民営化で溶融する国家機能 超大国アメリカが抱える本当の危機 オバマの勝利でアメリカは変われるか!?
『CommonDreams』7月28日号に掲載されたチャルマーズ・ジョンソン氏によるアメリカ軍産複合体への批判を紹介。同氏は米国内の民間シンクタンク「日本政策研究所」所長。数多くの著作があり『アメリカ帝国の悲劇』(新潮社)などが邦訳されている。(訳 水澤努)
民主主義を蝕む軍産複合体
チャルマーズ・ジョンソン
多くのアメリカ人は、新聞や政治家の発言で「軍産複合体」という言葉に出会うと、あるイメージを思い浮かべる。
アイゼンハワー大統領は1961年1月17日の退任演説で、次のように語った。
「わが国の軍組織は、平和な時代のどの大統領ともほとんどつながりがない。第2次大戦や朝鮮戦争時における大統領でさえそうだ。だがわれわれは巨大な軍事産業を恒久的に創出することを強いられてきた。この重大な意味を把握しなくてはならない。われわれは軍産複合体の不当な支配から自らを守らなくてはならない」
アイゼンハワーが軍産複合体について言及したことは今ではよく知られているが、彼がその不当な影響力について警告したことは無視されてきた。1961年以降、軍産複合体の起源についてのまともな研究や議論はほとんど存在しない。それがどのように変化してきたのか、またそれをどのように政府が国会議員や市民から隠してきたのか、どのようにアメリカの憲法を貶めてきたのかについても知られていない。
1940年代初頭、ルーズベルト大統領が「民主主義の兵器庫」を建設していた軍産複合体発生当時から今日にいたるまで、世論はアメリカ軍最高司令部と民間の営利目的企業とは対等の関係にあると思ってきた。不幸なことに事実は違っていた。軍産複合体が初めて表れた当初から平等ではなかった。
軍産複合体の形成期、人々はまだ民間企業に深い不信を抱いていた。それらが大恐慌で果たした否定的な役割を覚えていたからだ。そこで当初は政府が軍産複合体の形成において主要な役割を担った。
当時カリスマ的な人気を誇ったルーズベルトは、政府と民間の関係構築を支援した。この再軍備の目的は国民の大きな支持を得た。当時ファシズム勢力が力を得ており、他の連合国も再軍備に向かっていたからだ。このことを通じ民間企業は人々の信頼を回復するとともに、戦時の利潤追求を覆い隠した。
1930年代後期と1940年代初期、ルーズベルトによる政府と民間のパートナーシップ形成は軍需産業を育て、またそのことで大恐慌を乗り越えた。だがまったく批判を免れたわけではなかった。ルーズベルト自身ファシズムの断固たる批判者だったが、彼のことをファシズムの制度を模倣していると考える者もいた。
代表的なイタリアのファシズム哲学者でありネオ・ヘーゲリアンのジョヴァンニ・ジェンティーレは、政府と民間のパートナーシップは事実上国家と企業の合併であり、「コーポラティズム」と呼ぶのが相応しいと述べた。
ある批判者は、政府の役人と企業家との成長しつつある共生関係に危機感を募らせていた。なぜならば双方がお互いをかばうと同時に権限を分かち合い、公私混同を行っていたからだ。
企業の活動は、世論や議会による監督よりも行政の監督に従う傾向がある。政府と民間の協力関係により、民間企業には監督をすり抜けるための便宜が図られるようになる。こうした批判の声は最終的には戦争への熱中と戦後の繁栄に圧倒されてしまった。
しかしながらほとんど気づかないうちに水面下では、大企業によって民主主義の制度を資本の利益を代弁する制度に置き換える動きが進められていた。この動きは今日では支配的となった。その目的は一貫して「大きな政府」への信用を落とすことだった。
一方で国防のためにつぎ込まれた政府の巨額な予算を、資本の利潤のために獲得したのである。それはアメリカの保守による「ニューディール社会主義」に対する緩慢な反動だと理解できるかもしれない。
アメリカの代表的な民主主義の理論家シェルドン・ウォリンは、著書『民主主義という株式会社』のなかで「反転した全体主義」に言及し、アメリカにおける画一化と統制の全体主義がかつてのドイツやイタリアやソビエトのような警察権力による抑圧とは違った形で進行していると指摘した。
彼は私的な(主に企業の)権力の拡張と、政府の国民福祉への責任放棄に警告を発している。また公共事業の民営化が知らないうちにデモクラシーを掘り崩しており、「もはや政府は必要ない」という考えが広がりつつあると非難した。ウォリンは著書で次のように言う。
「公共事業の民営化により、企業の力が国家さえ左右する政治的な力へと着実に進化することは明らかだ。そのことはアメリカの政治および政治文化の転換を示している。民主的な実践と価値が主要な要素だった体制から、残存する民主的な要素と国民的な事業が組織的に破壊される体制への転換である」
