書評『人類が消えた世界』(アラン・ワイズマン・著 早川書房)
人間が絶滅しても誰も困らない
ある日突然、人間だけが地球上から消えてしまったら…。本書はそんな空想を世界中のレポートを通じてリアルに描き出していく。
まず大都市はどうなるか。摩天楼ニューヨークはある意味現代文明の象徴だ。しかし地下にたまり続ける膨大な水を排出し続けないとあっという間に崩壊する。
電気ポンプが止まると地下鉄は水没。水は道路下の土を削り、地表に穴を開け、川をつくりだす。道路にはひびが入り、水の凍結によって割れ目はさらに広がる。草木が繁茂し、落ち葉が溜まり、次第に森ができていく。人の手の入らなくなった建物は腐り、最後には崩壊する。そして野生動物が次第に戻ってくる。
人工物の腐食と崩壊、そして自然が回復していく様子がまるでコマ撮り撮影を見ているかのように展開される。すべてが朽ち果て循環する世界。寂寞感があるものの、なつかしい感じを呼び起こす。そんな世界になぜか〈帰りたい〉と思ってしまう。
しかし人類のいなくなった後も腐らずに残りつづけるものもある。その一つはプラスチックだ。今、太平洋にはプラスチックゴミのふきだまりができ、海中には顕微鏡で見ないと分からないぐらいの微細なプラスチック粒がただよっている。これを分解できる生物はいまだ出現していない。そしてもう一つが放射能。原子炉は人類の巨大な墓標として何万年にも渡って放射線を発し続けることになる。
しかし地質学的な長いスパンで考えれば、人類の歴史はほんの一瞬に過ぎない。人工の毒物さえも何億年もの時間を経れば、分解されるか地中深くに沈み込む。ある種の大絶滅が起きても、その後は別の種が繁栄する。本書に登場する古生物の研究者ダグ・アーウィンは次のように語っている。
「人間はそのうち絶滅します。これまでのところ、すべてが絶滅したのですから。死と同じことです。私たちだけが違うと考える理由はありません。しかし、生命はつづいていきます。最初は微生物かもしれない。あるいは、ムカデ類が走り回るかもしれません。やがて生物は進化し、進化をつづけます。私たちがいようがいまいがね。いまここに存在するということは、興味深いことだと思います」
人類が滅亡しても地球には関係ないし、悲しむ動物はいない。そんなことを考えるとなぜか妙にホッとする自分を発見する。同時に、人類なき後の世界を想いながら「私たちの存在意義とは、歴史とは何なのか」と現在を生きる意味も考えさせられた。
(温井立央)
