岡田和樹さん

岡田和樹さん

プロフィール▼おかだ・かずき
1986年、広島県沿岸生まれ。2005年に持ち上がった広島県ハチの干潟の埋め立て計画に疑問を持ち、「ハチの干潟調査隊」を立ち上げる。活動の結果2007年には計画が取り下げられ、自分たちの世代が干潟を受け継ぐことができた。その活動がメディアなどに注目され「干潟王子」と呼ばれるようになり、活動も続いている。その他「上関原発を考える広島20代の会」呼びかけ人。「市民ひがた交流会」共同代表。水辺教室講師。  
Earth_166@hotmail.com

 2005年の冬に地元広島で「藻場造成計画」が持ち上がった。瀬戸内海では海砂採取や埋め立てが続き、これまで豊かなアマモ場が失われてきた。当初は藻場を増やす、とてもよい事業が始まると期待された。

 しかし、私はすぐにその計画がおかしいと思った。計画が持ち上がったのが、もともと広大なアマモ場や、豊かな生態系が奇跡的に残されていたハチの干潟だったからだ。
 藻場があるところに「藻場造成」は矛盾している。計画が地元漁協の総意で可決された次の日から、ハチの干潟へ通う日々が始まった。

残されていた瀬戸内海の原風景

 ハチの干潟はとても素晴らしいところで、一度は訪れてもらいたい場所だ。広島県竹原市の小さな町を流れる賀茂川の河口に広がる。
 干潟とは1日に2回干満を繰り返し、潮が引くと現れる平らな土地のことで、特に川が流れ込む干潟は、栄養分が豊富で生き物たちの楽園である。

 また、アマモ場などの藻場は「海のゆりかご」と呼ばれ、小さな生き物たちの隠れ場になり、多くの生き物を育んでいる。漁で採れる生き物の多くはこうした浅海域で育つ。

 また、春から夏にかけてアサリなどの潮干狩りが行われ、冬になるとテナガダコやナマコなどを採る漁り(イサリ)が行われる。

 陸と海の間に位置し、人と海をつなげてきた干潟。しかし、多くの干潟は埋め立てられ、土地造成の格好の場所とさてきた。また、海砂を採取したために浅域が失われ、藻場も急激に減っていった。

 そんな中、ハチの干潟は手つかずのまま、細々と残されていた。山と海に囲まれて、人が出入りしにくい環境だったことが一つの要因だ。

 潮が引くと川の河口に干潟へ下りる道が現れる。自然のままの海岸を下りると、鳥たちが休み、生き物たちがうごめく美しい干潟が現れる。
 干潟沖には「波知岩(はちいわ)」と呼ばれる大きな岩があり、その向こうには瀬戸の島並みが途切れることなく面々と続く。まさに瀬戸内海の原風景が広がる。

(続きは本誌2010年2月号でご覧ください)

ハチの干潟

ハチの干潟