<地獄の沙汰も金次第>
軍産複合体は、第2次世界大戦および冷戦のピーク以降に大きく変化した。今や軍産複合体内部では民間部門が圧倒的に支配的だ。空、陸、海軍はもちろんのこと、CIAやNSA(国家安全保障局)、DIA(米国防情報局)などの情報機関、さらにテロ組織への潜入スパイなどの秘密活動も大量の民間請負業者に依存している。国家的な安全保障も利潤を追求する企業の傭兵が非公式に行っているのだ。
調査報道が得意でこの手の問題の専門家であるティム・シャロックは最近の著作『雇われスパイ―諜報活動民間委託の秘密(Spies for Hire – The Secret World of Intelligence Outsourcing)』で次のように述べている。
「2006年にアメリカがスパイ・調査活動を民間委託した費用は420億ドルに達し、海外および国内の諜報活動に毎年消費される総額600億ドルの70%に該当する。CIAの契約社員は正規雇用者1万7500人を上回り、民間委託人の数はCIA国家秘密局員の半数以上もいて秘密工作や海外スパイのリクルートを行っている」
「NSAが情報技術を飽く事なく欲求する中で、同局と関係を持つ企業は2001年に144社だったのものが2006年には5400社に増大した。航空写真偵察や盗聴のための人工衛星を管理するNRO(国家偵察局)では、ほとんどの労働力が民間会社で働く契約社員によって成り立っている。NROには80億ドルの予算が計上され、情報関係機関では最大の予算額だが、このうち70億ドルは民間企業に回される。とくにスパイ衛星部門は情報関連部門のうち最も民営化が進んだ部門である」
「NSAの民間委託計画について…それらはあまりうまくいかなかった。大失敗だったものもある。2006年、NSAは収集した情報をさほど分析できなかった。その結果、集めた情報の90%以上は意味のある情報へと転換されることなく捨てられた。たった5%だけが正式な分析部門に送られただけだった」
「テロ防止のための新しいキーワードは『官民協力』となったが、実際の所この言葉は企業利益を覆い隠すためのものだった」
以上のシャロックの衝撃的な暴露からいくつかの推論が引き出せる。第1には、外国のスパイがアメリカの軍事的、政治的な機密を手に入れる最も簡単な方法についてだ。彼はアメリカの公的な機関に接触を試みるのではなく、政府が大きく依存している民間の情報関連企業でエージェントの職につけば良い。
例えばサンディエゴに本社のある企業サイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル(SAIC)は、4万2000人の社員に政府で得るよりも高い報酬で職を提供する。古株の諜報活動委託先ブーズ・アレン・ハミルトン社は、2007年の1月までマイク・マコーネルを雇用していた。彼は情報関連の世界では第一人者の民間請負人とされてきたが、現在国家情報長官を務めている。
CACIインターナショナル社は2003年、国際技術サービスの2つ契約の下、イラクの悪名高いアブグレイブ刑務所の米軍に、20数名の尋問官を送り込んだ。アブグレイブの拷問と虐待を調査したアンソニー・タグバ少将によると、CACIの尋問官のうち4名が捕虜拷問に対して「直接的ないしは間接的に責任がある」。
特筆すべきは、民間企業であるSAICが実質的に国家機関のNSAに代わって政府のために主要な無線傍受活動を行っていることだ。SAICはNSAの最大の民間委託先であり、NSAは今日SAICの最大の取引先だ。
他にも政府に情報を提供する民間企業は数1000社存在している。中には国会議員を買収し、政府にとって全く必要のないプロジェクトに資金提供させるケースもある。
2006年、共和党議員のランディ・カニンガムは軍需企業に賄賂を要求し懲役8年4ヶ月の判決を受け、カニンガムに賄賂を送ったブレント・ウィルクスは今年2月に懲役12年の判決を受けた。彼の所属するADCS社は、1世紀も昔のパナマ運河建設の記録をデジタル化する契約で970万ドルを得ている。
<民営化は国家的記憶喪失>
こうしたことの最終的な結果を、われわれは今日目撃している。すなわち軍事と情報活動における政府の空洞化だ。例えばKBRコーポレーションは入札なしの契約でイラク駐屯部隊の食料や洗濯サービスをおこない暴利をむさぼり、ブラックウォーター・ワールドワイド社はバグダッドで、CIAと国務省に安全保障や分析作業のサービスを提供している。
米軍の報告によると、同社の傭兵部隊は2007年9月、バグダッドで17名の無辜の非武装市民を殺害した。軍事部門や情報部門における民営化の金銭的・人員的コストは予想をはるかに超えており、民主政治へのダメージは取り返しのつかないものとなっている。
