書評『成長の限界 人類の選択』(ドネラ・H・メドウズ他 著 ダイヤモンド社) 地球の「限界」を超えてしまった人類 行き過ぎを止めるには何をすべきか?
1972年に執筆された『成長の限界』は、有限な地球環境のなかでの経済成長には必ず限界が訪れることをコンピュータ・シミュレーションにより明らかにし、全世界に大きな衝撃を与えた。恥ずかしながら私は、それから30年以上経った90年代になって初めて読んだ。
今回手にした『成長の限界、人類の選択』(ダイヤモンド社)は、『成長の限界』を執筆したドネラ・H・メドウズのシリーズ3作目で、2005年3月に出版された。
<このままではカタストロフィを避けられない>
本書の序文では、「(72年の)『成長の限界』の論調は基本的に楽観的なものであり、『早く行動すれば、…ダメージをこれだけ減らせる』ということが繰り返し述べられている」と記されている。問題は、人類は「早く行動」できたのかにある。
残念ながら30年たった今、「技術や制度の進歩にもかかわらず、人類のエコロジカル・フットプリントはいまなお増大を続けている。…人類はすでに持続可能でない領域にいる」。本書は人類の未来にあらためて警鐘を鳴らし、なんとか持続可能な未来を展望するために執筆されたのだ。
メドウズは、72年時点では成長の限界に到達するまでいくらか余地があると考えていた。しかし92年の第2作目『限界を超えて』では、人類はすでに地球の限界を超えてしまったと認識。今から振り返れば、その認識すら「楽観的なものだった」と振り返っている。
それにも関わらず、現在の厳しい状況はまだ多くの人々には認識されていない。地球上の人間活動を持続可能な領域に引き戻すには長い時間がかかり、決して楽観できないと警告している。
30年前に比べたら、環境問題は一般的なコンセンサスを得ているし、環境教育も実施されている。企業や事業者の環境保護への取組もある。しかし、72年の『成長の限界』の分析で利用されたマクロ世界シミュレーション〈ワールド3シナリオ〉は未だに基本的な変化を迫られていない。なぜか?
ワールド3シナリオについてメドウズは、「崩壊の可能性に関するわれわれの最も重要なメッセージは」「三つの特徴が生み出す地球システムのダイナミックな行動パターンを理解することから出てきた」と説明する。
その「三つの特徴」とは、「衰退する可能性のある限界、止むことのない成長の追求、近づく限界に対する社会の反応の遅れ」のことだ。この三つの特徴のどれかが大きく変わらなければ、「シナリオどおりの道筋をたどっているとしても、驚くに値しない」と著者は記している。
<持続可能性革命により「定常状態」の社会へ>
今回の3作目では、既に限界を超えてしまった人類の行き過ぎをなんとか止めるために、「この数十年間に出てきたあらゆるデータや事例をもとに、より理解しやすい形で、われわれが1972年に出した主張を再度強調すること」が目指されている。
第1章「地球を破滅に導く人類の『行き過ぎ』」の冒頭では、「『行き過ぎ』とは、意図してではなく、うっかりと限界を超えてしまうことだ」と指摘。そして実際に人類は、「うっかりと限界を超えて」しまった。
世界自然基金(WWF)のデータによれば、人類は「1980年代後半から、毎年、その年に地球が再生できる以上の資源を使うようになった」。「だだし、行き過ぎの結果、必ずしも破局がやってくるとは限らない」。「意識的に方向転換し、過ちを修正し、注意深くスピードを落とす」ならば、破局を回避する、ないしは小規模にすることができる。
しかしそのためには、人々の意識が変わらなければならない。第2章では、行き過ぎの原因「成長、加速、急激な変化」について、「人々は、成長志向の政策を支持する。成長すれば、より幸せになれると思っているから」と指摘。物質的生産や人口などの幾何級数的成長は、まだ大丈夫という状態からある日突然、行き過ぎになってしまう。どうにもならない破局の前に、成長を是とする思考を改めるべきだと提起している。
第3章では供給源と吸収源の危機が明らかにされるが、一方で「人口を減らし、消費行動を変え、資源効率の高い技術を用いることで、エコロジカル・フットプリントは減らす事が出来ると」と訴える。「エコロジカル・フットプリント」とは「自然に対する人間の影響の総量」を表す概念だ。
特に第7章は興味深い。ここでは「持続可能なシステムへ」どのように移行できるかを展開。根本的なシステム構造の転換が必要であるとして、「人間の歴史には、これまでも構造的な変革が何度か起こったが、最も興味深い例は、農業革命と産業革命だろう」と語った上で、次は「『持続可能性革命』が必要とされている」と結論づける。
ここでは、「地球の限界と折り合いをつける経済という考え方を真剣に取り上げた最初の経済学者」としてジョン・スチュワート・ミルを挙げ、彼の提起した「定常状態」を評価する。ミルは、「先へ先へと進もうと苦闘するのが人間の状態であり、お互いを踏みにじり、ぶつかり合い、押し退け、足を踏みつけあうことが人類の最も望ましい天性であると考えている人たちの提唱する生活の理想というものに、魅力を感じていない」「定常状態が、人類の向上の停止を意味するものではない」と150年前に主張していたのだ。
実はメドウズは既に2001年2月、脳膜炎でこの世を去っている。彼女は最後のエッセイのなかで、北極のシロクマを気にかけていた。「もし地球全体の気温が1度上昇すれば、北極で約3度の上昇になる。これこそまさに今起こっていることなのだ。…何人かの生物学者は、シロクマは確実に滅びると言う」(『「成長の限界」からカブ・ヒル村へ』生活書院)。
人生をかけて「成長の限界」を訴え続けた彼女は、深い悲しみを抱えながら、それでも未来の可能性を探り続けた。訳者の枝廣淳子氏は「まえがき」でこのメドウズの遺作を、「環境問題を、あなた自身の問題として考える、その背中を押してくれる本なのです」と紹介している。
人類は、そして私たちは今「何をすべきか」。未来は決まっているのではなく、いまだ多くの選択肢は残されている。それにより私たちの未来は決まる。そんな重大な岐路に立たされた人類に、多くの示唆を与えてくれる本だ。
(小川愛子)
