映評『精神』(想田和弘 監督作品) 精神障害者が全世界に自分をさらけ出した勇気 山本真也
タブーに挑戦した観察映画第2弾
精神障害者と彼らをとりまく人々の日常をひたすら追い続けたドキュメンタリー映画『精神』。その撮影のほとんどは、私の働く岡山市の診療所と作業所で行われた。
登場人物は全て顔見知り。現場で日々繰り返されている出来事が、いったいどんな映像作品になったのか? 一日でも早く映画を観たくなり、昨年10月、世界初上映となる釜山国際映画祭に駆けつけた。
<次のシーンが全く読めない>
釜山映画祭はアジア最大規模のメジャーイベントで、内外から300本以上の映像作品が集まる。韓流スター出演の大作や上野樹里主演の新作など、楽しい映画が他にいくらでもあるのに、果たしてわざわざこんな重苦しいテーマの映画を観に来る人がいるのか? そんな心配をよそに、大きなシアターの席は若い観客たちで埋まった。
夜8時、映画『精神』の上映開始。作品は私の「ドキュメンタリー」概念と大きくかけ離れたものだった。監督の想田和弘氏が自ら「観察映画」と名づけた映像には、ナレーションもBGMも、場の状況を伝えるテロップさえも一切ない。登場人物の誰が障害者で誰が健常者かの説明もない。
統合失調症患者が通う精神科診療所や精神障害者の作業所、ショートステイ施設。多くの人にとって馴染みのない場所が映し出され、その場で繰り広げられる人間模様をカメラは淡々と、しかし容赦なく追い続ける。カメラを持つ監督と同じ場に、自らも立っているような気持ちにさせる映画だ。そして自分の持つ経験と感性のみを頼りに、目の前に映し出された現実と対峙しなければならない。
あらかじめ起承転結があり、一つの結論へ導いていくようなドキュメンタリーに慣らされている私は、ずっと不安を抱えたままスクリーンと向き合うことになった。何せ次のシーンが全く読めないのだ。今この瞬間の自分の感情は、次のシーンでは裏切られるかもしれない。そのような緊張感のなか、2時間15分の長編作は実にスピード感に満ちていた。
<モザイクをかけずに公開>
もう一つ、この映画が特別なのは、作品中に一切の「モザイク」をかけていない点だ。精神障害者など「社会的弱者」と言われる人たちが映像に登場する場合、日本では「本人の人権を守る」との理由で顔にモザイクを入れ、個人を特定できないようにするのが慣例となっている。
精神病院内を取材したテレビ映像など、画面のほとんどがモザイクで覆われ、声まで音声処理されて、何を訴えようとしているのかさっぱりわからない。そんなドキュメンタリー映像が当たり前だった私にとって、全ての精神障害者が顔モザイク無しで登場するこの作品は実に新鮮に感じた。精神病に対する偏見の強さを身をもって知り抜いている彼らが、堂々と自らの病歴や過去を語る姿は、勇気と誇りに満ちていた。
想田監督は「作品中に特定の価値観を持ち込むことを極力排した」と語っており、その姿勢は貫かれている。確かにこの映画は、観る人それぞれの様々な感じ方や結論を尊重する自由な映画だ。
だとすれば、私にとってこの作品の主人公は、医療者でも介護者でもなく、次々と登場する精神障害者たち一人一人である。カメラを通じて、文字通り全世界に自らをさらけ出した彼らの勇気が、果たして彼らのこれからの人生にとって吉と出るのか凶と出るのか? それは分からない。この映画を多くの人が観ることで、精神障害者たちの置かれている状況が少しでも改善するきっかけとなるのか? それも全くわからない。ただ彼らは、自らが生きてきた証を、堂々とフィルムに残した。その行為の尊さが全編を通じて私の心を揺さぶり続けた。
だがこの作品は、そんな安易な共感をも排除する。この映画に登場する精神障害者のうちの3名は、完成した作品を観ることもなく、自ら命を絶つなどで亡くなっている。観るものはその事実を作品の終了時に知らされることとなる。重い現実が再び観る者を突き放す。「こんな映画くらいで、簡単に分かったような顔をするなよ」。「あの世」からの声が聴こえるようだった。
<公開後に始まる新たな関係>
監督の想田氏は、私の職場に撮影許可を求めに来た時、作品に「モザイクをかけない」「シナリオを描かない」「劇場での一般上映を目指す」の3点を約束した。彼はその全てを実現したのであり、心からの敬意を表したい。
『精神』は釜山国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。ドバイ国際映画祭でも最優秀賞を受賞し、今年3月にはベルリン国際映画祭にも招待され好評を得た。この映画は世界中をまたにかけ、順調に走り続けている。
そしていよいよ、6月から東京を皮切りに日本全国での公開が始まる。映画に登場した精神障害者たちは、映画の評価が世界的に高まっていることを、少なくとも表面的には喜んでいる。
だが、いよいよ地元岡山での上映が始まれば、彼らの心には大きな動揺が広がると思う。自らが赤裸々に語った過去、現在を、例えば自分の親や子供、知人がスクリーンを通して初めて知ることになる。そのことに傷つき、調子を崩す人もあるだろう。最悪の事態が起こらないように、私も出来るだけのことをしようと思う。
だがリスクを犯さなければ伝わらない事実がある。監督も「この映画は一種の賭け」と語っている。得られるものより、失うものの方が大きいかもしれないが、今のままでもドン詰まり。「何か新しい関係性が生まれれば」との思いで私も監督の賭けに乗ったのだ。何が起こるかわからない国内上映だが、わくわくしながら待ちたいと思う。
映画『精神』は6月、シアター・イメージフォーラム他、全国順次ロードショー!
釜山国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
ドバイ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
マイアミ国際映画祭 審査員特別賞
配給・宣伝 アステア
▼公式HP
http://www.laboratoryx.us/mentaljp/index.php
