僕のまもりたい海 沖縄を撮りたいワケ 宇野八岳
「沖縄のことを知ってどうしたいんだ?」。
長崎の原爆資料館前に置かれた「平和の母子像」などの作品で知られる彫刻家、金城実さんにかつて言われたことがある。
沖縄県の読谷村にある金城さんのアトリエに訪れたときのことだ。
基地問題の話しを聞きに伺ったのだが、金城さんは「まず自分の話をしろ」と突き返した。
沖縄戦や基地問題に興味を持って熱心に学んでいた時期。
フィールドワークとして沖縄を訪れ、現地の人から直接話を聞くことを楽しみにしていた。
現場で学ぶことは刺激的であり、問題についてより詳しくなることが嬉しいときだった。
そんな“知りたがり”の訪問者に金城さんは「なぜ知りたいのか」と動機を問うた。
アトリエ訪問の半年後、初めて辺野古のテント村を訪れたときには「帰り際に『頑張って』だけは言わないで下さい」と言われた。
「勉強になりました。ありがとうございます。頑張ってください」。
金城さんから沖縄について知りたいと思う動機を問われていなかったら、おもわず口にしていたかもしれないと内心動揺した。
誰しも知識欲というものがある。
大抵の場合は「知ること」は楽しいことで、新たな知識や情報を得ることは喜びだ。
ただし「知った責任」まで問われる場合は別だ。
軽い興味から聞いたのに、逆に自分自身の問題と突き返されては興ざめしてしまうだろう。
太平洋戦争末期の過酷な沖縄戦。
その後の米軍統治下を経て1972年に本土復帰するも、米軍基地の多くがいまも集中している沖縄。
文字に起こすことは容易でも、過酷な歴史を経験し、不条理な現状にありながら根気強くそれを伝えてきた人々は、知識欲を満たしただけで帰って行く“ヤマト”の人には懲り懲りなのだ。
「知ること」には「知った責任」が伴う。
沖縄を通してそう考えるようになった。
うの・かずたか●1983年、埼玉県生まれ。東京国際大学国際関係学部国際報道学科卒業。DAYS JAPANフォトジャーナリスト学校修了。国内では米軍基地や原発を通じて、海外ではモンゴルやキューバといった国々に着目し「社会と人間の生」をテーマに撮影を行う。
(続きは本誌1304号でご覧ください)

