スローフードは人間らしく生きるための文化
無理な禁欲をやめて快楽主義で楽しもう

 食をめぐる現状は深刻だ。様々な食品偽装が明らかとなり、食に対する信頼は揺らいでいる。農薬に汚染された中国産ギョーザ事件のような極端な例はおくにしても、今や食品添加物の入っていない食材を探すことは難しい。外食をすれば化学調味料を使用した料理が出てくる。遺伝子組み換え食品をさらに普及させる動きもあり、消費者の不安はますます強まっている。

 こうしたなか、食について考える本は多数出版されているが、本書は食の問題を私たちの生き方や社会的関係性から問い直している点で興味深い。

<小さな単位に希望がある>

 この本は、辻信一さんと島村菜津さんの対談を2部構成で掲載している。

 辻さんは著書『スロー・イズ・ビューティフル』などでスローライフを提唱した文化人類学者。島村さんは、イタリアのスローフード運動を紹介した『スローフードな人生!』や、日本の食の現場でおこなわれているスローフードへの取り組みをえがいた『スローフードな日本!』の著者だ。

 第1部は「ますますファストフード化する世界」と題して、私たちの食がおかれている現状について対話する。まずは映画『いのちの食べかた』と『ダーウィンの悪夢』の感想から話は始まる。この映画を見た人も多いと思うが、食をめぐる現実について私たちにつきつけるものがある。

 『いのちの食べかた』では、徹底したオートメーション化、高度に衛生管理された生産現場で、食べものが「生産」される現状が描かれている。『ダーウィンの悪夢』では、東アフリカビクトリア湖の巨大魚ナイルパーチがヨーロッパや日本の消費者の元へ輸出され、それを支える人々が1日1ドル以下で生活する姿を描いた。

 対談では、「『ダーウィンの悪夢』は遠く貧しい国で起こっている悲惨な出来事」ではなく、「日本のレントゲン写真」ではないかと問題提起。ナイルパーチはイギリスのフィッシュ&チップスとなり、日本の学校給食やファミレスの白身魚としても使われている。まさに食における南北問題、グローバル化の現実を象徴しており、魚の乱獲問題など食をめぐり日本と世界が抱える問題を考えさせられる。

 話はさらに、食品添加物や化学調味料、遺伝子組み換え食品の問題点につながっていく。コスト削減のため添加物や保存料、香料の使用が増え、私たちは食について思考停止状態にある。売り物の加工品で無添加はかなり難しいが、島村さんは添加物をなるべく使わない選択肢を検討しても良いのではと提起。

 遺伝子組み換え食品についてはそれほど普及していないように感じるが、組み換えの大豆や菜種、トウモロコシは加工品として使われる例が増えている。店頭で売られている豆腐の表示で、原材料を「丸大豆(遺伝子組み換えでない)」と明記しているものもあるが、組み換え食品は確実に私たちの食に浸透しつつあるのだ。

 こうした現状について島村さんは、小さな単位で解決していくことを提案している。国全体を考えれば暗澹たる気持ちになるが、小さい単位になるほど希望はあるし、具体的な手立ても見える。フェアトレードのように小さい地域同士を結び、食のローカル化の視点から食のあり方を考え、変えていく可能性を探るのだ。

<食を通じて楽しさと安らぎを>

 食の問題点を指摘した1部を受け、2部は「スローフードがつくる新しい世界」と題し、食の可能性にむけたポジティブな対談が行われる。

 辻さんも島村さんも、スローフードを禁欲的なイメージにするのではなく、「生きることを楽しむ技術としての食」として提唱する。辻さんは、「健康によいからというだけではすごく危うい。楽しさ、安らぎ、おいしさという快楽主義があってこそのスローフード」と語り、島村さんも応える。

 「あんまりあれはするな、これはするなと言いたくない。飢え死にするかと思うときに食べるカップ麺は、舞いあがるほどおいしいだろうし、そういうものに消えてなくなれとは言わない。ただ、日本の農家や漁師が劇的に減っている時に、今、みんなでこれを支えなければもともこもない」

 二人は理屈で禁欲的に食を考えるのではなく、食をつうじて自分の感性を磨き、楽しさや安らぎを享受することを提唱しており、そこに可能性を感じる。島村さんは、自著『スローフードな人生!』でも次のように語っている。

 「大げさな言い方をすれば、スローフードとは、口から入れる食べ物を通じて、自分と世界との関係をゆっくりと問い直すことにほかならない。自分と友、自分と家族、自分と社会、自分と自然、自分と地球全体の関係を、である」

 二人の対談を読めば、スローフードはただゆっくり食事をとるとか、自然食を礼賛するのではなく、ひとつの文化としてよりよい関係性にむけた試みであることがわかる。この試みに魅力を感じたら、まずは自分自身の食とそれを通じての他者との関係をよりよいものにしていく努力が必要だ。

 とは言え、食をめぐる状況はやはり厳しい。どのぐらい農薬が使われた野菜なのか、肉や魚がどのようなルートでどのように扱われて店頭に並んだのかを知るのは難しい。しかし、できるところから取り組んでいくしかない。少なくとも野菜についてはなるべく地元に近いものを選ぶ。添加物の少ない商品を購入する。オーガニックやフェアトレードの店を使うなど。

 ただしこうした食材は一般の食材に比べて値段は高い。ただでさえ食品価格が高騰しているなか、家計はさらに厳しくなるのも事実だ。食になにを求めるのかの選択の問題になる。

 少なくとも調味料の種類を増やし、レトルト食品に頼るのを減らすことは、そんなに家計に負担をかけずにすぐに可能だ。「あれはだめ、これはだめ」ではなく、自分にできる範囲から少しでも豊かな食生活に取り組んでいく。本書はそんな契機になるかもしれない。

 (宮沢将司)

(1275号 2008年9月10日発行)

『そろそろスローフード』(辻信一・島村菜津:共著 大月書店)