昨年3月の東電福島原発事故から4か月後、ドイツ連邦議会は2022年末までに原発を全廃すると決定した。一方、事故当事国の日本では、拙速な「安全審査」で福井県・大飯原発を再稼働させようとしている。この違いは何か。ドイツと日本の脱原発運動の橋渡しを行なう「アトムフリー・ヤーパン」代表の高田知行さん(ドイツ在住)に話を聞いた。

プロフィール▶高田知行(たかだ・ともゆき)
東京浅草生まれ。「アトムフリー・ヤーパン」代表。ドイツ連邦共和国公認通訳翻訳士。早稲田大学卒、東京大学大学院修士課程修了。在独30年。ドイツ人の奥さんと3人の子供たちと暮らしている。日本の「食」の紹介がライフワーク。ウェブサイト「アトムフリー・ヤーパン」:http://atomfreejapan.org/ 個人ブログ「ほぼ毎日ドイツ」:http://blog.goo.ne.jp/kulitaka
写真は東京電力本社前で「原子力おことわり」バッグを掲げる高田さん(左)。

<原発事故は戦後日本の終着点・分岐点>

 今回の原発事故は、戦後日本の硬直的な社会システムがたどり着いた一つの終着点ではないかと思います。

 私は東京浅草の下町出身です。地方を全く知らずに、子どもの頃から恐らく『東京=日本』のような感覚で生まれ育ったのだと思います。本来の日本の風土から切り離されつつ、一方では戦後日本の発展を体現化する東京。その中で経済成長一辺倒の暮し方や価値観、あるいはそれを支える社会のあり方に大きな違和感を持ち、大学に入学する頃から「こんな中で自分の人生を送りたくはない」との気持ちが強まっていきました。それが独文学を専攻するきっかけともなったのだと思います。1983年からドイツへ留学、そして大学院卒業後の1988年、すぐにドイツに渡り、デュッセルドルフで翻訳事務所と小さなドイツ語学校を始めました。28歳のことです。

 それ以来、日本の社会に直接関わることはなるべくなしにしようと思ってきたのですが、今回の原発事故で大きく気持ちが変わりました。このままでは、日本の社会どころか、この国、私たちの風土全てが喪われてしまう。自分にとってかけがえのない日本の「食」や工芸、自然の風景、故郷としての日本全てが失われてしまうという切迫した思いにかられました。そこで去年の3月17日、日独二カ国語のウェブサイトを立ち上げ、浜岡原発STOPの日独署名を集め始めました。

 原発に関しては、2010年の夏頃から上関原発の建設問題に関心を持っていました。父の出身が山口県柳井市だったこともあり、実際に祝島へ行き、山戸貞夫さんと会って話を聞き、建設予定の浜辺にも行きました。その埋め立ての動きが激しくなった時、日本の市民団体が抗議の共同宣言を発表しましたが、それをドイツ語に訳してウェブに掲載し、ドイツの環境団体にも連絡をとりました。

 祝島だけでなく、行政と電力会社は一体となって反対運動を色々な形で分裂させ、非常に陰湿なやり方で潰そうとします。原発建設の合理性はなく、深刻な環境破壊が起きても、マスメディアは全く報道しません。このような構図は、今回の東電福島原発事故でもはっきりと現れています。

(続きは本誌1326号でお読みください)

 

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