2008年、名古屋高等裁判所は自衛隊のイラク派兵差止裁判で画期的な派兵違憲判決を出した。
 それから丸2年が経った4月17日、名古屋で記念集会が開催された。

 司会の川口創弁護士(自衛隊イラク派兵差止訴訟弁護団事務局長)は裁判を振りかえり、「自衛隊のイラクでの活動が、武力行使を禁じた憲法9条1項に違反するとした歴史的な判決。同時に平和的生存権を一人一人の具体的な権利だと認めさせた点で非常に意義がある」と語った。

 平和的生存権とは、憲法前文に明記されている「平和のうちに生存する権利」のこと。
 判決では「基本的人権の基礎」であり「憲法上の法的な権利として認められべき」としている。

 集会はこの平和的生存権と、日米安保をテーマに発言が続いた。

<矛盾する二つの法体系>

 中谷雄二弁護士は、戦後日本には一貫して日米安保と日本国憲法という矛盾する2つの法体系があると指摘する。

 「サンフランシスコ平和条約と同時に日米安保条約が調印され、本来軍事力を持たないはずの日本の中に軍事力が存在することになった。その後、安保を補完する形で自衛隊ができた。日米安保条約の下で作られた様々な協定や法律は、国民に対して権利を制限し義務を課す構造になっている。自衛隊法の下では各種の特措法、有事立法ができた。憲法で許されない法体系が存在し続けてきた」

 さらに新安保改定後のガイドライン・新ガイドラインは、重大な改変にも関わらず国会審議を経ない政府間の取り決めで成立。
 手続き上でも中身でも安保は「違憲の集大成である」と批判。

 またこうした違憲状態を解消しようとするのが「憲法改正」であるならば、憲法の側から矛盾を解消するには安保条約廃棄以外にないと訴えた。

<生命・安全を脅かす存在>

 横須賀の山崎正則さんは、米兵によって妻の好重さんを殺害された。現在、米兵と国を相手に民事損害賠償請求を提起している。

 加害者の米兵は金を奪うために好重さんを殴り、襟首をつかみ壁にぶつけた。
 周囲は血だらけで顔は原形をとどめていなかった。
 駐車場の防犯カメラには「マネー」「シャラップ」と言う米兵の怒声と、好重さんの「痛い、助けて」との叫び声が。
 刑事裁判でそれを聞いた山崎さんは耐えきれずに泣いた。

 この犯罪に対し日本の行政は冷淡だった。
 警察は加害者の米兵が拘束されたにも関わらず、山崎さんの指紋を採取し顔写真を撮影。
 3日間取り調べを行い、自宅を家宅捜査。防衛省の職員からは何の謝罪もなかった。

 「第7艦隊の司令官は『この悲しい事件をきっかけに日米同盟がよりいっそう強化することを祈ります』と発表した。しかし好重は日米同盟のために殺されたんじゃない。なぜ国や自治体は何もしてくれないのか」

 担当の中村晋輔弁護士は10分以上に渡って人を殴り続けるのは体力的・精神的にも異常であり、軍人だからこそ起きた事件だと訴え、勤務外でも米軍の監督責任があると主張。
 日米安保条約によって駐留する米兵の犯罪が止むことなく繰り返されていることから国の責任も求めた。
 第1審では米軍の上司の責任を追及し米兵に対し勝訴。
 しかし国の責任は認められなかった。

 建前上、日本国民の安全・生命を守る米兵が、国民の生命を奪う現実。
 日米安保が「平和的生存権の中核を侵すもの」であることを明確に示した事件だ。

<自衛隊内での人権侵害>

 自衛隊内部の人権侵害について語ったのは、北海道女性自衛官人権裁判主任弁護士・佐藤博文さん。

 事件は2006年9月、札幌郊外の航空自衛隊当別基地に所属する女性自衛官が上司から性暴力を受けたことに始まる。

 女性は別の上司に被害を訴えたにも関わらず、加害者と同様に懲戒処分の取り調べを受けた。
 さらに問題隊員であるかのように扱い退職を強要、嫌がらせが続いた。
 「裁判を起こし、支援する会を作ることが、職場の彼女を守ることだった」。
 彼女は最終的に継続任用を拒否され、仕事を奪われた。

 国は裁判で、自衛隊員が他の公務員とは異なり「精強さ」が求められ、権利が制限されると主張。
 また裁判をする中で、自衛隊員は懲戒処分について弁護士への依頼権も認められていないことが判明した。

