加速する気候変動に立ち向かう産業構造の抜本的転換を オバマのグリーン・ニューディールに希望を託す アンドリュー・デウィットさん
世界的経済危機の只中で、いよいよオバマ政権が発足する。環境エネルギー革命を目指すオバマのグリーン・ニューディールは成功するのか? 立教大学経済学部教授のアンドリュー・デウィットさんに聞いた。
<迫りくる気候変動の危機>
◆オバマ政権が発足します
オバマ政権が行う景気対策の規模がどれほど大きくなるかは未だ良く分かりません。ひょっとすると540兆円前後に上る日本の国内総生産の約2割、1兆米ドル規模の景気対策になるかもしれません。アメリカの個人消費需要が急落していますし、企業の設備投資も鈍っています。政府が効果的な景気対策を導入しなければ不況がますます深刻化するので、これは必要だと思います。
90年代後半の日本でも大型景気対策が何度も導入され、道路や橋、コンサートホールやリゾート施設、茨城県の空港建設などの公共事業が行われました。今経済危機のなかで自民党は何の反省もなく同じことをやろうとしていますが、オバマが目指すのはこのような無駄な公共事業とは違います。
環境エネルギー革命を目指すグリーン・ニューディールが中心となります。地球温暖化のスピードは衰えておらず、むしろ毎年排出されている温室効果ガスの量は加速度的に増加しています。しかも全世界では未だ電力ネットワークに繋がっていない貧しい人々が圧倒的多数です。電力需要はさらに拡大するでしょう。つまり省エネをどれだけ努力しても間に合わず、本当に新しいクリーンエネルギーを開発しなければ将来はかなり暗いものになると思います。
現在大気中に存在する温室効果ガスですら、今後何十年にも亘って温暖化をもたらします。今現在すべての温室効果ガスの排出をゼロにしても、既に2℃近い平均気温の上昇は避けならないと考えられています。
さらに最近の研究では、グリーンランドの氷床が予想以上のスピードで溶けていると懸念されています。これまでは大気や海水の温度上昇に合わせて溶けると考えられていました。これは氷床が一塊のブロックのように想定した上での話です。実際には、氷床の上部に溶けた水が溜まり、それが段々深い穴になって氷床を突きぬけて地面に流れています。つまり氷床と地面の間に水が溜まっているのです。その水により氷床は大陸の上を滑りやすくなります。
南極の氷床は、南極大陸の上に乗っている部分と、海になかに沈んでいる部分が両方ありますが、同じことが起きると大陸の上の部分が海側に滑り落ちてしまう可能性があります。既に南極の氷床の下には、非常に大きな湖がいくつも存在し、それらがつながっていることが分かっています。
こうした事実は何を物語っているのでしょうか?今後平均気温が2℃上昇しフィードバックループが起こり、氷床が溶け出すスピードが更に加速するのか?
ひょっとすると氷河が広範囲にわたり海に滑り出すかもしれません。「いや大陸から海へ向かう渓谷にひっかかるだろう」とか「海底にこすれて止まるだろう」、あるいは「万一滑り落ちても、氷河が無くなった大陸の地面はCO2を吸収するから大丈夫だ」と主張する研究者もいます。しかし大変恐ろしいリスクであることは間違いありません。人類にとって戦争に劣らぬ大きな脅威です。
最近ニューヨークタイムズ紙とウォールストリートジャーナル誌の記者がこの問題について興味深い記事を書いています。温暖化に最も強い警告を発しているのは、NASAゴダールド宇宙研究所のハンセン所長です。大気中の二酸化炭素濃度を350ppm以下に抑えるべきだとの彼の主張は、つい2年程前までは余りにも行き過ぎだと思われていましたが、風向きは変わりつつあります。
現在大気中の二酸化炭素濃度は384ppm前後です。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の多くの研究者は450ppmを超えないように努力すべきだと考えてきました。2006年に英国財務省に勤める世界銀行チーフ・エコノミストがスターン・レビュー誌に発表した報告書でも同様です。
しかしハンセン所長は、これでは到底気候変動の脅威を防ぐことはできないと訴えています。こうした危機認識はIAEA(国際エネルギー機関)にもあるようで、グリーン・エネルギーを普及させるエネルギー革命は必要不可欠であると最近指摘し始めました。
私は今後数年以内に、化石燃料に依存してきたこれまでの産業構造を大幅に転換しないと、気候変動危機に対処するには間に合わないと思います。
<総力戦で産業構造を転換>
◆オバマは大胆に変革できますか?
