世界的金融危機は「成長の限界」のシグナル 持続可能な世界へのもうひとつの生き方
経済協力開発機構(OECD)は2008年12月13日、加盟30カ国の経済見通しを発表し、2009年の実質GDP成長率は全体でマイナス0・3%に落ち込むと予想した。6月段階での予測ではプラス1・7%だったから、金融危機の影響で2%もの下方修正を強いられたわけだ。
アメリカは6月時点のプラス1・1%からマイナス0・9%へ2%ダウン。日本はプラス1・5%からマイナス0・1%で1・6%ダウン。EUはプラス1・4%からマイナス0・5%で1・9%ダウンした。また日米欧はリセッション(景気後退)に入ったと正式に確認された。
これらの予測通りとなれば、1961年のOECD発足後初めての前代未聞の経済危機に世界は直面する。 サブプライム・ショックに端を発した「100年に1度」の金融危機は、明らかに世界経済の根底を揺るがしているのだ。
しかし、そもそも今日の「マネー資本主義」(内橋克人)が行き詰まるのは必然だった。世界の金融市場では300兆ドルが流通しているといわれるが、全世界のGDPの合計は30兆ドル、実際に貿易の決済に必要なドルは8兆ドルでしかない。実体経済からかけ離れた投機マネーが世界経済を動かしている。こんな歪んだ構造から脱却しない限り、危機は何度でも繰り返すだろう。
有り余った金をマネーゲームにつぎ込んで巨万の富を得る人々の対極には、額に汗して働いても日々の生活すらままならない人々が大量に生み出された。そしてリセッションの深刻化により、矛盾はさらに貧困層に押し寄せている。貧富の格差は、各国内においても南北間においても拡大するばかりだ。
小泉政権が掲げた労働市場の自由化のなかで、日本の非正規雇用者は全体の3分の1に達している。特に女性の場合は50%、15歳~24歳は48%にもなる。フリーターの平均年収は140万円で、非正規雇用では失業保険も受給できない。
12月18日に出されたOECD報告ですら、日本の派遣労働の実態について「低い収入、低い社会保障水準で技能・キャリア開発の可能性もほとんどない」と厳しく批判。「若者を助けるために、日本にはもっとできることがあるのではないか」と訴えている。政府による貧困対策は緊急の課題だ。
しかし国家による「上から」の貧困対策は、市民社会内部での「下から」の相互扶助、コミュニティやネットワーク作りと連動しない限り有効には働かない。大規模な財政支出で有効需要を創出し高度な社会保障を実現する福祉国家の理念は、高度成長による税収増加を前提にしている。しかし、高度成長時代の再現は不可能なのだ。
著書『反貧困』で大佛次郎賞が決まった自立生活サポートセンター・もやいの事務局長湯浅誠さんは、貧困とは単にビンボーを意味するだけではなく「溜め」のない状態だと指摘している。「溜め」とは人間の潜在的な能力を意味し、金銭も「溜め」だがそれに限らない。湯浅さんは、「人間関係の“溜め”」、「精神的な“溜め”」もまた極めて重要だと訴え、行政へ働きかけるだけでなくコミュニティ形成の必要性を訴えているのだ。
今回の金融危機は決して一時的なものではない。資源浪費型の大衆消費社会は飽和し、実体経済からかけ離れたバブルエコノミーが歴史的限界に達した。
しかも人類は、資源・エネルギー危機にも直面している。35年以上前にローマ・クラブが警告した「成長の限界」はいよいよ迫りつつあり、貧しい人々が真っ先にその矛盾にさらされているのである。ゆえにわれわれは、ピークオイルを象徴とする資源・エネルギーの減耗や世界的食料危機、そのなかで訪れる少子高齢化社会を前提に、「もうひとつの世界」を模索する以外ない。
こんな時代であればこそ、無限の経済成長こそが幸福をもたらすとの呪縛を振り払い、持続可能な「もうひとつの生き方」を選択しよう。それを相互に支え合うコミュニティやネットワークを作り出すことが、今こそ問われている。
(1283号 2009年1月10日発行)
