六ヶ所村に暮らす三世代を描いた映画『へばの』監督木村文洋さん 僕らはどんな時代に生きているのか
プロフィール▼きむら・ぶんよう
79年12月28日生まれ。青森県弘前市出身。京都大学法学部在学中より8㎜による自主映画制作を開始、2000年度より京都国際学生映画祭の創成期のメンバーの一人として運営に参加。03年に運営委員長。大学卒業後、同世代の自主映画作家の現場に参加し、映画監督の佐藤訪米、井土紀州に師事。07年に「自主制作/自主上映」スタイルで映画を発するスピリチュアル・ムービーズの若手メンバー・桑原広考、創成期メンバーの高橋和博らとteam JUDASを形成。『へばの』は初長編監督作品。
再処理工場での作業中にプルトニウムに被曝した治は、自ら紀美の元を去った。そして3年後に再会した二人。衝撃の結末が示唆するのは希望か、それとも絶望か。この春公開された映画『へばの』の木村文洋監督に聞いた。
(聞き手=渡瀬義孝)
<再処理の問題をどう次世代に引き継ぐのか>
◆青森県六ヶ所村が舞台です
20代前半のころ、映画を創る意味をずっと考えていました。世の中には様々な映画があります。
娯楽映画もあれば恋愛映画もあるし、ドキュメンタリーもある。そのなかで僕は何を選び、どんなテーマで観客と対話すればいいのか分からない時期が続いたんです。
そしてある時ふと思った。「僕らがどんな時代に生きているのかを観客と共有し、つないでいく。それが映画じゃないか」と。
それで、僕は一体どんな時代に生きているのかと色々調べました。選挙や情報管理、沖縄の基地など色々です。
そんななかで想い出したのは大学の時の記憶です。
僕は法学部でしたが、大学の門をくぐるなり政治研究サークルの人に誘われて、誰もが目を向けないような書店の一角に案内されて。
『知られざる原発被曝労働―ある青年の死を追って』と題したブックレットを読みました。藤田祐幸さんが書かれたものです。
この本のなかに、浜岡原発内で働いて被曝した嶋橋伸之さんが、真夏にガタガタ震えながらベッドに黒い汗を残して亡くなったことが記されていました。それが強烈に印象に残っていた。
それは1991年の話で、考えていた以上に最近の話でした。
「原発はどうなったんだろう?」と調べてみたら、僕の地元である青森県に、原発から出た使用済み燃料を再処理する施設が造られたと知りました。
ですから再処理の問題をちゃんと知ったのはほんの4年前ぐらいです。
同時に「そういえば小さい頃、当時の北村知事が再処理工場受け容れを決めた時に両親がぼやいていたな」と記憶が蘇りました。
それで2006年夏に初めて六ヶ所村を訪れました。
下北半島の広大な原野のなか、まるで国が造った巨大な公園を想わせるあの風景にすごくショックを受けましたね。
どこまでが工場で、どこからが自然なのかよく分からない。その上手く表現しきれないショックを記録しなければいけないと強く感じました。
◎映画『へばの』
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◎mixi映画『へばの』コミュニティ
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