彼の経済政策は、第1に強いインパクトを持たなければなりません。2010年の中間選挙までに効果が出ないと政治的な困難に直面します。少なくとも選挙までに現在の経済危機が回復する兆しが出ないと共和党の巻き返しにあい、民主党の下院議員が多数落選する恐れがあります。
では実際にグリーン・プロジェクトがどれほど効果をあげられるか? 第2次世界大戦時の経験が参考になるかもしれません。1941年の真珠湾攻撃を受けた直後、アメリカの自動車メーカーは政府の要請を受けて戦車などの軍事車両生産のために製造ラインを転換しました。
例えば42年1月上旬段階でアメリカ政府は総数6万機の戦闘機や爆撃機を生産しようと計画していましたが、実際には45年初頭までに22万9千機が生産されました。貨物船は5000隻も建造されたのです。こうしてアメリカはヨーロッパ戦線にも多くの戦車などを供給し、まさに国内の工業力のすべてを戦争のために動員したわけです。
言うまでもなく、現在の工業力はアメリカも日本も当時とは比較にならない規模になっています。ですからグリーン・プロジェクトを、「これは素晴らしいビジネス・チャンスになる」とみんなが考えるようになれば、かなり急激な産業構造転換が起きるでしょう。
現在全世界の自動車メーカーを合わせると、年間9000万台以上の製造能力をもっています。実際に販売されている数はその3分の2ぐらいですから、たとえ景気が回復してもすべての製造ラインをフル稼働させるには至りません。造船についても貨物船、コンテナ船のバブル需要は急速に失われているし、鉄鋼も同様です。バブルが崩壊して停止する工場をそのまま閉鎖するのか、それとも新しいビジネスのために活かすのかが問われているわけです。
勿論、グリーン・プロジェクトには様々な反発も予想されます。石油業界からバックアップされている共和党は、「石油価格が下落している時に、なぜわざわざ高コストの自然エネルギーに投資しなければいけないのか」と批判するかもしれません。実際に昨年の大統領選で共和党の副大統領候補となったペイリン氏は、地元アラスカや海洋での原油採掘拡大を訴えていました。全世界が消費する一次エネルギーの85%を供給する化石燃料業界という巨大な既存産業は、既得権益を守ろうとかなり大きなリアクションを起こすかもしれません。
オバマの挑戦は本当に大変な困難を乗り越えなければなりませんが、希望が感じられる流れも既にいくつか起きています。例えば米国では事実上、石炭火力発電所が建設できなくなりました。州政府レベルで強い反対意見が存在するからです。カリフォルニア州では再生可能エネルギーの比率を高く設定する法律もできました。連邦政府よりも多くの州政府のほうが環境問題に先行的に取り組んでいます。
<スマート・グリッドの可能性>
◆具体的なプロジェクトは?
