのは関係ないですね。
    安全以前の問題を片付けない本土連中はホントどうかしてる。

  4. 鬼塚永子 より:

    三上さんありがとうございます。
    途中、腸がよじれるような感覚が何度も・・・・・・・・・・。
    テレビで見ているだけ、新聞で報道されているだけではわからない現実があるのだということを知ることができました。
    この映画を一人でも多くの方々に見てもらいたいと思いました。
    中高生に見せなければいけないと感じました。
    今日本中が立ち上がらなければ日本は昔の軍国主義にもどらされてしまいます。
    団体の力を今発揮せねばならないと思いました。
    この映画のチラシをみただけで、わかったような気がしていた私でしたが、この映画は人間の体にまで食い込んで私たちに訴えかけてきました。
    観終わったとき一緒に見ておられたかたがたと、感想を語り合える時間がほしいとも思いました。
     これは、沖縄だけの問題ではありません。
    特に、感情をゆすぶられた箇所は、若い警察官に対して女性が言った言葉
    「したくないのでしょう。つらい気持ちでしているのだということは私にもわかるよ。したくなかったら年休を取りなさい。
    沖縄県民でしょ。県民同士がなぜ対立しなければならないの。
    何十年もおんなじこと繰り返して。情けなくなるよ。」

    これは演技でなく、現実を映してるのですから、本当に感情が
    高ぶってきました。警察官の表情もとてもつらそうでした。
    つらく悲しい思いをかくして、住民をそしてマスコミを追い出そうとしている悲しい現実。これを繰り返しているうちに麻痺していって昔の軍隊のように暴力暴言をなんともおもわなくなっていくのでしょう。
     それから、この映画の中に芸術がおりまざっていました。
    なぜだか、涙があふれてとまりませんでした。映画作成のご苦労
    に感謝。そしてこの映画上映までに多くの方々のご協力にかんしゃします。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">