具体的には次のような事態に結びついている。情報活動におけるプロフェッショナリズムの低下。何のおとがめもなく良心の呵責もなしに、民間企業が非合法活動に従事できようになった。しかも議会や市民がこうした企業を監視することは、秘密防衛を名目に不可能だ。そしてもっとも重大なことは、あらゆる情報組織にとって最重要の財産である制度的記憶(institutional memory)の喪失である。
これらの事態は政治家や主要なメディアには取り上げられなかったが、今や明らかだ。本来CIAの職員は、民間企業の役員とはまったく違った基準が問われる。企業の役員は契約の遂行と将来の契約の獲得だけに関心がある。だが情報分析の専門家に求められるプロフェッショナリズムの本質は、私心を離れ、アメリカ政府が外交政策のために何を知るべきかを探ることなのである。
CIA内部でのプロフェッショナリズムの喪失は、2002年イラクの大量破壊兵器保有をめぐる「国家情報評価」で明らかになった。パウエル国務長官を初めとする政府高官は、その判断が間違っていたことが判明しても誰1人として辞任しようとはしなかった。ジョージ・テネットCIA長官までもが居残った。
民間企業は疑わしい行為から明らかな重犯罪にいたるまで、大手を振って犯している。その率はCIAよりもずっと大きい。しかも外部者がそれを摘発することは極めて困難だ。例えば、9・11テロの後、ジョン・ポインデクスター海軍少将(現在国防総省国防高等研究事業局〈DARPA〉勤務)は、DARPAがテロリストの活動を摘発するためにアメリカ国民の個人情報を可能な限り収集すべきだと考えた。
そして2002年11月、『ニューヨークタイムズ』紙のコラムにウィリアム・サファイアは、「あなたは容疑者だ」とのタイトルで文章を掲載。実際にDARPAはアメリカ国民3億人の個人情報収集のため、2億ドルの予算を使っていたと暴露した。
「クレジットカードの使用歴、購読雑誌、病院での処方箋、ウェブサイトの全履歴、送受信した全メールの内容、銀行口座の入出金、旅行の予約、参加した全てのイベント。これらのデータは全て国防省のデータベースに集中される」
これは多くの国会議員たちを驚愕させた。ナチのゲシュタポや東ドイツの秘密警察シュタージそのものだったからだ。そこで翌年議会はそのプロジェクトに対する予算を拒否した。
しかしながら議会は、個人情報収集活動を終わらせることは出来なかった。NSAは民間企業を通じてこの活動を継続することを秘密裏に決定。なんと議会がアメリカ国民のプライバシー侵害だと宣言した情報収集活動の続行を、SAIC社とアレン・ハミルトン社に高額で委託したのだ。われわれの知る限り、この情報収集活動は今日でも強力に推し進められている。
政府諸事業民営化の結果引き起こされた最も深刻かつ喫緊の問題は、政府の最重要な組織や機関における制度的な記憶喪失である。シャロックは結論づける。「多くの情報機関の職員が2000年までに民間企業に移行した。かつてアメリカ国家の情報機関にあった制度的記憶は今は民間企業に存在する」。
これによりCIA、DIA、NSAおよび他の13個の米情報機関は簡単には改革できなくなった。なぜならそれらの機関のスタッフは、何をどのようになすべきかを忘れてしまっているからだ。彼らは技術面、予期せぬ事態への対応、ノウハウの蓄積について教育も訓練もされていない。
これまでの多くの研究が指摘しているように、アメリカによるイラク占領の惨めな失敗の原因は、国防省が素人だらけの傭兵をバグダッドに送ったことだ。ロバート・M・ゲイツ国防長官(前CIA長官)は、アメリカがあまりにも多くの機能を軍隊に委譲したことに何度も警告を発している。それは冷戦以降、国務省や国際開発庁の空洞化を招いてきた。ゲイツは、「われわれは今忍び寄る外交の軍事化を目撃しているのだ」と指摘する。軍隊の傭兵化と情報活動の民営化が今日、水面下で急速に進行しているのである。
帝国主義的な大統領の権力を抑制しなくてはならない。そのためには、CIAを他の危険で不要な16の情報機関とともに廃止するべきである。そのかわりに国務省のプロのスタッフが、情報収集と分析の業務にあたることを提唱したい。
これまで政府も議会も、大統領の私兵としてのCIAの役割を変えようとはしてこなかった。多くの機能を民営化しその無能さが露呈しているにも関わらず。その結果偶発的な戦争のリスクは高まっている。
また同様に奇襲攻撃のリスクも高まっている。なぜならば政府はもはや、世界で何が起こっているか正確に把握する能力を持っていない。おまけに情報機関は、外部からの圧力や侵入、工作に極めて脆弱になっているからだ。
