ナイチンゲールにはなれなくても介護職のプロとしてより良い接遇サービスを目指したい
私が栄養士として勤務する介護型の病院では、この3ヶ月間とても重たい空気の中すすめられている会議がある。その名は『接遇委員会』。この会議は、院内に設置する苦情箱に入っていた一通の投書をきっかけにはじまった。
投書には、「介助時の声かけがきつい。もっとやさしくしてほしい」と記されていた。実は同様の主旨の苦情は今回が初めてではない。苦情を受ければ、どうしても患者やその家族と直に接する看護部(看護師や介助ヘルパー)に対して批判が集中する。そのため看護部は何年も前から接遇改善に取り組んできた。
しかしあの手この手を試してみても、結局また同じような苦情が寄せられ、いい加減に看護部は疲れてしまった。そこで看護師長は、看護部だけではこの問題を解決することはできないと判断し、病院全体で『接遇委員会』を開くことになったのだ。
だが毎月一度の話し合いは非常に難航している。各部門の意見の相違により、目指すべき方向を完全に見失っているように思うのだが、どうすればいいのだろうか。
<沈黙だけが続く重たい会議だが>
当事者意識の少ない事務部門はてっとり早く問題解決をはかりたいので、答えを性急に出そうとする。「接遇の見本となるようなビデオをみんなで観て、勉強会をしたらいいのではないか」など、意見もかなり形式的だ。しかしこの程度のことはすでに何回も試されており、たとえお手本を見ても介助者全員がその通りにはできないことは証明されている。
「とりあえず言葉使いを丁寧にするだけでもいいのでは」との意見もある。でも言葉使いは丁寧でもきつい口調で、「朝でございます。起きてご飯を召し上がってください」と声をかけられるのはいかがなものか。それなら多少ラフな言葉でも、優しく「朝よ~。ご飯食べようか~」と言われる方がいいだろうとの意見も出る。
看護部からは、「同じ患者が何度もナースコールしたりすると、つい『今度はなに?』とつっけんどんな言葉が出てしまうこともある」と告白も。その一方で、「対応が悪いのは一部の職員だけだ」と主張する人もいる。様々な意見が飛び交い、そしてまとまらないまま沈黙が続く。
会議はいまも難航中だ。「こんなに沈黙の多い会議を続けても意味がない」との意見まで出たほどだ。それでも看護師長は、「この接遇委員会は今、産みの苦しみのなかにいるのだからもうちょっとみんなで悩んでみましょう」と会議の継続を求めた。確かに部署を横断してみんなで顔をつき合わせて考える時間が無駄だとも思えない。私も「なんとか少しでも良い状況に改善したい!」との想いがいつか結実すると信じて参加している。
そもそも患者やその家族は介助者に何を求めているのかを、原点に立ち返って考えてみよう。そこにあるのは、自分や自分の愛する家族を大切にして欲しいとの想いだろう。
とは言え、職員全員がナイチンゲールのごとく崇高な意志をもって介助や看護を仕事としているわけではない。経済的に苦しいがゆえに、割のいい夜勤を多く希望する職員もいる。そもそも患者や家族の要求に100%応えるのは無理な話でもある。
ただし私たちが忘れてはいけないことは、どんな職業であれそれを選択した以上、ある程度の社会的な責任が問われることだ。当然のことだが、患者やその家族が支払った入院費用の一部は職員の給料になる。それに見合うだけのサービスを提供することは職業倫理からしても問われる。だからどうすれば一定以上のサービスを提供できるのかを問い続けることが必要なのだ。
<栄養士としてできるサービス改善>
私は栄養科職員なので患者や家族とそれほど密な関係ではないが、管理栄養士の立場から患者への良好なサービスの提供がなされているか考えてみた。果たして患者本位の安全でおいしい食事が提供できているだろうか。
ちょうどリハビリの言語療法士の先生から、栄養科で患者に提供しているスプーンが大きすぎて、誤嚥のリスクが高いと指摘されたところだった。スプーンが大きすぎると一口量が増え、脳機能が低下した患者は自分で飲み込みがコントロールできなくて無意識に気管に食べ物が流れてしまう。これが誤嚥性肺炎の原因になる。
そこで小さいスプーン数本を購入して一病棟ずつ試したところ、スプーンが小さく軽くなったことで自力摂取しやすくなり、口が小さい人にもぴったりであることがわかった。一部男性には、小さいスプーンだと逆に食べ辛くなった人もいたようだが、概ね好評だったのだ。
同時に食形態にも一部問題があることもわかった。ミキサー食は入れ歯がなかったりして形のある食事を食べられない人に提供する。しかし一部の人はミキサーしたものをゼリーで固め、のどの通りをよくしないと飲み込み辛い。こうしたソフト食、ゼリー食と呼ばれる食形態は、いまや介護現場にかなり浸透してきている。
私は今までそれを気にはしていたものの、業務が増えることを考えて見て見ぬふりをしていたが、チャレンジしてみることにした。ミキサーしてなおかつゼリーで固めれば、その分だけ調理の手間は増える。それを厨房職員に納得してもらわなければならない。その意義と必要性を何度も熱く訴えて、自分自身が率先して厨房でゼリー食を作った。
さらに介助者の理解も得なければいけない。介助者はゼリーの塊がでると、のどに詰まらせる恐怖から一生懸命細かく崩してしまう。そのためゼリー食を提供する日は各病棟を回り、「これは細かくしなくても大丈夫だが、薄くスライスして飲み込みやすい状態で提供してくれ」と宣伝して歩く。介助者、リハビリ、栄養科の職員が集まって、より安全な食事を提供するための食事検討会も開くことにした。
業務は増えたが、栄養科としての接遇(サービス)は着実に改善されていると思う。これも一重に沈黙のなか真剣に悩んだおかげだろう。食事検討会の取り組みが、看護部門の接遇改善への突破口になればと願っている。
横尾佐和(30代 管理栄養士)
