マスコミや環境利権を批判するのはいいが内容は杜撰すぎる

 かなり挑発的題名が受けたのか、25万部以上を売り上げベストセラーとなった本だ。「焼き鳥屋のおじさんがダイオキシンの被害にあってないのはなぜだ?」とのセンセーショナルな問いを見て思わず手にした。

 ちょうど私は公害防止管理者のダイオキシン類関係資格取得へ向けて勉強していたが、ちょっと中だるみしていた。この本を読みながら、再度参考書と問題集に目を通す良い機会にもなった。

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』(武田邦彦著 洋泉社)

<焼き鳥からダイオキシンは発生するか?>

 一言で言えばとても不思議な本だ。賛同できるところと、「ちょっとこれは…」と思うところがちょうど半々くらいで、今まで読んだことがないタイプ。マスコミのセンセーショナルな報道を批判する一方で、出典を明らかにしないデータも掲載している。専門家からデータそのものの誤りを指摘されている箇所もある。

 私が一番関心のあるダイオキシンについては、第2章「ダイオキシンはいかにして猛毒に仕立て上げられたか」で述べられていて、「ダイオキシンは猛毒ではない」との結論に至っている。そのなかにはこんな記述がある。

 「ダイオキシンの毒性が弱いということを理解するためのダメ押しに、焼き鳥屋のオヤジさんの話をしたい。鳥肉に塩をかけてよく焼くと、ちょうど400~500度になる。鶏肉、塩、火という3条件が揃っているので煙の中にはダイオキシンが含まれていると考えられる」

 「焼き鳥を焼いて毎日ダイオキシンをあびているオヤジさんが元気なのは、ダイオキシンが猛毒ではない証拠だ」と著者は言いたいのだ。本当だろうか?

 そこで私は資格試験の参考書『よくわかる!公害防止管理者 ダイオキシン類関係』(久谷邦夫 弘文社)を紐解いてみた。こんな例題がある。
 
 問 ダイオキシン類の生成に関する次の記述のうち誤っているものを一つ選べ。

 ① 家庭用ラップの塩素系製品は、ポリ塩化ビニリデン共重合体が主成分なので、燃焼によってはダイオキシン類を生成する可能性がある。

 ② ポリ塩化フェノールは、縮合反応によってダイオキシン類を直接的に生成しうる。

 ③ ペットボトルの材料であるポリエチレンテレフタレート(PET)も分子内にベンゼン環を持っているので、塩分が共存すれば燃焼によってダイオキシン類を生成する可能性がある。

 ④ 塩化ナトリウムの融点は約500℃であるが、融点付近の温度では沸点付近とは違って蒸気圧はほとんどなくガス化はおきにくい

 ⑤ 除草剤のクロルニトロフェンの製造工程では、ダイオキシン類が副生しやすい。

 正解は④。つまり④の内容は間違っている。塩化ナトリウムの融点は約500℃ではなく約800℃で、それを超えるとガス化が起こり始め、塩素の原子化もおきやすくダイオキシン類の元になりやすい。つまり400~500℃の焼き鳥ではそもそもダイオキシンは発生しないわけで、「焼き鳥屋のオヤジさんは健康だからダイオキシンは猛毒ではない」と言い張るのには無理があるのだ。

<根拠ない記述があまりに多い>
 
 著者はさらにダイオキシン類が環境に拡散した原因は、焼却炉よりも農薬からの方が多いと指摘しているが、これは事実だ。しかしダイオキシンは1970年代に農薬での使用は禁止されており、それ以降の主な発生源はやはり焼却炉からである。

 筆者は、「大量のダイオキシン類を含んだ農薬が水田にまかれた。そこで採れた米を食べていたが、日本人は健康ではないか」との主旨を述べている。しかしこの主張は余りに拙速だと思う。

 寿司ネタ中のダイオキシン濃度を測定した結果は、厚労省ホームページに以下のように掲載されている。

 「米のダイオキシン類濃度はかなり低いことから、寿司のシャリ由来の摂取量は0.1 pgTEQ/kgbw以下と考えられ、殆ど無視できると考えられた」(寿司ネタコンポジット試料中ダイオキシン類濃度測定へのCALUXアッセイの応用)

 ダイオキシンは脂質になじみやすいから、脂質の含量が少ない米にはあまり蓄積しなかったのではないかと思う。

 そもそもダイオキシンの急性毒性には生物種によって異なる。モルモットの半数致死量は1μg/㎏で、これはサリンよりも強い毒性に該当する。しかしハムスターでは5mg/㎏でしかない。一般に脂肪の多い生物の方が急性毒性は弱く、ヒトの脂肪率は20%程度あるのでかなり脂肪は多い。ゆえに急性毒性が必ずしも高いとは言えないことは納得できる。

 しかしだからと言って規制しなくていいとはいえない。発がん性、肝毒性、免疫毒性、生殖毒性、特に次世代の子どもへの影響は大きいと指摘されている。実際に長期間農業製造工場で作業をし、体内のダイオキシン類濃度が高くなったヒトでは、血液中テストステロンレベルの減少がみられたり、がん死亡率が高かったとの報告がある。(『新・公害防止の技術と法規 ダイオキシン類編』産業環境管理協会)

 この本を通して著者は、環境問題に関するマスコミの誇大報道や環境利権を批判したかったのだろう。第5章では、ピークオイルとそれに伴う農業生産性低下を指摘し、現在の日本の食料自給率に警鐘を鳴らすなど、賛同できる点も多くある。

 しかし、批判するマスコミ同様のかなり誇大でセンセーショナルな記述が多く見られたのは残念だ。

* TEQ…「毒性等量」
( Toxicity Equivalency Quantity 又は Toxic Equivalents )とは、「ダイオキシン類」の濃度(毒性の強さ)を表示する際に、異性体ごとの毒性強度と存在量を考慮して算出した濃度であることを明示するための記号。

 (鈴木 郁)

(1277号 2008年10月10日発行)