心の進化から解き明かす「われわれは何処からきて何処へいくのか」

 「人とは何か?」を問う場合、これまではDNA解析など主に生態学・生物学的な解明が行われてきた。これに対しゴリラの研究で知られる編者は、社会や心のあり方を進化の視点から解明しようとしている。

 例えばヒトとサルとは一体何が違うのか? 従来の典型的な方法では、サルとヒトとネアンデルタール人の骨格を比較。そこからネアンデルタール人が二足歩行していたことを解析し、彼らをヒトとして分類する。他にも道具の使用や言語などがヒトとサルを分ける指標と思われてきた。

 しかし近年の研究では類人猿も文字を理解したり、石や木の葉を道具として使うことが報告されている。そこで編者は社会性の変化に着目し、進化の道筋をもっと包括的に論じるべきと主張する。

 本書は人と類人猿に共通の特徴として、熟果を好む食性・非母系的な社会・ゆっくりした成長と少子の生活史・対面的なコミュニケーションをあげている。一方顕著に異なる特徴として、体格・採食技術・集合様式・交尾様式・宥和行動・音声コミュニケーションをあげ、この差異がいかにして進化のプロセスで生じたのかを解き明かそうとする。

 前提として踏まえるべきことは、農耕や牧畜が始まったのはたかだか1万年前。人類の分化が700万年前とすれば、進化のプロセスの99%以上は狩猟採取生活のなかで生じたことだ。

 そのため一般にはもともと母系だったと思われている人類社会は、実はチンパンジーのようにメスの単独遊動が可能な離合集散生の高い非母系的な社会から出発した。その後直立二足歩行に移行して産道の大きさが制約され、子どもの発育を遅らせる生活史戦略を促進。同時に育児に母親以外の手が必要になった。さらに直立二足歩行は食物の運搬を可能にし、男女の分業を促進した。結果的に食物を採取する場所と食べる場所が分離し、空間的な家が形成されたのである。

 こうして生まれた複数の家族は、互いの配偶関係を守りながら共存し協力関係を維持してきた。現代の狩猟採取民も食物を徹底して分配するが、こうした協力関係の維持にとって食の分配は有効な手段だった。性に関しても一夫多妻型の社会で発情徴候が消失してペア型の社会が形成され、インセストの禁止が規範化した。まさにヒトの最大の発明は、家族という集団単位を作ったことなのである。

 しかし地球上で最も進化したはずのヒトは、今や他の生物や地球環境にとって桎梏となっている。本書の最後で編者は、ヒトが環境を単純化してニッチ(生態的地位)を拡大し、大規模な生物の絶滅を引き起こしていることを危惧している。

 ヒトの歴史700万年を語り尽くすことはできないし、まだまだ不明な点はある。しかし進化論的な観点から心や社会の由来を探求することは、「われわれは何処からきて何処へいくのか」を考える重要な手がかりになるだろう。

 (高野悟)

(1267号 2008年5月10日発行)

『ヒトはどのようにしてつくられたか』(山極寿一・編 岩波書店)