「幸せって、なんだっけ」と立ち止まって考えよう カルチャー・クリエイティブの時代がやってきた 辻信一さん
グローバリズムがもたらしたのは格差拡大と環境破壊だけではない。経済的繁栄のなかですら、人々は幸福を実感できない。文化人類学者で同時にアクティブな環境運動家でもある辻信一さん。GNP神話にとらわれない、「もう一つの生き方」について聞いた。
<マインドセットを問い直す>
◆最近『幸せって、なんだっけ』を出版されました
「幸せってなに?」と問うことは、僕の世代では結構抵抗があります。「何をそんな甘ったるいことを言ってるんだ」と叱られそうな感じです。
確かに「幸せ」なんてたぶん一人一人定義が違うし、文化によっても違う。100人いたら100通りあっていい。しかも一人の人生のなかでもどんどん変化していく。だから「幸せって何か」と問われて、誰にでも当てはまる答えを見つけることは、実は不可能だと思います。
じゃあ何でこんなタイトルにしたかといえば、一人一人がこの「問い」を持って欲しいからです。それも大仰に「幸せとは何ぞや」と問いかけるんじゃなくて、「あれ、そういえば幸せって何だっけ?」とちょっととぼけたような感じの問い。そんな気づきというか、ちょっと立ち止まった時間を持つことは、今とても大切だと思います。
僕にそういう気づきを与えてくれたものはいくつかありますが、その一つは70年代に若いブータン国王が提起したGNH(Gross National Happiness)、強いて訳せば「国民総幸福」です。GNP(国民総生産)のPはプロダクトですが、GNHのHはハッピネスです。プロダクトにハッピネスを対置したのは非常に面白い。プロダクトはモノですから、いわばモノの呪縛からの解放を鮮明に問いかけたわけです。
僕たちはGNPやGDP(国内総生産)にずっと翻弄され続けて、いまだにそれを捨てきれずにしがみついている。思えば世界中がそんな物語に呪縛されているときに、「貧しくて遅れている」と思われていたヒマラヤの小国の国王がGNHを提起したわけです。
多分国王には、「ギャグでみんなを笑わせてやろう」といたずらっぽい気持ちがあったのかもしれない。ところが誰も笑わないどころか、みなその言葉を真剣に受け止めた。結構ショックを受けた人も多く、徐々に小さな国の小さな言葉が世界中に広がって力を発揮し始めたんじゃないでしょうか。
僕たちは様々な固定観念に囚われています。僕はマインドセットと呼んでいますが、「型にはまった思いこみ、考え方」です。物質的豊かさや経済成長は人間を幸福にするという物語への信仰、つまりマインドセットがさまざまな問題を引き起こしてきた。そして今や人類の存続そのものを揺るがすまでに問題は巨大化し、多様化してしまった。それに対して今の社会で主流にいる人たちは、同じマインドセットのままで問題が解決できると幻想に浸っています。
しかしアインシュタインは、「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセットでその問題を解決することはできない」と明確に指摘しました。例えば地球温暖化の解決策として原発やバイオ燃料を持ってくる。あるいはC02が問題ならば、それを地下に埋め込めばいいとか。全部同じマインドセットで考えているわけです。
「持続可能な成長」という言葉もそうです。これって落語みたいな話ですよ。最早これまで通りの経済成長路線では社会が持続不可能だというのに対して、「じゃあ、持続可能な成長で」と言い張るわけでしょ。こういうのを狂気と呼んだらいいのか、カルトと呼んだらいいのか分りませんが、未だこうしたマインドセットに多くの人々は縛られ、しがみつこうとしています。
<オバマ現象は新しい文化胎動>
◆マインドセットを変えることはできますか
僕は最近アメリカ大統領選の民主党候補争いを見て、ロバート・ケネディが1968年に語った言葉を思い出しました。オバマ現象を見てると、どうしても40年前の社会変動の時代とダブってしてしまうところがある。
ちょうど今から40年前の68年3月のケネディの演説です。彼はその後すぐに暗殺されてしまうのですが、強烈なGNP批判を展開しました。GNPの中に含まれているものは武器であり、公害であり、交通事故であり、戦争であり、核弾頭だ。一方でGNPに含まれていないものは何か。それはまさに人間の幸せなんだ。「GNPの中からは人間の生き甲斐がスッポリ抜け落ちている」、と語りました。
そしてもう一つ、アメリカ人が自分たちの国を誇りに思うものがすべて抜け落ちているとも言っている。それは優しさであり、共同体であり、家族であり、自由、そういうものが抜け落ちている、と。これは今読み返しても感動的です。
ケネディは60年代後半のカウンターカルチャーの動きと明らかに連動していました。そこから僕は今、オバマの背後にあるものを考えてしまいます。オバマ自身がどういう人かは別です。本人ももしかしたら意識していないかもしれない。でもオバマはいつもこう言っている。「大事なのは自分じゃない、私を押し上げているあなた方なんだ」と。
