書評『反貧困-「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠著 岩波新書) 人間らしく普通に生活する権利は誰もが持っている
「うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、『すべり台社会』になっているのではないか。そんな社会にノーを言おう」
そんなカバーリードが目に止まった。著者は、社会からすべり落ちて行きそうな人たちに手を差し伸べるNPO法人自立生活サポートセンター・もやいの事務局長を務める。貧困問題の現場からの指摘には、とても説得力がある。
<破綻したセーフティネット>
第1章は「ある夫婦のくらし」。著者の元へ相談に訪れたある夫婦は、共に小学生のとき両親を失い、貧しい家庭に育ち、精神的な疾患を抱えていた。それを引きずるように貧困に苦しむ姿は痛々しい。
この夫妻は社会から孤立し、誰からも支援されることなく生きてきたとしか思えない有り様だ。「少年期・青年期の不幸・不運がその後の人生で修正されず、這い上がろうにもそれを支える仕組みがない」。まさに自己責任論だけでは見落とされる視点だ。
そもそも日本では、「貧困指数」が決められていない。政府も「貧困はこの国にはない」などと言い放っている。格差が問題にされて久しいが、にも関わらず社会保障がどんどん削られていくなか、この先どうなるのだろうか?
本来社会保障制度によりセーフティネットが機能していれば、多くの人が貧困へ滑り落ちるのを防げるはずだ。しかし三層構造のセーフティネットは綻びてきている。働く人を守る雇用のセーフティネット、年金や雇用保険、健康保険などの社会保険のセーフティネット、そして最後は公的扶助のセーフティネット。そのどれもに穴があいている。
非正規雇用が急増している状況を見れば、雇用のセーフティネットが機能していないことは明らかだ。パートや派遣、アルバイトとして働く人たちは、雇用者側からの一方的な雇用止めなど、労働者としての権利を守られてはいない。たとえ正規社員でも、昨今話題の「名ばかり管理職」「何ちゃって正社員」など、内情はひどいものだ。
この本で「年収200万以下の給与所得者が2006年、122万人に達した。もはや『まじめに働いてさえいれば、食べていける』状態ではなくなった」と指摘するように、雇用のセーフティネットはズタズタなのだ。
では社会保険はどうか? これは働いて雇用保険に入り、年金や健康保険料を支払って初めてその恩恵を受けられる。逆に言えば、働く環境がしっかりしていなければ当てにならないものだ。そもそも企業が非正規雇用を拡大してきた理由の一つは、年金や保険等の福利厚生を切り捨てコスト削減するためだ。非正規雇用が拡大して働く人の権利が守られていない現状では、社会保険のセーフティネットも機能するはずはない。
最後の頼みの綱は公的扶助のセーフティネットだ。これも機能しなければ、貧困へのすべり台には一切歯止めが無くなってしまう。
<生活保護制度は貶められる>
憲法25条では、「健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利」を明記している。これに基く生活保護制度が、必要な人にきちんと保証されれば、緊急避難としては機能するはずだ。
生活保護基準は、生活保護法に基く厚生労働大臣告示により毎年改訂されている。これにより定められた支給金額は、「『これを下回ったら国が責任を持つ』と宣言している金額」のはずだが、その実態は余りにお粗末なのである。
最近生活保護の「不正受給」が問題となっている。その一方で、北九州市では「水際作戦」と称して意図的に生活保護費を削減していたことが明らかとなった。「必要のない人に支給されることを『濫給』と言い、本当に必要な所に行き渡らないことを『漏給』と言うが、1万4669件の濫給問題と、600万人~850万人の漏給問題と、どちらが問題の性格として深刻か」との著者の問いへの答えは明らかだろう。
さらに生活保護制度自体を知らない人も大勢いる。経済的にどんなに苦しくても、自分とは無関係、あるいは生活保護を受けたくないと思っている人もいる。多くの国民は、生活保護を自らの権利としては自覚していないのだ。
ゆえに著者は、「生活保護制度の社会的復権を図る必要がある。生活保護制度の存在は、人々から感謝されるべきであり、『こういう制度のある国に生まれてよかった』と思われるべきなのに、どうしてここまで貶められているのか」と疑問を呈している。
生活保護が貶められることは、それを受けていない人たちの権利も脅かしている。2007年の厚生労働省の調査によれば、「所得の低い6~8%の人たちは、生活保護世帯より貧しい暮らしをしていた」。本来ならこうした悲惨な雇用形態を改善し、最低賃金を上げるなど雇用の安定化を図るべきなのに、逆に生活保護基準を引き下げる動きがある。
もし生活保護基準が切り下げられれば、「生活保護基準と連動する諸制度の利用資格要件をも同時に引き下げるため、生活保護を受けていない人たちにも多大な影響を及ぼす」。まさに「負のスパイラル」が深刻化しようとしている。
<貧しさを支え合う社会を>
このままセーフティネットが崩壊していけば、多くの人たちは社会や地域から排除され、孤立無援の状態に追いやられていく。「生きていてもどうせいい事は何一つない」と人生に悲観して自殺者はさらに増え、自暴自棄な事件が頻発するかもしれない。そんな社会には誰も住みたくはないはずだ。
私もまだ子どもが小さかった頃は、かなり経済的に苦しかった。当時はそんなに深刻に考えなかったが、貧困ライン以下の収入だった時期もあり、貯金を取り崩して暮らした。生活保護は受給しなかったが、年金の免除申請をしたり、格安の古い市営住宅に入居するなど様々な手だてを考えた。友人たちや両親も支えになってくれた。
そんな私自身の経験から、例え貧しくともそれを支える人たちやシステムさえあれば、孤立し貧困のどん底に落ちてしまうことはないと実感できる。『現代の貧困』で岩田正美が指摘するように、「貧困という名のバス」に入れ替わり立ち代わり人が乗っては降りていくのであれば、貧しさも「あの頃は大変だった」と人生のスパイスになる。しかし乗客が「固定化」してしまうとなればそうはいかない。
明らかに現在の日本の貧困の多くは、社会的問題だ。この本は、「貧困問題はそれに直面した人だけの問題ではない」と訴えている。日本以上の格差社会アメリカでは、乳児死亡率は日本の倍。誰もそんな社会は望んでいないはずだ。だとすれば、私たちを取り巻く「すべり台社会」を変えることが問われている。
(小川愛子)