電力需要を大幅に緩和することができるスマート・グリッドの整備は大きな可能性をもっています。環境保護に関心がある人は、一極集中の大規模発電ではなく、小規模発電設備であるマイクロ・グリッドに注目しています。確かに私たちに残された時間が十分にあればこれは理想的な方法かもしれませんが、とにかく温暖化を防ぐためにはすぐにでも実現可能なものから手をつける必要があります。
電力需要は季節や時間帯によって大きく変化します。現在の技術では電気は蓄積できませんから、既存の発電設備はその最大需要に対応して建設されています。真夏日にほとんどの家庭でクーラーを使用しても停電しないためにです。この電力の需要と供給を上手くバランスさせることができれば、限られた電力を有効に利用することが可能です。スマート・グリッドはハード面の新たな送電線網の整備ではなく、各家庭や送電線網全体で需要と供給をバランスさせるためのソフト面の整備が基軸となります。
例えば洗濯機に洗濯物を入れたとしましょう。今すぐ洗濯する必要がないのなら、電力ネットワーク全体の需給バランスをチェックし、需要が少ない時間帯に洗濯すれば効率的です。これを可能にするソフトをインストールした電力メーターを各家庭に導入し、その情報をネットワーク全体で双方向に流して供給もコントロールすれば、大幅な省エネが実現できるでしょう。
今後電気自動車が普及していくことは間違いありませんが、各家庭の駐車場に止めてプラグインする場合も、スマート・グリッドなら最も効率的な時間帯に充電することが可能になります。電力需要が一番高まる夕飯時を避けて深夜に充電しても、翌日の出勤時に間に合えば問題ありませんから。深夜など需要の少ない時間帯に利用する電気料金を安く設定すれば、なおさら需給バランス効果は高まるでしょう。まさにスマート・グリッドは、既存の電力インフラを最大限効率的に利用する方法なのです。
同様の考え方は道路建設にも適用可能です。道路整備の公共事業を要求する人は、「渋滞の緩和のためだ」と主張しますが、まずは現在ある道路インフラをもっと効率的に利用することを考えるべきでしょう。ロンドンやシンガポールで導入して成功しているロード・プライシング制度を活用すれば、新たに道路を建設することなく渋滞を緩和することは十分可能です。
残念ながら電力でも道路でも、日本の自民党政権はスマートな発想ができませんね。アメリカでは既にグーグル、GEやIBMなどが共同してスマート・グリッドの開発を進め、既に小さな町での実地テストも行っています。彼らはこれを大きなビジネス・チャンスだと考えているわけです。
オバマのグリーン・ニューディールでは、太陽光や風力発電にどのぐらい公共投資が行われるかに目が行きがちですが、グリーンの内容はそれだけではありません。米国では公共交通機関がそれほど整備されていませんが、そのなかで都市に路面電車を走らせる。あるいは冷暖房効率の良い省エネタイプの住居への改造を支援する。こうした様々な政策が複合的に組み合わされていくことになると思います。
<変革のスピードが求められる>
◆原発推進派の巻き返しは?
オバマは原発にはかなり消極的です。仮に原発をある程度は容認するにしても、再処理でMOX燃料を利用するのは非常に危険であると認識しています。数千トンものプルトニウムが世界中で運搬されるのは、とても危険です。海賊対策にさえ頭を悩ましているのに、プルトニウムを海上輸送するリスクはとても容認できないでしょう。
また新規に原発を建設するためには、建設地を決めて設置許可を得、そこから何年もかけて建設しなければいけません。リアクターを製造する会社の供給能力も現在は限界に近づいています。オバマ政権が求めているのは、素早い経済効果をもつ環境対策です。原発を推進しようとしても、スピードが遅すぎてとても間に合わないのです。ですから既存の原発の運転期間が延長されることはあっても、原発が主軸となることはないでしょう。
オバマにとって一番大きな問題はスピードです。私は今後10年以内に産業構造を抜本的に変革しない限り、人類の未来はかなり厳しいと思います。オバマ政権はこの危機を直視し、とにかく出来る限り早いスピードでグリーン・ニューディールを進めようとしています。
とは言え、経済、環境、軍事、外交、どれをとってもかつてない大きな危機を抱えてオバマ政権は発足します。こんな大きな危機と転換の時代に向き合う大統領は彼が初めてではないでしょうか?
私はだからこそオバマは、あえてゲーツ国防長官を再任したのだと思います。米軍はイラクとアフガニスタンで戦争を続けていますから、もしこの間の政策とまったく噛み合わない人を国防長官に任命したら大きな混乱が起きるでしょう。これ以上軍事問題を悪化させることのないように配慮したと思います。
グリーン・プロジェクトなどのための1兆米ドルもの資金をどうやって確保するのかも課題です。そのほとんどは米国債を海外に買ってもらって調達するしかありません。その意味でも中国との関係はとても大切ですから、オバマは政権誕生後、真っ先に訪中するのではないかとさえ噂されています。
とにかく47歳のオバマは、大袈裟ではなく人類の未来を左右する重大な責任を負うことになります。彼が向き合っている問題のスケールは想像できないほど大きなものですが、若き指導者の理想に希望を託すしかないと私は思います。
PROFILE▼Andrew DeWit アンドリュー・デウィット
1959年カナダ生まれ。政治経済学者。立教大学経済学部教授。共著に『反ブッシュイズム1~3』(岩波ブックレット)、『メディア危機』(NHKブックス)、『環境エネルギー革命』(アスペクト)、『世界金融危機』(岩波ブックレット)など。
