震災瓦礫の広域処理をめぐり、日本各地で論議が起きている。横浜国立大学名誉教授・宮脇昭さんは、瓦礫を土に埋め土地本来の常緑広葉樹を植える「森の防潮堤」を提案。政府も取り入れ始めた。未来へ向けた森づくりについて宮脇さんに話を聞いた。

プロフィール▶みやわき・あきら
1928年岡山県生まれ。横浜国立大学名誉教授。財団法人地球環境戦略研究機関国際生態学センター長。前国際生態学会会長。1952年広島文理科大学生物学科卒業。大学時代の雑草学の研究論文がドイツ国立植生図研究所長のラインホルト・チュクセン教授の目にとまり、1958年に渡独し同氏より「潜在自然植生」について学ぶ。帰国後、日本全土を調査し『日本植生誌』(全10巻、至文堂)をまとめる。その後、企業、学校、団体等と提携し、市民も参加しての緑化運動を国内外で進める。著書に『植物と人間』(NHKブックス)、『鎮守の森』(新潮文庫)、『いのちを守るドングリの森』(集英社新書)、『「森の長城」が日本を救う』(河出書房新社)など多数。

<3・11は現代文明への警鐘>

地球に命が生まれて40億年、人類が出現してから500万年。その間にローカルからグローバルまで何千回もの大変動、大きな危機があったと思いますが、むしろそれをチャンスにして私たち人間も動植物も生き延びてきました。

人類の歴史のほとんどは、森の中で猛獣におののきながら木の実を拾ったり、小魚を捕ったり、海岸の貝を拾ってくる狩猟採取生活でした。ところが今や人間は、最高の科学技術や医学によって邪魔者となる生物をすべて皆殺しにしています。

そればかりか、自分の属する党派、派閥、集団だけより良い生活をしようと、戦争や闘争を繰り返している。物とエネルギーをふんだんに使い、紙切れの札束や株券に踊り、ガセネタを含めた情報の洪水に溺れながら、「まだ足りない、まだ足りない」とあくせくして生きてきたのです。

しかし地震列島日本では、必ず人の命を奪うような自然の揺り戻し、自然災害が起きます。目先の欲望に囚われ、自分だけは生き延びるような錯覚のなかで傲慢にふるまっていたその時、昨年3月11日の地震、津波によって瞬時に2万人の命が失われました。

そして東京電力福島第一原発事故です。最高の科学技術で設計されたプラント、コンピューターにインプットして作られた地震や津波の予測は打ち破られました。

一番大事なものは命です。私たちは初めて命の尊さ、はかなさ、素晴らしさを嫌というほど思い知らされたわけです。だから今、政府、地方公共団体、各種企業、そして個人レベルでも、海際から高台への移転を訴えています。

しかし人類の歴史を振り返れば、メソポタミア文明、ローマ帝国、あるいは現代のロンドン、ニューヨーク、東京、横浜、大阪などの大都市はすべて海際、河口沿いにあります。水際は水産資源だけでなく生物的な潜在資源があり、生産能力が一番高く、最も生活しやすい場所なのです。

たとえ税金をかけて無理に移転しても、人間は忘れやすく10年も経てば住みやすい海岸や川沿いに降りてきます。そして寺田寅彦が指摘したように、命を奪う自然災害は必ず忘れたころにやってきます。

では何をすべきなのか。今回の災害を逆手にとってチャンスとし、次の氷河期までの9000年を健全に生き延びる、命を守るシステムをつくることです。そこで土地本来のふるさとの木によるふるさとの森、「命を守る森の防潮堤」を東北沿岸沿い南北300㎞に渡ってつくることを提案しています。

<津波に弱い「奇跡の一本松」>

釜石港にはギネスブックにものるほどの世界最大水深(63m)の鉄筋コンクリートの防潮堤がありました。また宮古市の高さ10m、幅3mの防潮堤は、「万里の長城」と呼ばれていたほどです。

ところが平面のコンクリートの壁に高さ10mの津波が突き当たるとエネルギーが倍増し、20m近い高さとなり防潮堤を乗り越えてきました。結果、防潮堤があるから絶対安全だと思っていた人々の予想を超え、多くの人たちの命を奪いました。

鉄やセメントは死んだ材料です。死んだ材料を利用する場面も必要かもしれませんが、同時に人間の命の共生材として、生きた緑の構築材料を積極的に使うことが重要です。森の防潮堤を築けば、コンクリートと違ってすき間があるので、波を破砕する効果があるからです。

本物の森は立体的な多層群落で、緑の表面積は単層群落の芝生の30倍以上です。そのため防音、集塵、防災、防波機能も30倍以上あり、炭素を吸収固定する温暖化抑制機能は数百倍あります。

ただし重要なのは、その土地本来の樹木を植えること。今私たちが目にしている森の多くは、人間によって本来の植生が破壊された跡です。日本の海岸には「白砂青松」といわれる松の防潮林がありますが、これも本来の植生ではありません。

被災地の現地調査をすると、根が浅い浅根性の松は津波によってあっという間に倒れたことが分かります。そして2次3次と襲ってきた津波によって内陸に押し流され、クルマや住宅や人を押し潰す二次被害を生み出しています。

陸前高田市では、7万本あったマツのうち1本しか残りませんでした。マスコミは「奇跡の一本松」と大騒ぎしていますが、逆に言えばマツがいかに自然災害に弱いかを示す証拠ではないでしょうか。唯一残った一本松は、たまたまコンクリートや流木などでまわりが囲まれて一時的に津波被害を受けなかっただけで、結局、根が海水に浸ったので枯れてしまいました。

「松竹梅」に象徴されるマツは日本文化の原点だ、と言う人もいるでしょう。しかし梅と孟宗竹は中国から入ってきたものです。マツも本来の自然状態では限られた場所にしか生育していません。現在の植生の98%は人間によって置き換えられた代償植生なのです。

(続きは本誌1326号でお読みください)

 

One Response to 「鎮守の森」の知恵で千年先まで幸せをつなぐ 震災瓦礫を活かした「いのちを守る森の防潮堤」 横浜国立大学名誉教授・宮脇昭さん

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