システムでは環境先進国ドイツにかなわないが
「もったいない」は誇るべき日本文化

 『クルマのない生活』は、ドイツのフライブルクに長く暮らす環境ジャーナリスト、今泉みね子さんのエッセイ集だ。

 「環境にできるだけ配慮したいし、自然も守りたいけど、短い人生を思いっきり楽しく生きてもみたい。こんな我がままなわたしが、たてまえと本音のあいだでウロウロするありさま、矛盾をかかえながらも日ごろ実践しているささやかな工夫、ドイツやマダガスカルで出会った印象的な出来事などを綴ってみました」

 そんな素直な語り口で始まるこの本を紐解けば、ドイツにおける「環境にやさしい生活習慣をささえるシステムづくり」の素晴らしさがよく分かる。ごみ問題や自然エネルギー普及だけでなく、自動車交通の制限とそれに代わる自転車の活用についても大胆な取り組みが行われている。

<ドイツでも日本でも車離れが加速>

 ドイツでは車の台数を少しでも減らすために、カーシェアリングやカー・プーリング(相乗りシステム)などが奨励されている。代わりに自転車活用が国家的プロジェクトにより推進されているのだ。

 「国家自転車計画」により自転車のためのインフラ整備、自転車奨励キャンペーン、安全指導などが国家レベルで行われている。登録すれば自由に自転車を乗り捨てできるコール・ア・バイクと呼ばれるシステムもある。著者の住むフライブルグやミュンスターなどで最も先進的に取り組まれているが、まだまだ地域差はあるようだ。とは言え、この流れはますます強まっていくだろう。

 翻って日本でも、若者を中心に車離れが進んでいる。長らく日本では、普通免許をとりマイカーを持つことが当たり前とされ、車は社会的ステータスの象徴ともされてきた。私も車を運転することで社会性が獲得できると信じていた時期もある。

 しかし今やユーザーの価値観は大きく変化しつつあり、「車は持つものではなく必要なときに借りるもの」と考えてマイカーを手放し、カーシェアリングに登録する人、レンタカーを利用する人が増えている。車が「生活の足」となっている地方でも、車離れはすすんでいる。

 私もこの春のガソリン値上げに辟易とし、マウンテンバイクを友人から譲ってもらったのをきっかけに自転車通勤を始めた。洞爺湖サミットに合わせて行われた自転車ツーリングに岩手から青森にかけて参加し、自転車で知らない土地を旅することの楽しさを知った。

 こうした車離れは、自動車メーカーにとっては頭の痛い事態だろうが、持続可能な社会を目指す環境派にとっては大歓迎すべきことだ。さらに喜ぶべきことに、車離れと反比例するようにここ数年の間に自転車を購入する人はぐっと増えて、日本の人口一人当たりの自転車保有台数は、オランダ、ドイツに次いで世界第3位になったのである。

<人生を楽しみながら環境を考える>

 この傾向は今後ますます加速するだろうが、大きな問題が横たわっている。日本では自転車が安心して走れる専用道路が少なく、増加する自転車に対応する政策が追いついていない。道交法では自転車は車道左側を走るのが原則だが、実際に狭い道路で車と併走するのはとても怖い。かといって歩道を走れば、歩行者と接触する危険性が高くなる。

 自転車と歩行者の衝突事故は06年に2767件。この10年で4・8倍に増えた。OECDの調べでは、04年ドイツ、フランス、イギリス、オランダの自転車利用中の交通事故死者数は91年より37%~51%減った。しかし日本は10%も増えたのである。このままでは、自転車が新しい「走る凶器」になってしまう。

 ドイツでは都市のなか、あるいは都市と都市を結ぶ自転車専用道路がどんどん造られている。著者は、「自動車はある程度以上の年齢、お金、能力がなければ利用できない方法、つまりは一部の人間だけが享受できる移動方法で、しかも環境や人間に多大な迷惑をかける。民主的な社会では、誰もが最低限にもつ移動方法が最優先されなければならない」と述べている。「やはりドイツと日本は根本的に違うな」と感じざるを得ない。

 もちろん、日本でも新しい取り組みにチャレンジしている都市がある。「自転車政策はまちづくりを変える契機になる」と、自転車道ネットワークをつくる「基本計画」を策定した名古屋市。市の中心部に自転車道を整備し、駅前レンタサイクルをはじめた盛岡市。地域に見合ったやり方で、新しいシステム作りが始まっている。

 こうした意欲的な政策と日本の伝統文化を結びつければ、日本の良さを活かした持続可能な社会をつくることができるはずだ。ドイツの環境政策やシステム論を紹介してきた今泉さん自身、実は日々の暮らしの中でヒントにするのは子ども時代に日本で経験した生活だそうだ。

 手作り石鹸、落ち葉堆肥、余熱調理、そして父親の口癖だった「もったいない」。こうした文化はドイツにはなかなか無いらしく、逆に外から見ることで日本の良さをあらためて実感したそうだ。日本の伝統文化の再発見は、きっと日本を変える力になるだろう。

 それに加えてこの本の面白い点は、著者自身が素直に日々の生活で感じるジレンマを吐露している点だ。合成洗剤を使うのは良くないが、かと言って石鹸の原料となる植物の栽培のために熱帯雨林を伐採するのはいかがなものか。日々ペットボトルを買わずに省エネ家電を使い、車を使わないで生活しても、たった1回飛行機に乗れば帳消しになってしまう。

 だからこそ、オール・オア・ナッシングで思考するのは間違いなのだ。すぐれたシステムの設計は必要だが、上からの答えを求めるのではなく、私たちの日々の小さな実践がどんなふうに影響していくのかあれこれ思いをめぐらせながら試行錯誤する。

 人生を楽しみながら、しっかり環境問題も考える上で、とても参考になる一冊だ。

 (江東拓実)

(1283号 2009年1月10日発行)

『クルマのない生活』(今泉みね子著 白水社)