体を動かせば人間にとって一番大切なものが見えてくる

 東京江戸川区平井にある牛宝山明王院最勝寺。目黄不動と呼ばれる天台宗のお寺だ。日本で最初に大師号を持った円仁(慈覚大師)が紀元860年(貞観2年)に草創した。

牛宝山明王院最勝寺

 この古寺の40世住職・山田俊尚さんは、「セブン・ジェネレーションズ・ウォーク」(http://7gwalk.org/index.html)を呼びかけている。3月27日に大阪箕面を出発し、徒歩で1ヶ月以上かけ5月9日に東京高尾山にゴールする壮大な企画だ。

 「7世代先の子供達のことを考えて、今を生きよ」というインディアンの教えがイベント名称の由来。ウォークを通じて自然と人間とのつながりを実感し、持続可能な未来に向けた新しい価値観を見い出すべく、山田さんは全行程500キロ以上の踏破を目指す。

<アメリカ・インディアンとの出会い>

 「一緒に歩く人たちに僕の価値観を押しつけるつもりはありません。歩く中で参加者自身がそれぞれの価値観を見いだして欲しい。自ら体験し感じなければ意味はないのです。僕はただ、そのきっかけを作りたいだけです」

 そう語る山田さん自身、アメリカ・インディアンムーブメントのリーダー、デニス・バンクスさんとの交流が人生の転機となった。かつて山田さんは和太鼓ユニットGOCOOのメンバーだった。映画『マトリクス』の音楽を担当し、世界中で活躍しているバンドだ。1999年代々木公園で開催された一大環境イベント「レインボーパレード」のライブに出演してデニスさんと偶然出会い、それ以来2人の交流は始まった。山田さんにとって人生の転機となる出来事だった。

 デニスさんの存在は彼の心をとらえて離さなかった。招待されてアメリカに渡り、いっしょに歌い、祈り、生活を共にした。山田さんは自分の中にあるものが目覚めつつあるのに気づいた。それは自然とのつながりだった。

 「デニスは僕に自分で歩いてみろ、歌ってみろ、祈ってみろとだけ言い、あとは自分の歩いている姿や祈っている姿を見せるだけでした」。自ら体験すること、自分の頭で考えることの重要さを教えられたのだ。

 「僕はその“気づき”を日本に持って帰りました。そうしたら目の前の世界が変わったんです。なんとなくやっていたお寺での修行や儀式がとても面白く、新鮮に感じられました。自分の命が生き返ったようでした。その意味で、僕はインディアンから仏教を教わったと思っています」

 もともとは音楽で身を立てることを目指し、お寺を継ごうなどとはまったく考えていなかった山田さんだが、実は人生の伏線は大学時代にもあった。卒論作成時、日本哲学界の重鎮清水多吉さんが担当教授だった。清水さんから「自分にとって意味のないものは書くな。君の人生にとってロックが大切ならば、ロックの哲学を書け」と指導された。

 「卒論研究の過程で、60年代のロックには思想的な背景があることをはじめて知りました。それまでジミ・ヘンドリクスなどをお手本にギターの練習をしてきたので驚きました。さらに音楽と信仰とのつながりも見えてきたんです」

 とりわけ道教、ヒンズー教、仏教など東洋の宗教や思想がロックに非常に大きな影響力をもっていたことに衝撃を受け、ロックに影響を与えているネイティブアメリカンの文化への関心も芽生え始めた。そして数年後、デニス・バンクスさんとの運命的な出会いを迎えた。

 住職になっても、音楽活動は続けている。山田さんは『Actio』1287号に登場した「たどころーる」の所属するバンド「ウズマキ」の現役ギタリスト&ボーカリストでもある。バンド「はち」では人類最古ともいわれるアボリジニの楽器ディジュリドゥを演奏する。

 「音楽のない人生なんてありえなかった。小学校でお琴を習い始めてから、音楽は人生そのものでした。今でもそれは変わりません」

LONGEST WALK

<全ての生きとし生けるものは仏>

 心から祈ることの意味もインディアンから教わった。

 「デニスは、『自分たちは自らのアイデンティティと強さを引き継ぐために命がけで儀式を守ってきた』と教えてくれました。儀式をし歌を唄っただけで逮捕され、時には銃殺さえされた迫害の歴史の中で彼らは祈り続けてきたのです」

 4日間断食をしながら灼熱の太陽の下でドラムをたたき、歌い、踊り続ける儀式サンダンスにも参加した。シンガーとして招かれたのだ。ダンスの最中には、ピアスを通してそれを引きちぎる儀式もあった。インディアンの伝統を子々孫々につないでいく強い決意を表現するものだ。

 物心ついたときには般若心経を口ずさんでいた山田さんだが、日本に戻って自分に問い返した。「僕が行っている儀式は本物なのか。それに命をかけられるのか」。自らそれを確かめるために厳しい修行を繰り返し、仏への信心を磨き上げようと決意。108箇座の護摩修行を5年間続け、飲み水さえも断つ厳しい断食を何度も繰り返した。京都まで歩き、比叡山でも学んだ。そして、「仏教もインディアンの信仰も根本にあるものは同じ」との結論に達した。

 「デニスの口ぐせは『All Life is Sacred』、つまり『全ての命は聖なるもの』。私たち仏教者も『一切衆生悉有仏性』、つまり『全ての生きとし生けるものは本来仏である』と説きます。まったく同じですね」

 以降山田さんは、環境保護運動や平和運動に積極的に関わるようになった。昨年は、デニスさんが牽引しアメリカ横断約7000キロを歩くロンゲストウォークや、憲法9条世界会議へ向け広島から千葉まで歩く9条ピースウォークにも参加した。

 「体を動かすことは、人間にとって大切なものを発見する一番いい方法なんです。知るだけでは不充分です。情報はいっぱいある。問題はそこから先です。知識が価値観にまで高まるためには体を動かすことが必要です。歩くなかに祈りがあり、歌があり、交流があり、学びがあるんです」

 お寺では環境や平和をテーマにしたイベントも頻繁に開く。デニス・バンクスさんを呼んだ企画も開催された。境内ではライブ演奏も。洋の東西を越え、伝統を越え、思想・宗教を越え、世代を越えて人々のつながりが広がっている。

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(註)アメリカ・インディアンという用語について
1977年のアメリカ先住民の活動家が集まって開かれた「インディアン国際会議」は「“インディアン”という用語を支持する」と決議。「我々は“アメリカ・インディアン”の名の下に奴隷にされ、“アメリカ・インディアン”の名の下に植民地化された。そして我々は、“アメリカ・インディアン”の名の下に自由を得るつもりである」と宣言している

(1288号 2009年3月25日発行)

山田俊尚さん