 基本的人権が及ばない自衛隊。
 その内部ではイジメや自殺、訓練中の死亡事故やケガが増えている。

<日米安保の加害性>

 イラクホープネットの高遠菜穂子さんは、ファルージャ総攻撃からの生還者、ワセック・ジャシムさんと登壇。
 米軍のイラク占領の実態について語る。

 ワセックさんは2004年4月の第1回目のファルージャ総攻撃は、米軍が民間人のデモ隊に発砲し20人が殺害された事件がきっかけだったと語る。
 流血の惨事が米軍に対する憎しみと怒りを増長。遺族の中からレジスタンスが誕生。
 その結果、民間傭兵会社(PMC)の4人が殺され橋に吊された。

 報復として米軍の海兵隊はファルージャを包囲し、民間人731名を殺害。
 そして2004年11月ファルージャ総攻撃が再び行われる。
 14歳以上の男性は避難が許されず、多くの家族が市内に留まった。
 米軍は白リン弾を含めあらゆる兵器を使用。
 死者6000名以上、行方不明3000人以上にのぼった。

 この時ワセックさんが撮影した映像に言葉を失う。
 皮膚が青くはがれ、化学兵器が使用されたと考えられる遺体もあった。
 「何故街を破壊し、こんなに民間人を殺したのか。先天性異常で生まれた子どもたちはどんな罪を犯したのか」

 高遠さんはファルージャで奇形児が増えていること、イラクで放射能とダイオキシンの高濃度汚染が確認されていることを紹介。
 さらにファルージャ攻撃時に航空自衛隊の米兵輸送が激増していることを指摘し、日本の加害責任を問う。

 「米軍は自衛隊の貢献が非常に大きかったと言っている。日本政府もイラク戦争の検証をすべき。現政権に望むのはイラク人への謝罪。そしてイラク支援ではなく損害賠償であることをはっきりさせなければいけない。私たちは今現在の戦争責任を問われていると思う」

<沖縄への押し付け>

 沖縄から駆けつけたのは、ヘリ基地反対協議会代表委員の安次富浩さん。

 「在日米軍・在沖米軍の果たしている役割は何なのか考えて欲しい。ファルージャの都市を包囲したのは沖縄の海兵隊。そのことを報道したのは沖縄の琉球新報だけ。中央マスコミは一切報道していない」

 戦争の加担者になりたくない思いは、辺野古基地建設を押しとどめる原動力となっている。

 「辺野古新基地建設の反対運動をして13年。座り込みや、海上基地のボーリング調査への抵抗は6年。この運動がなければ恐らく海上基地はすでに着工しているはず。政府が誤った政策を押し付けてくる時、単なる抗議行動ではなく体を張って止めることが必要」

 最低でも県外・国外と移設先を公約として掲げた民主党政権に対しては「なぜ沖縄の声を背にアメリカと交渉しないのか。今は政治主導ではなく外務官僚の進言通りに動いているに過ぎない」と憤る。

 本土の自治体が基地移設に反対するだけで普天間基地撤去を言わないことに対し、沖縄では「基地をヤマトに持っていけ。ヤマトの皆さんは沖縄の痛みを体験しないと分からない」との声が上がりはじめているという。

 そして最後に「日米同盟が当たり前だという社会構造を変え、イラク戦争に加担したことを反省しないとイラク訴訟の成果を普遍化できない。沖縄の闘いは平和的生存権を求める闘い。私たちは日米安保を振り返る必要がある。民主党連立政権に対して失望しているが絶望はしていない。あきらめずに闘うことで現状は変わる」と力強く希望を語った。

<新たな展望へ向けて>

 砂川・恵庭・長沼・百里訴訟の弁護団であった内藤功弁護士は、これまでの違憲訴訟の歴史の系譜を確認することが大事だと訴え、安保条約廃棄の通告文を書くことを参加者に提起。
 日中共同宣言を参考に日米平和友好条約への転換を訴える。

 小林武・愛知大学法科大学院教授は「安保条約と平和的生存権は正面から衝突するもの。平和的生存権は世界的広がりを持っており、軍事同盟や集団的自衛権と相容れない。安保を廃棄する政府を私たちがつくることが展望だ」と結んだ。

 日米安保条約への異議申し立てと、平和的生存権の実現化は相互につながり、新しい展望を切り拓こうとしている。

 (編集部・温井立央)

 

One Response to どうする安保!平和的生存権を活かす 自衛隊イラク派兵違憲判決2周年企画

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