福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一長崎大学教授は福島県各地で講演し、「100ミリシーベルト以下なら大丈夫」との発言を繰り返している。こうした政府見解の是非や被曝による健康リスクについて、元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子さんに聞いた。

プロフィール▼さきやま・ひさこ
1939 年、東京生まれ。医学博士。マサチューセッツ工科大学研究員、放射線医学総合研究所主任研究官をへて、故高木仁三郎氏が市民科学者育成のために設立した高木学校のメンバーに。

<今こそ市民科学者を育てたい>

◆放医研から高木学校へ入られました

 定年を前に自分のやってきたことが役立つボランティアのNPO組織を探していました。しかし政治的な活動を活発にしている団体はたくさんありましたが、科学をベースにした市民活動はなかなか見当たらない。

 どうしようかと迷っていた時にちょうど朝日新聞のコラム「顔」で、故高木仁三郎さんの記事を読みました。「市民科学者を育てる」との内容で、これなら自分がやってきたことが役立つと思ってすぐにメールしました。

 当時高木さんは大腸ガンの手術をしたばかりで、私は一刻も早く一緒に何かしたいと思いました。そんな申し出を高木さんも喜んでくれて「ぜひ」とお誘いを受け、定年の1年ちょっと前に高木学校に参加しました。

 放医研ではガン細胞の細胞膜の特徴を研究していました。本来放医研は、放射線研究がミッションです。しかし当時の放射線生物学は、細胞や動物に放射線を当ててガンになるかどうかを観察するだけ。それで私は、放射線には全く興味がなかったのです。

 「放射線なんか面白くない」と公言していたので、結構風当たりは強かったですね。それが高木学校に入り、初めて必要に迫られて放射線に関して勉強しました。

 福島原発事故後、全国各地の水道水や農産物、魚介類などの残留放射性量の測定が行われ報道されていますから、ベクレルも日常的に耳にする単位になりましたね。今や多くの国民が否応なく原発や放射線に関するリテラシーを高めざる得ない状況にあります。そうしなければ自らの健康を守ることができない、極めて深刻な事態です。

<遺伝子を傷つける放射線リスク>

◆内部被曝の影響は軽視されています

 放射線の線源が体の外にあって、外側から被曝するのが外部被曝。放射線を出すものが体の中に入って、体の中から被曝するのは内部被曝です。

 外部被曝の場合は、線源から遠くへ逃げることもできるし、遮蔽も可能です。しかし内部被曝の場合は、逃げることも遮蔽することもできないので厄介です。

 内部被曝も外部被曝も放射線が体を突き抜けるのは同じです。ただし核種によって環境や健康にどれだけ影響を及ぼすのかはかなり違います。

 たとえばヨウ素131の場合は、代謝で体外に出なくても物理的半減期は8日です。代謝もされるので、約7・5日で体に蓄積したものは半分になる。セシウムの物理的半減期は30年ですが、水によく溶けるので便や尿から排泄され、約100~110日で半分になります。

 ところがプルトニウムは半減期も長く、水に溶けないため、酸化型のプルトニウムが肺に入ると体内から一生被曝することになります。ちなみにヨウ素131はベータ線、セシウムはベータ線とガンマ線を出し、プルトニウムはアルファ線を出します。

 問題はこうした放射線が遺伝子を傷つけることです。たとえ細胞のタンパク質、脂質、膜が傷ついても、遺伝子がちゃんとしていれば再生産されます。しかし身体の設計図である遺伝子が傷つけば、再生産そのものが上手くいかなくなります。

 遺伝子には傷ついても修復する力があります。元通りに正しく修復すれば問題ありませんが、修復の間違いによって変異する場合もあり、そうなると元に戻りません。変異した細胞が分裂して増殖すると、変異はその細胞の子孫にも伝えられます。

 さらにその細胞が死なずに生きていれば、再度細胞が被曝したり、化学物質の影響でDNAが傷つく場合があります。これによりさらに違う遺伝子が傷つく。こうして変異が細胞の中に蓄積していくのです。

 放射線はさっと突き抜けるので蓄積しません。しかし遺伝子の変異リスクは蓄積します。放射線リスクの一番重要な問題は遺伝子が傷つくことなのです。これがガンを引き起こす原因になります。

(続きは本誌1316号でお読みください)

 

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