昨年11月18日、東京高尾山のトンネル工事に反対する「和居和居」デッキが行政代執行によって撤去された。代執行に抗しデッキを「白い繭」のように覆ったドリームキャッチャー。これを制作した空間造形作家の三橋玄さんに話を聞いた。

 

<祈りを形にしたバリケード>

 「虔十の会」からバリケード作成の依頼を受けたのは11月3日でした。「きれい過ぎて壊せないものを作って欲しい」と。17日が行政代執行の期限でしたから準備・制作の期間は10日あまりでした。これはたいへんなことだと思いました。「壊せ」と命令を受けて向かってくる人たちに「壊したくない」と職を捨てることになるかもしれない決断を促すほどのものを作れるのか。

 僕ひとりでは無理だと思いました。そこで僕が考えたのは、数えきれないほど多くの人の想いを並べることです。大勢の人が集まって立ちふさがり、なおかつその姿が美しい。それを実現してみようと思いました。

 ぼくは「守りたい」という想いをこめてドリームキャッチャーを編んで下さい、千個集めて高尾山を守るバリケードを作りましょう、と呼びかけました。ドリームキャッチャーはアメリカ先住民のお守りなんですが、輪と紐さえあれば単純なくり返しで誰でも作ることができます。なのに同じものが二つとできることはなく、その編み目にはどことなく編んだ人の性格や個性が滲んでいるように見えます。

 こうした不思議な魅力は実際に編んでみれば感じることができると思います。そして習った人がすぐに次の人に伝え教えることができます。こういうわけで僕はドリームキャッチャーを私たちのメッセージの手段に選びました。

 初めてのワークショップを11月8日に代々木公園で開き、30人くらいが集まってくれました。その日はあいにく雨が降っていました。集まってくれた人たちは冷たい雨の中で黙々と編んでいました。僕は、晴れた芝生の上でワイワイ楽しく作ろうと考えていました。そんな僕の能天気なイメージが裏切られた光景の中で、僕は「これは遊びじゃないんだ」と思いました。静まり返った中に「守りたい」という真摯な想いが満ちていました。その姿を見て僕の気持ちが引き締まり、やれる限りのことをやろうと思いました。

 雨でよかったのかもしれません。そこに集まった人たちは教え習い合いながら、暗くなるまで一心に編み続けました。通りかかった人たちに「何してるんですか」とたずねられました。高尾山のことを説明すると「いっしょに編みます」と参加してくれる人たちもいました。

 その翌日から僕のいない場所でもたくさんのワークショップが開かれ、16日の完成の日までにはおそらく300人以上の人が参加し、千個以上のドリームキャッチャーが集まりました。

 ぼくが千という数を設定したのは日本には「千羽鶴」や「千手観音」というように数えきれないものを千とする習慣があるからです。いわばシンボリックな数字であって、正直なところ本当に千個集まるとは思っていませんでした。だから千個を越えた時は驚き、感動しました。たった1週間です、作りはじめてから。これだけたくさんの人が自分たちの手で参加してくれたということが僕にとって最大の成果でした。

 今の人たちは無関心だと言われますが、僕はそうは思わない。多くの人は関心や想いを持っているけど、それを表現する方法が見つからないんじゃないかと思うのです。だから誰でもが参加できる、言葉やお金ではなく手を使うアクションを提案したのです。

 千のドリームキャッチャーが集まってできた「繭」は僕の想像を超えていました。やはり数えきれないほどの量には力があります。その一つひとつは同じであって、皆違うのです。全体がひとつの大きなものですが、近づけば無数の「顔」が並んでいる。そこには多くの人の想いが込められていて、優しい空気に包まれるのを感じることができました。夜にロウソクを灯すと「繭」は、迫るようにそびえ立つ工事の壁と壊されようとしている森の間にぽーっと浮かび上がりました。

 多くの人にこの「繭」に入ってほしかったと思います。繭の中心には「太陽のドーム」があって20人くらいは入れるんです。僕は高尾山に関係する人たちにこの中に入って、立場や利害を超えて自然や子どもたちのことを話し合ってほしかった。ドリームキャッチャーは守るための壁ですが、同時に話し合いの場でもあります。すべてが白い素材で作られているのは、白紙に戻しましょう、ということです。

 私たちはしがらみを越えて前進しなければならない。お金や過去などの些細なことにこだわっている場合ではないのです。何が本当に大切なのかを話し合うために白からスタートしよう。今この瞬間に私たちは授かった知性をフルに働かせて新しい創造を起こさなければ手遅れになります。このような意図が誰にも伝わらず「繭」が壊されてしまったのは残念なことです。壊すのは構わない。でもその前に私たちの意図や想いを汲み取る努力をしてほしかった。

<自分たちの手でものを作ることから>

 ドリームキャッチャーバリケードは「祈り」なのです。組織化・儀式化される以前の原初の祈りの一つとして手作業があったと僕は思います。世界中の民族が服に刺繍を施しています。直接の機能が無いのに、あらゆる民族が労を惜しまず複雑な模様を縫い込んでいます。生まれてきた子どもが無事に育ちますように、家族が怪我をしませんように・・そうした願いを込めるための行為なのだと思います。

 何かを強く願いながら単純な作業を繰り返すことが、人を瞑想に導きます。手作業によって想いがカタチとなります。しかし、産業革命と植民地支配によって世界中から美しい手作業が消されてしまいました。もはやものを作ることが祈りではなくなってしまったのです。

 僕は想いの込められた手作業を取り戻したいと思っています。自分たちの手で自分たちが必要とするものを作ることで私たちは最高の品質と自由を得ることができます。生産力を持つことで私たちは世界を変えていくことができます。想いをこめて作られたものは人の心を打ち、何かを訴えかけるでしょう。

 ドリームキャッチャーバリケードはハサミ一本でも壊せてしまう弱々しいバリケードですが、作るという行為に意味があると思います。自分が作ったものには愛着が沸き、その行方が気になるでしょう。それを守りたい山や海に持っていき、たくさん輪と出会い、融合して、大きな「繭」を作ったら、あなたはそこに何かを感じ、何かを残し、壊される痛みを知ることでしょう。とにかく何かを作ってみれば、そこから生まれるものがあるはずです。なにより手で作ることは楽しく、私たちの可能性とイマジネーションを押し広げてくれます。

 今後はなるべく自然から直接素材を作ることに挑戦していこうと思います。高尾山では時間が無かったので材料を購入しましたが、これからは竹を切って輪を作り、糸を紡いで編む、そういうことをやってみたいです。さらにはドリームキャッチャーだけでなく手で作れる様々なものに挑戦していき、いつかは食べ物も家も服もエネルギーも…何でも自分たちで作っていこうという方向に広がっていけば、と願っています。

 きれいな自然の中でみんなでキャンプしながら思いつくままに作っていく、本当はそういうことをやりたいんです。しかし手放しで自然は楽しいね、と言っていられるわけではない。恐ろしいスピードで破壊がいまだに続けられている。「守りたい」というメッセージの発信は続けていきたいと思います。次は上関原発建設(山口県)に反対する祝島で、という動きがあります。そこにある自然、そこに住む人たちから学びながら自分たちのできること、やりたいことを探していこうと思います。

(1287号 2009年3月10日発行)

ロウソクの灯りに照らされたドリームキャッチャー・バリケード

 

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