野田政権による尖閣諸島国有化を受けて、中国で「反日デモ」が激化。この機を利用するかのように「日米同盟」の強化が声高に叫ばれ、沖縄にはオスプレイが強行配備された。日本外交には何が問われているのか。『日本の国境問題』(ちくま新書)を著した元外務官僚の孫崎享さんに話を聞いた。(聞き手=編集部・温井)

プロフィール▼まごさき・うける
1943年旧満州国鞍山生まれ。1966年東京大学法学部中退、外務省入省。英国、ソ連、米国(ハーバード大学国際問題研究所研究員)、イラク、カナダ勤務を経て、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。2002~09年まで防衛大学校教授。著書に『日本外交 現場からの証言』(中公新書)、『日米同盟の正体』『不愉快な現実 中国の大国化、米国の戦略転換』(ともに講談社新書)、『戦後史の正体』(創元社)、『アメリカに潰された政治家たち』(小学館)など多数。



<国際法と矛盾する日本政府の主張>

◆日本が尖閣諸島を国有化し日中関係が緊迫しています

 まず確認すべきことは、日本の領土問題となっている北方領土、尖閣、竹島、すべてに共通する最初のスタートラインは、1945年のポツダム宣言だということです。

 ポツダム宣言には3つの重要なポイントがあります。一つは、本州・四国・九州・北海道を日本の領土とすること。2番目は、その他の島々については連合国が決定すること。3番目は1943年のカイロ宣言を順守することです。

 日本は第二次世界大戦の敗戦でポツダム宣言を受諾した後、1945年9月2日の降伏文書でこれを守ると署名しました。戦後の日本が、ポツダム宣言降伏文書を出発点として国際社会に復帰したと見るならば、本州・四国・九州・北海道以外の島について、「固有の領土であるから日本のものだ」とする論理は成立しないわけです。

 そのことを押さえたうえで、連合国側がそれぞれの島にどのような態度をとったかを考えなければいけない。尖閣諸島の問題については、カイロ宣言を順守することになっています。カイロ宣言とは、日本が清から奪った全てのものを中国に返すということです。

 日本が尖閣諸島を沖縄県に編入したのは1895年、清の時代のことです。日本は10年間現地を調査した結果、尖閣諸島がどの国にも属していないことを明確に理解したうえで、国有化したと主張しています。

 つまり中国との争点となるのは、当時本当に尖閣諸島がどこにも属していなかったのか、あるいは清国から奪ったとされる範疇にはいるのかです。

◆日本政府は「無主の地」であったと主張していますね

 これには二つの問題があります。一つは尖閣諸島が「無主の地」だとの歴史的な事実を証明できるかです。この問題はいくら現地調査をしても分かりません。歴史文献などの研究をしなければいけないはずです。

 たとえば中国の古い文献を見ると、倭寇があの地域を荒らしていた頃、明は1556年に倭寇討伐の総督を任命しています。その討伐の守備範囲の中に尖閣諸島(釣魚島)が入っているのです。軍事的公権が発動されているわけですから「無主の地」と断言できるかは疑問です。

 そしてもう一つの問題は、「無主の地」の論は、植民地時代の論理だということです。植民地時代、たとえば遊牧民のベトウィンがいるような地域を奪う際に、西欧は「無主の地」との論理をあてはめました。

 無人に見えるかのような地域でも実際は村落などによる何らかの支配形態があった。にも関わらず、これを完全に無視して奪い取った。この理屈は、今日的に通るのかといえば疑問です。そして現在、かつて「無主の地」として奪われた植民地のほとんどは独立国になっているわけですから、「無主の地」の論がどこまで有効なのかは分かりません。

 いずれにせよ、尖閣諸島の帰属をめぐって「争点」がある限り、「領土問題は全く存在しない」という言い方は、正しいアプローチではないと思います。尖閣諸島について「日本固有の島であって、日本のものである」という論法は、日本国内だけで通用する論理であって、国際的には通用しない論理です。

 野田首相は国連で「国際法に従って」と言ったようですが、ポツダム宣言やカイロ宣言との矛盾点をたぶん分かっていないのだと思います。恐らく外務官僚も説明をしていないのではないか。かなり深刻な問題だと思います。

<米国はあえて領土問題を残したのか>

◆多くの人は歴史的経緯を知らないまま煽られています

 ある高校の先生が、どのように領土問題を教えたらいいかと、公民の教科書のコピーを送ってきました。そこには、尖閣諸島について「アメリカの統治下に置かれましたが、沖縄返還と共に日本の領土に戻りました。しかし中国もその領有を主張しています」と書かれています。

 しかし沖縄返還と共に日本の領土に戻ったというのは、それほど明確なことではありません。1972年の沖縄返還の際、米国は領有権問題については中立だと言い、日本側の立場も中国側の立場もとらないとしたからです。

 また地理の教科書では、「尖閣諸島は日本が明治時代に領土であると宣言した沖縄県に属する島々です。中国は1970年から尖閣諸島を領土として主張しはじめました」と、書いてある。

 確かに1970年ぐらいから尖閣諸島は大きな争点になってきました。しかし中国の周恩来は日本との講和条約の際に、ポツダム・カイロ宣言を基礎にすべきだと述べています。

 つまり教科書ですら、歴史的事実を正確に伝えていない。だから多くの国民は「尖閣は日本の島であったのに、中国が1970年に石油があるからいちゃもんをつけてきた」と思い込んでいるわけです。

(続きは本誌1331号でお読みください)

 

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