書評『空の帝国 アメリカの20世紀』(生井英考著 講談社) 軍産複合体に支配された世界最強の軍隊
その出発点には真珠湾のトラウマがあった
私は神奈川県・相模原市南部に住んでいるが、日頃から米軍機の騒音に悩まされている。まさにアメリカに空を支配された、不愉快極まる日常だ。
そんな私だから当然にも、書店の歴史コーナーに平積みされたこの本の題名を最初に見たとき、まずはイヤな気分になった。アメリカ賛美の本だと思い込み、手に取って開いてみることもなかった。しかしその後もあちこちの本屋さんでこの本を目にし、ちょっとだけページをめくってみた。どうやら9・11テロ後に強行したアメリカの戦争には批判的な内容らしい。
著者の生井英考氏の専門は「視覚文化論」。時代ごとにアメリカの雑誌グラビアや徴兵ポスターのデザインを紹介しながら、「飛行機」「軍隊」「戦争」に対するアメリカ人の感覚の変化を追いかけていく内容だ。
<巨大な常備軍を否定した建国の理念だが>
20世紀初頭、アメリカ人のライト兄弟は飛行機を発明した。以降、アメリカが世界最大の空爆能力を持つ軍事超大国になるまでの歴史を著者は解き明かそうとしている。
アメリカの航空機開発は、庶民が「飛行の夢」を追求するなかで自主的に始めたもので、当初は国家的な軍事利用には積極的ではなかった。そもそも「大きな政府」に懐疑的なアメリカ人は、平時から巨大な国軍を常備すること自体に否定的で、実際に第一次世界大戦勃発時の米軍の兵力はロシアの30分の1、日本の4分の1にすぎない20万人(州兵を含む)だった。
そんなアメリカだが、海軍については早い時期から整備が進み、19世紀末までには「制海権」の概念も独自に確立していた。東西を広大な海洋にはさまれた米国の地理的条件に加えて、通商路の確保など財界からの要請が背景にあったらしい。
海外に出て行くための軍事力には一定の関心を持ちつつも、本土防衛のための大規模兵力の必要を感じたことがなかったアメリカ。それを決定的に変えてしまったのは、日本による真珠湾攻撃だった。領土が外からの爆撃にさらされた衝撃により、それまで第二次大戦への参戦に消極的だった国内世論は一転、「やるべきかどうか迷う余地のない、有無を言わさぬ」ものとなった。
それでも米軍は、ヨーロッパ戦線でイギリス軍が行っていた火炎放射器の多用や無差別爆撃には、開戦後もしばらく抵抗感を抱いていた。しかしサイパンや硫黄島などで日本軍の「玉砕」覚悟の戦闘に何度も直面し、さらに戦争がいつ終るとも知れない長期戦の様相を呈していくに従い、米軍の戦い方も変化していく。無用の犠牲を出さない効率的な勝利を目指す余力を失い、ありったけの破壊力を無制限に投じる無差別攻撃に手を染めるようになっていくのだ。
このプロセスで、第二次大戦中は陸軍の下部組織にすぎなかった航空軍(後の空軍)の役割が増大していく。航空部隊は、もともと偵察や運輸などの補足的な任務を負わされるにすぎなかった。しかし、陸海軍いずれからも自立した独自の役割をアピールしようとする「組織の論理」にも押される形で、日本への空襲を執拗に継続しようとする。 1945年2月、イギリスに誘い込まれる形でドイツのドレスデンへの夜間爆撃を行った直後からは、日本への空爆でも民間の犠牲を全くいとわない意図的な無差別攻撃を繰り返すようになる。最後には、他の多くの米軍人が「自分たちのこれまでの戦い方で日本に勝利できる」と支持しなかった原爆の投下までも行うに至る。
そして戦後は、戦時下に肥大化した軍需産業の利害とも結びついて、陸海空の各軍が各々ミサイル開発などによる「空の軍事化」を推進。「制海権」の考え方を空の領域に応用した「制空権」の概念も確立され、アメリカの国策は「軍産複合体」に動かされるようになっていく。
<9・11テロで呼び醒まされたトラウマ>
この本を読めば、第二次世界大戦以降のアメリカの国策が、軍の組織間対立や産業界の利権追求によって大きく左右されてきたことが良く分かる。「日本は戦略性がないが、アメリカは国益のための長期戦略に基づいて行動している」などと考えるのは全くの幻想だと改めて感じた。
同時に、今日のような「帝国としてのアメリカ」へ変貌した原因の一つは、日本との戦争だったのではないか、とも感じた。アメリカは今でも、真珠湾攻撃へのトラウマから抜け出せていないのかもしれない。
2001年に起きた9・11テロ。アメリカはこれを「第二の真珠湾攻撃」「カミカゼ攻撃の再来」と呼び、そのアナロジーに引きずられてアメリカの圧倒的多数の国民は対テロ戦争を支持した。ベトナム戦争に反対した文化人すら、アフガン攻撃を支持したくらいだ。それほどまでにアメリカ人のトラウマとして深く刻み込まれている真珠湾攻撃。
河野仁著『〈玉砕〉の軍隊、〈生還〉の軍隊』(講談社選書メチエ)を読めば、平均的アメリカ人はもともと、中央政府指揮下の常備軍の存在に非常に懐疑的だったことが分かる。その懐疑心を吹っ飛ばしてしまった決定的な契機の一つは、日本による先制攻撃だったことは確かだろう。
著者は次のように結んでいる。
「20世紀はアメリカの世紀だった、といわれる。また20世紀は戦争の世紀だった、ともいわれる。したがって20世紀は結局、アメリカの戦争の世紀だった、ということにもなる。しかし…(中略)…それ以外の歴史的な選択の可能性は、なぜ実現され得なかったのだろうか」
「当のアメリカ社会と並んでその答えを出すべき務めをになう社会がほかにあるとするなら、それは太平洋の対極にあって唯一無二、歴史的体験をシンメトリカルなかたちで共有する日本以外にないことにもなるだろう。それは結局、アジアを爆撃したこととアメリカに爆撃されたことの歴史的な経験と因果律を、想像的に感得しながら自らに問い直すことでもあるからだ」
今や自ら制御しきれないほど巨大な軍産複合体を抱え込んでしまったアメリカ。その現実に対して、「そうなるべくしてなった」と諦めてしまっては、現実的な問題解決の糸口はいつまでたっても見えてこない。それは「日本が作ってしまったアメリカ」でもあるのだ。だからこそ今後どうアメリカと向き合っていくのかを、私たちは自分自身の問題として考えなければならないと思う。
(野本陽吾)
