科学技術が日々高度化、複雑化するなか、社会的合意や倫理的規範が追いつかず、深刻な問題に発展する危険性が高まっている。議論の土俵を整えるべきジャーナリズムも役割をはたせていない。健全な科学コミュニケーションはどうあるべきか、富山大学人間発達科学部准教授の林衛さんに聞いた。(聞き手=本誌編集部 渡瀬義孝)

プロフィール▼はやし・まもる
1967年、東京都生まれ。千葉大理学部卒、東大大学院理学系研究科地質学専攻修士課程修了。岩波書店勤務、NPO設立、東大教養学部教養教育開発機構特任助教授などを経て、2006年4月から富山大人間発達科学部准教授。富山市在住



<ノーベル賞と金メダルに弱い大手メディア>

◆山中教授のノーベル賞受賞報道は称賛一色です

 今年のノーベル生理学・医学賞を京都大学の山中伸弥教授の受賞が決まりました。皮膚の線維芽細胞に4つの遺伝子を導入し、人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製に成功した功績を評価されてのことです。

 これを報じる新聞を集め学生たちと目を通しましたが、「大変おめでたい」「素晴らしい快挙」と称賛する論調がほとんどでした。しかし、当の山中教授自身は「再生医療に道がついたと言われるけれども、フルマラソンで言えばまだ10㎞地点だ」と語っています。

 山中教授のたとえが何を示唆しているのか色々解釈できますが、「残り32・195㎞、ゴールがあることは分かっているけれど、そこに辿りつけるかどうかはまだ分からない」との含意があると思います。つまりまだまだ科学的のみならず、倫理的にも様々な障壁があるわけです。

 ですから、本来メディアはお祭り騒ぎのようにただ受賞を称賛するだけでなく、iPS細胞を巡る様々な問題についてきちんと掘り下げて報道する責務があるはずです。最高の賞を手にする山中氏らの研究にケチをつけることにはならないどころか、むしろ今後の再生医療にとって最も大切な議論なのですが、どの大手メディアもたいして取り上げていません。日本の大手メディアは本当に金メダルとノーベル賞に弱いんですね。

 そんなお祭り報道に浮かれるなか、読売新聞が大誤報をしてしまった。10月11日付朝刊1面トップに「iPS心筋移植 初の臨床応用 ハーバード大日本人研究者 心不全患者に」と大々的に報じたのです。これは極めて稚拙な誤報です。

 そもそもこの臨床応用が事実なら、トップランナーとして独走する森口尚史氏にとって焦ってメディアに発表する必要など何もないのです。論文を書くなどしてきちんと検証を受けてから大々的に公表してもなにも困らない。ところが読売新聞は正規の発表そのものを確認していない段階のリーク情報につられ、「成功した」と報道してしまったわけです。

 1996年のクローン羊ドリー誕生以来の取材・報道を重ねてきた新聞社・記者にとって、関連知識がとりたてて欠けていた分野ではないでしょう。ではなぜこんな誤報を生み出してしまったのか? ここに今日の大手メディアが抱える深刻な問題が潜んでいます。

(続きは本誌1332号でお読みください)

 

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