土蔵再生プロジェクト 「蔵りねっと」 植井唱太
日本の伝統建築からエコロジーを学ぶ
わが家の一角に、築200年の土蔵が建っている。外壁は戦後波板トタンで覆うなどの補修が行われたらしいが、内壁は昔ながらの漆喰塗りがそのまま残されている。
長年物置としてひっそりと使われていたが、最近友人たちとこの蔵を再生するプロジェクトを開始した。きっかけはこの春、愛知県瀬戸市を訪れた際、古い土蔵がリニューアルされ、陶器のギャラリーや洒落たレストランになっているものを散見したことだ。
瀬戸市は陶器の「せともの」で有名な街で、明治・大正を思わせる古い街並みを保存していることでも知られている。古民家再生の取り組みが各地であるように、わが家の蔵も「素敵な場所」にリニューアルできないものかと考え、さっそく友人たちに相談した。皆大いに乗り気になり、「土蔵再生プロジェクト」を立ち上げることになった。
<室町時代京都から続く伝統建築>
外壁を土壁にして漆喰などで仕上げる土蔵は、日本の伝統的な建築様式だ。その起源は室町時代の京都にまで遡ると言われる。
当時都だった京都は木造平屋の家屋が密集していて、ひとたび火災が起きれば焼け野原と化していた。そんななか、金品を預かる質屋が火災に強い土壁の倉庫を造り、さらに隣家との間に土蔵があれば類焼から母屋を守れるとの理由で一般の民家にも広まった。
さらに土蔵は火ばかりでなく熱も遮断することから、酒・味噌・醤油などを造る醸造蔵としても利用された。
耐久性に優れた建築物であるがゆえに、古い街並みを保全しようとする場合、必ずといっていいほど蔵が含まれる。日光市例弊使街道の「蔵の街大通り」や、国登録有形文化財が100棟以上ある茨城県真壁町でも、保存されている建物の多くが土蔵建築だ。
埼玉県では川越市が「蔵造りの街並み」で有名だし、かつて水運の拠点として栄えた千葉県香取市でも、重要伝統的建造物として多くの土蔵が残されている。
わが街もそれらの名所ほどではないものの、名古屋城に近く古い街並みが目に付き、「町屋づくり」や「土蔵」が残っている。ただ名古屋市としては「古い街並みの保全」ではなく、「名古屋城本丸御殿の復活」を望んでいるらしい。
<素人が取り組んだリニューアル>
蔵にまつわるうん蓄はさておき、わがプロジェクトの最初の仕事は、蔵にしまい込んである雑多な家具などの物品の整理だった。内蔵物をすべて吐き出させないことには、骨格部の傷み度合いがわからないし、補修工事にもかかれない。
友人たちと一緒に「お宝はでてこないかな」と興味津々で取りかかったが、家人によればずいぶん前に泥棒に入られた際、「カネになる掛け軸などは全部もっていかれた」とのこと。それでも槍や日本刀がなん振りか出てきた。
後日登録のため日本刀を鑑定してもらったところ、一番古いものは室町時代の作で、ちゃんと銘が記されているものもあった。名古屋城主に仕えた半農半武の足軽がわたしのルーツなのだそうで、火縄銃も出てきた。
そして6月、知人で東京に住む建築関係の職人たちを招き、蔵の内部を見てもらった。梁もさることながら、それを支えている柱に腐りが出ている箇所があり、構造的にはそちらの方が問題だと指摘され、3寸角の柱を抱かせることで対策。梁は両側から鉄骨を挟み込んで補強することにしたが、こちらは材料の調達が間に合わず、後日に持ち越した。
さらに土壁の崩れかかっている箇所も見てもらった。竹を麻縄で編み込んだ骨組みに土が厚さ10㎝ほど塗り固めてあり、その上から漆喰が塗られている。「使っているものが全部自然に還るものばかり。究極のエコハウスだなあ」。一昔前の職人技に、現代の職人たちがしきりと感心していた。
本当は同じ材料で補修したかったが、そのためには土に藁を混ぜて半年ほど寝かせなくてはならない。そのため今回の補修ではやむなく金網とモルタルを使うことにし、本物の土壁づくりは次回の課題とした。
7月は素人ばかりで漆喰塗りに挑戦。ひび割れ部分や下地から浮いている箇所を丁寧にはがし、残った漆喰面の埃や油分を除くために、スチール・ウールを使って軽くヤスリをかけていく。漆喰はホームセンターで既製品「うま~くヌレール」を調達。左官用のコテを使って、一面に薄く延ばしていく。まるでケーキに生クリームを塗るかのような気持ちいい感触だ。
途中で漆喰が足りなくなり買い足しに行くが、品切れで旧来の生漆喰を購入。これは水を加えてこねるのだが、全然延びがなく均一に塗れないので苦労した。色々と試行錯誤したのだが、結局でこぼこの壁になってしまったが、これはこれで手作りの味があると皆で納得。
8月には柱や梁の木材部を柿渋で上塗りした。柿渋は若い渋柿の果汁を発酵させた、平安時代から伝わる日本固有の塗料だ。最近優れた防腐、防虫性を持つ天然素材として見直されており、東京高尾山のツリーハウスを手がけた友人に勧められた。時間をかけて何回も塗り重ねる手間がかかるものの、塗るほど深みのある色に仕上がっていった。
<蔵は人と地球に優しい建物>
漆喰といい柿渋といい、いにしえ人の知恵には感心させられるばかりだ。化学物質によるシックハウス症候群が問題になる中、蔵は人にも優しい上に耐久性が高く、エコロジーな建物だ。現代建築、とくにハウスメーカーの造るマンションや戸建て住宅の耐用年数はわずか30年だが、土蔵建築は数百年の時を超えて現代に引き継がれている。
「今日の世界の環境破壊の多くは、他分野の何倍もの木材、鉱物、水、およびエネルギーを消費する現代建築に責任がある」(『世界でいちばん住みたい家』)との指摘があるように、現代では住宅もまた大量生産・大量消費されている。特に日本の木材利用は年間1億立方メートルを超え、世界有数の消費国。しかもそのうち78%を輸入に頼っている。
世界中の森林を破壊して建てられた日本の住宅は、一方で年間10万戸も解体され、材料の6割がゴミとして処分される。住宅廃材は産業廃棄物全体の37%を占めている。
そんなことを考えながら、当初は趣味的な思いつきで始まった土蔵再生プロジェクトから実に多くのことを学べる。今後、床のフローリングなどを行って内装工事はほぼ終了するが、秋以降は外装の補修、前庭や菜園づくりなど、時間をかけてゆっくり取り組んでいくつもりだ。なにせ作業自体が勉強になることばかりでとても楽しい。急いで終わらせてしまうのはもったいないのである。
作業のかたわら友人たちと、リニューアル後の土蔵の活用法について色々と夢を膨らませている。自分たちのサークル活動だけでなく、音楽のミニライブや、写真展、勉強会などのイベントを開催し、地域に開いていけたらと思う。
そんな期待と夢を込めて、わたしたちはこの土蔵を「カルチャースペース 蔵りねっと」と命名した。名古屋を訪れた際にはぜひお立ち寄りください。