確かに僕もそんな気がします。彼の背後には彼さえ意識していないような大きなうねりがある。60年代末のカウンター・カルチャーの盛り上がりと現在のオバマ現象のようなものがどこでつながり、どう違いがあるのかを多くの人たちが研究しているようですね。ネグリの議論もまさにそれに該当すると思います。
僕は今の時代の特徴を「カルチャー・クリエイティブ」という言葉で表現しています。この言葉の由来は、2000年に出版されたアメリカの社会学者ポール・レイとシェリ・アンダースンの著作『ザ・カルチュラル・クリエイティブズ』です。
アメリカでは伝統派と近代派の2大潮流に対抗するものとして、1970年前後にヒッピー・ムーブメント、フラワー・チルドレン、ベトナム反戦、ブラックパワーなどが勃興しました。しかし1980年の調査によると、これらがサブカルチャーとして定着した人々は人口のわずか3%未満にすぎなかった。
ところが90年代半ばにリヴァイス社が行ったアンケートでは、米国成人の約4分の1が近代派とも伝統派ともまったく異なる意識と行動パターンを持つことが分かったのです。この潮流の人々をレイとアンダースンはカルチャー・クリエイティブと名付け、現在では米国成人の3分の1を占めると言われます。
カルチャー・クリエイティブが提起する問題は、単なる政治問題でもないし、経済問題でもない。単なる環境問題でもないのです。これは文化の問題であり、われわれの価値観や生き方そのものの大転換なのです。僕は民主党候補指名でのオバマ現象にも、背後にCC(カルチャー・クリエイティブ)の歴史的な台頭を感じます。
<ホンモノを求める若者たち>
◆新しい時代感覚を実感しているわけですね
僕は仕事がら、一般に貧しいと言われているような場所によく出かけます。ほとんど貨幣経済が根付いていないような所もあります。GNP、GDPのモノサシからするととんでもなく貧しくて悲惨な場所を想像しがちですが、実はそうした場所の多くには僕らが失ってしまった豊かさがあるのです。
ブータンに最初に行ったのは3年前ですが、去年3月に3回目の訪問をしました。ブータンでは豊かな生態系が残り、自給型農業がおこなわれ、コミュニティの助け合いが健在です。大好きになってしまいました。
以前北米に長く暮らしていた時の、カナダのインディアンや南米の先住民族との出会いも大きな経験でした。僕はそもそもアメリカに渡った理由は、黒人音楽が好きだったから。黒人音楽は主に大都会のなかの黒人ゲットーで盛んです。そこでコミュニティとかコミューナルなものに惹かれ、豊かさを感じました。先住民との交流でも、自然の豊かさと、そのなかで生きる人々の文化的豊かさを感じるようになり、それを破壊するものとしての環境問題に関心がつながっていきました。
『スモール・イズ・ビューティフル』で有名なE・F・シューマッハーも、彼がビルマ(現ミャンマー)を訪問したときのことを語っています。自分はアドバイザーで来たけれど、逆に自分たちの方がアドバイスされる側だと気付き、それから彼は経済学を仏教とつなげるなんて突拍子もない発想を思いつく。
だからシューマッハーはビルマから帰ってきた時、本当に頭がおかしくなったんじゃないかと疑われたみたいですね。これに対して彼は、「仏教のない経済学は愛のないセックスと同じだ」と答えます。洒落てますよね。
いずれにしても、今人々のなかには60年代から70年代にかけてのひらめきみたいなものが30年、40年かけて戻ってきた。これが歴史的には何を意味するのかはしばらく先にならないと分からないかもしれませんが。ただ単純に戻ってきたのではなく、螺旋的に高度な次元に展開しているのではないかと思います。
しかもこうした新しい時代感覚は、世界中の若い人たちのなかに浸透している。理論的な展開とかじゃなくて、むしろ感性の中に広がっています。現実への危機感が非常に強いのですが、その中で若者の新鮮な感性がシューマッハーたちが追求していたもの、そこでのひらめきを呼び戻している感じですね。
資本主義の下で、あるいはこれに対抗するマルクス主義の下で、科学と経済は無限に発展し成長するという大きな物語は終焉しました。そのなかで若者は無い物ねだりをするのではなく、自分の足で立って実感できるものを模索し始めた。その模索が続いているのが今の時代状況のような気がします。
ホンモノとニセモノを見分ける感覚を今の若者たちは持っています。世の中の主流にあるものがすごくウソっぽい。僕らの世代が語ることもすごくウソっぽいし、テレビもインチキ臭い。経済力や生活力にしても、ちょっと時代状況が変われば脆く崩れていくものがほとんどだと分かってきた。そんなことをかぎ分けているような気がしますね。
だからこそ彼らはホンモノを求めている。例えば食べ物を作っている人、モノを作っている人、自分の手を使う人、自分の足を使ってどっかにいける人。そういう人にホンモノを見いだしている。できれば何か作れる人になりたいとか、どんなに少しでもいいから食べるものをちゃんと作ってみたいとか、そんな小さな物語だけど新しい文化の創造を今の若者たちはやり始めていると思います。
