「年越し派遣村」ボランティアに参加して 野本詩織
可視化された労働者使い捨て社会
昨年の大みそかから1月5日まで、東京・日比谷公園に開設された「年越し派遣村」。労働組合や市民団体でつくる実行委員会が、仕事や住む場所を失った派遣労働者らに、寝場所と食事を用意した。延べ2000人近いボランティアが支援した現場はどうだったのか。参加した野本さんからのレポートを掲載する。
<職と家を失った若者たち>
1月2日正午、日比谷公園では、炊き出しに並ぶ人の列が敷地一杯に伸びていた。弁護士や労組による労働・生活相談ブースのテントには、相談者が途切れない。入村希望、ボランティア希望の各受付窓口にもひっきりなしに人が訪れている。早速ボランティア窓口で受付を済ませて目印のバンダナを受け取ると、パソコンのデータ入力作業やカンパ受付の手伝いを行う。
労働・生活相談の窓口では、開村から2日ですでに100件以上の相談を受けたそうだ。そのほとんどが、文字どおり「派遣切り」に遭った人たちだ。雇い主から「明日から来なくていい」と言われて住居を即退去させられ、友人宅やネットカフェ等を転々としてお金を使い果たしてここへたどり着いた人。身を寄せる友人宅もなく、所持金数百円単位で一夜にしてホームレスになってしまった人も少なくない。
相談ブースにやってくるのは20代~40代とおぼしき人たちが圧倒的に多い。おしゃれな20代前半の若者の姿もある。このテントに来なければ彼を見て誰がホームレスだと思うだろうか。明らかに今までと違う、ただならぬ事態が現出しているのが見てとれる。
働けるのに、働きたいのに、働けない。そういう人たちのために、履歴書を即作成できるようにデジカメ・パソコン・プリンタを用意したコーナーも。運輸や飲食関係など様々な求人票や、住みこみ募集のチラシも用意されている。
体調を崩した人のために、医師や看護師が常駐するブースもある。「風邪薬が欲しい」とやってくる人が多い。「寒くてたまらないんです。コートの下にシャツしか着ていないので、とにかく毛布、毛布を下さい、何枚でも」と訴えてくる人も。文字通り身一つでここへやってきたのだ。いったい、この派遣村がなかったらこの人たちはどうなっていたんだろう? そしてここにたどり着けない人たちはいったいどんな状況に陥っているんだろう?
<冬季の解雇は殺人行為>
日が暮れ始めると、足元のアスファルトから寒さが身にしみる。カイロで温めても、指がかじかんでパソコンのキーをうまく叩けなくない。いくら敷物を敷いても、このアスファルトの上で寝たら健康な人だって具合が悪くなってしまうだろう。実際、私自身しっかり風邪を引いてしまった。
「私たちは帰る家があるからいいけど、ここで夜を過ごすのはどれほどしんどいんだろう」
一緒に作業するボランティアスタッフと話していた矢先、医療ブースで「すみません!急患です!」との声。容態が急激に悪化した人が出た。即座に救急車で搬送されて行く。
後から知ったのだが、フランスでは冬季に労働者を解雇し住居を退去させることは法律で禁止されているそうだ。それは殺人行為を意味するからだ。そうだ、これは殺人だ。棄民であり、政治難民だ。突然大量解雇をすればこうなることは容易に予想できたはずなのに、企業も行政も政治家も何ひとつ手を打ってこなかった。それは私だって同じだ。
底冷えした会場に、毛布や防寒着やカンパが続々と届く。入力作業後はカンパ受付を手伝ったのだが、次々人が訪れる。両手一杯に小銭を握り締めてやってきた人、九州から毛布を届けに来た家族連れ。記帳には次々と全国各地の地名が並んでいく。名前も告げずに去っていく人もいる。
ほかにも、カイロ、カップめん、乾電池、タバコ等。食料の備蓄場所にはコメや野菜がトン単位でうず高く積み上げられている。カンパはすでに数百万単位に達していた。皆、同じ思いなんだ。「これは放っとけない。何か自分に出来ることをしなくては」と。
<つながることで現実を変える>
入村希望者は主催者の予想をはるかに超える300名になり、すでに宿泊用テントは満杯状態。さながら災害被災地の避難所だ。
午後2時、実行委員会による集会。動こうとしない厚労省に対し、対応を要請しているとの報告。次第に政治家も現れ始めた。首都圏の県議・区議・市議から国会議員レベルまで、次々とカンパに訪れては記帳していく。
私は午後9時に帰宅。その後、ネットのニュースで厚労省が講堂開放を決定したと知る。公園から布団をかかえて横断歩道を渡り庁舎へ移動する人たちの映像。私が関わったのはたった7時間ほどだったが、刻一刻と事態が動いているのがわかった。
派遣村の状況は本当に氷山の一角にすぎないが、今起きている状況を可視化したすごく意義あることだと思う。「これが人を使い捨ててきた帰結ではないのか? 私たちの社会はなにか重大な間違いをしているんじゃないのか?」。
状況はかつてなく厳しい。だけど、それをなんとかしようとする人たちの新しいつながりが出来始めている。そしてつながることによって変えられる現実もある。多くの人も、そこに希望を感じたのではないだろうか。
本当に大変なのはこれからだ。この現実にどう向き合っていくのか、どうやったら変えていけるのか、私もこれからできることをしていきたいと思う。
