3月18日、まだ肌寒い北陸・富山市で、フォトジャーナリスト森住卓さんを招いての講演会が開催された。主催は3・18原発ゼロヘ手をつなぐ会。会場の明治安田生命ホールには冷たい雨のなか、大勢の人たちが足を運んだ。

 演題は、森住さんの最新の写真集と同じ「福島第一原発 風下の村(Down Winders)」。今回の福島原発事故だけでなく、世界のヒバク地を取材してきた豊富な経験を踏まえての講演となった。

 前半は、過去に世界中で行われた核実験で犠牲となった人々。旧ソ連邦カザフ共和国(現カザフスタン)のセミパラチンスク核実験場周辺では、深刻な健康被害が起きていた。森住さんが撮影した6本足の子牛、ダウン症や水頭症、さまざまな奇形と病気を抱えた子どもたちの姿が痛々しい。

 当時ソ連と核軍拡競争を繰り広げていたアメリカもまた、中部太平洋マーシャル諸島・ビキニ環礁で核実験を繰り返した。特に広島原爆の1千倍の威力を持つ水爆実験では、ビキニから180キロ離れたロンゲラップ島民が犠牲となった。

 激しい衝撃波と爆風、そして放射能を含んだサンゴの粉=「死の灰」にさらされた人たちは、直後から激しい嘔吐、皮膚の炎症、脱毛などの急性放射能障害に襲われたという。日本の第五福竜丸が被曝したのもこの時である。

 こうした取材をもとに、「核と人類は共存できない」と確信していた森住さんだが、福島原発事故では、過去に取材したどの場所よりもはるかに高い放射線量を計測して驚いたという。

 緊迫した取材の模様を記録した映像が流れる。あまりの高線量に針が振り切れた測定器。通りかかった住民に「この場所は危険です。すぐに避難してください」と声をかけるが、きょとんとした様子。

 「政府の対応はすべて後手後手で、情報を意図的に隠し続けた」と指摘する森住さん。事故で故郷を奪われ、コミュニティを破壊され、生活基盤を失った多くの人々。これだけの大惨事を引き起こしたにも関わらず、今なお原発を推進しようとする人々に対して市民が声を上げるべきだと訴えて講演を終えた。

 終了後、富山駅前広場に集合した人々は、冷たい雨のなか元気にピースウォークを行い、脱原発をアピールした。

 (編集部・渡瀬)

 

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