<ソイル・ソウル・ソサイエティ>
◆若者は一番大切なものを見分けていると
僕が敬愛している人にサティシュ・クマールがいます。彼はシューマッハーと共にエコロジーと平和の雑誌『リサージェンス』を発行し、シューマッハーの死後、その遺志を継ぐべくシューマッハー・カレッジを設立した人です。実は先に触れたマインドセットの話も、彼が2007年に来日したときに話してくれたことなんです。
サティシュは3つのSが大切だと述べています。ソイル(Soil)、ソウル(Soul)、ソサイエティ(Society)です。ソイルは土ですから自然とのつながり。Societyは社会ですから人と人とのつながり。Soulは魂ですから自分自身とのつながり。この3つのつながりが人間にとって一番大切なのに、近現代においては破壊されてきました。
たぶんホンモノへの志向とは、こうした人間の本質的なつながりへの志向だと思うのです。スピリチュアルという言葉が流行っていますが、そのことにも今の時代の人々が切実に模索しているものが表れている気がします。
つながりには相手が必要です。相手はそれぞれの時間を生きている。そうするとそれぞれの時間に合わせない限りつながれない。ぼくが「スロー」というのは、このことなんです。逆にこれまで僕たちが構築してきた人工的な経済の世界では、他の世界とは切り離された独自の時間が流れている。早い者勝ちの競争の中で時間が加速していく。だから、相手が待てない。だからコミューナルなつながりも、自然とのつながりもみな断ち切ってしまう。
それに対して、「スローライフ」とは、「もう一回つながりを取り戻せるところまでスローダウンしよう」という意味です。僕は環境問題を中心に活動していますが、環境問題もスピリチュアルな心の問題と一体ですし、コミュニティ、家族、人と人とのつながりの問題でもある。みんな根っこではつながっているのです。
こうした感覚も、従来の社会運動とは違います。カルチャー・クリエイティブの新しい動きの中では、従来の社会運動の概念や区分けはあまり意味を持たなくなっていると思います。
<パックス・エコノミカを超えて>
◆社会運動の垣根を取り払うのは大事ですね
従来の社会運動の枠組みでは、環境運動家は環境問題を、平和運動家は平和運動と、びっくりするぐらいにすみ分けてきた。だから環境のことに全然興味を待たない平和運動家も結構いたし、逆に環境問題に取り組みながら憲法9条のことなんて考えたことがない人もいた。その意味、近代主義的で、分業、合理主義、効率主義を大切にしていたんですね。でもこれからはそうした区別立ては意味が無くなっていくでしょう。
イヴァン・イリイチがすごいなと思うのは、「パックス・エコノミカ」を指摘したことです。パックス・ロマーナは、ローマの支配の下の平和、今はパックス・アメリカーナだと言われる。それに対してイリイチは、パックス・エコノミカだと言う。
これはグローバリズムのシステムに入っていればなんとか平和が保てるかのような、つまり経済支配下の平和を意味します。ある意味では、日本の護憲運動や平和運動も、パックス・エコノミカという意味での「平和」に留まっていたのではないかと思います。「持続可能な成長」論では経済と環境がセットになっているのと同じように、平和と経済がセットになっている。
9条を支持してきた人たちの中には、実は経済成長とセットに、もっと言えば米軍基地、日米安保とセットに平和を考えてきた人が多かったでしょう。そこが、これまでの「護憲」に僕が違和感を感じるところです。これからは、経済とセットではない平和が求められる時代だと思います。
だから今までの延長線上での平和運動や護憲運動ではなく、一度原点に戻って、経済成長や米軍基地や安保とセットではない文字通りの平和を問い直す。その上で文面そのままの9条を選び直す。そういう時期が来ている。
環境についても、経済成長を損なわない条件付きの環境ではなくて、経済成長に代わる大切な価値として自然界とのつながりを考え直す必要がある。経済成長が約束するような豊かさとは違う、自然界の恵みとしての豊かさ。あるいはコミュニティや人と人とのつながりから生まれる豊かさを選び直す。
そんなホンモノの豊かさを選ぶ時代を迎えつつあるんじゃないか、そんな気がします。
PROFILE▼つじ・しんいち
明治学院大学国際学部教授。環境運動家。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表。NGO「ナマケモノ倶楽部」世話人。「スローライフ」を提唱する。著書に『幸せって、なんだっけ~「豊かさ」という幻想を超えて』(ソフトバンク新書)、『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)、『ハチドリのひとしずく-いま、私にできること』(光文社)、『カルチャー・クリエイティブ~新しい世界をつくる52人』(木楽舎)など。
