子どもたちに笑顔がもどる日を信じたい

 私の職場で働くビルマ人。彼は軍政下の本国で地下に潜り、民主化運動に携わっていましたが、逮捕・拷問され、5年間の獄中生活を強いられました。

 出獄後再度地下に潜り活動を継続していたものの、身辺に捜査の手が及んできたのを知り、「今度逮捕されたならもう命は無い」と思い出国。日本へ亡命してきたのです。

 ポンさんと呼ばれている彼の本名は、ポーン・ミン・トゥン。『Actio』2月25日号掲載のインタビューに登場した全ビルマ学生連盟日本支部長です。その彼が、是非観て欲しいと薦めてくれたのが映画『ビルマ、パゴダの影で』。

 日本のマスコミでも報道されているように、ビルマの軍事政権は国民の民主化要求に対し武力弾圧で応えています。取材中の日本人ジャーナリスト長井健司さんが治安部隊の銃弾に倒れたのも記憶に新しいところです。

 本作品は、一般マスコミに報道されることの無いビルマを映し出しています。危険を犯しつつも周到な準備のもと、タイ国境のジャングルへ潜入し撮影されました。タイや中国との国境に近い地域は、カレン族、シャン族などの少数民族の居住地域です。

 軍事政権による少数民族への弾圧は、民主化を求めるビルマ族にかけられる弾圧よりもはるかに苛烈です。彼等は収奪と殲滅の対象でしかなく、強制労働、拷問、処刑、レイプ等、あらゆる迫害がまかり通っています。

 軍事政権の迫害から逃げ惑う人々に笑顔はありません。子どもたちにすら、ほとんど笑顔は見られません。彼らもまた村を焼かれ、親を殺され、故郷を追われたのです。映画では、迫害を逃れて2、3日ジャングルに隠れた後、さらに1ヶ月ジャングルの中を歩きつづけて、シャン族武装組織の支配する難民キャンプに辿り着いた子どもたちが出てきます。

ビルマ少数民族の子ども

 そこには唯一学校が存在します。子どもたちに「将来、何になりたい?」と質問すると、女の子は「教師」、男の子は「兵士」と答えます。

 「勉強ができることは幸せだと思うよ。勉強したおかげで読み書きを覚えた。でも嬉しくない。親がいないんだから。両親が僕にしてくれたことの恩返しもできないなんて。親孝行もできない。『ありがとう』も言えないんだ」

 この男の子にとっては、このままジャングルの中を逃げつづけるのか、銃を取り政府軍に立ち向かうのか、二つに一つなのです。この子たちが大人になる頃、手にするものが「銃」ではなく「自由」であって欲しいと心から願いました。

 映画のナレーションは、「パゴダの影は暗かった」で終ります。たしかに気持ちが暗くなってしまう、重い映画でした。この映画が完成したのは2004年。今ごろあの子どもたちはどうしているでしょう? 最近雑誌『AERA』に、シャン族ゲリラの訓練キャンプの写真が載っていました。見出しには「3、4割は元僧侶。自らを守るため、シャン族はビルマの片隅で戦いつづける」とあります。

 とは言え、かって軍事クーデター後に少数民族の反政府軍に行なわれていたアメリカやノルウェーからの援助は打ち切られたそうです。理由は彼らが「テロリスト」だから。ビルマの少数民族が置かれている状況は、ますます厳しくなっています。

 私たちは日本人として何ができるのでしょうか? ビルマに最も影響力があるのは、中国と日本です。しかし中国は自国でチベット民族を弾圧しているくらいですから、ビルマに対しあれこれ言うことはできません。日本が先頭に立って、ビルマ政府にもっと国際的圧力を加えていくしかないのです。

 命からがら日本に脱出してきた政治難民ポンさんは、「もっと知ってください。私達に手を貸してください」と訴えています。私は、ビルマに自由と民主主義が訪れ、政治難民ポンさんが再び祖国の土を踏める日はきっと来るはずだと信じています。
  
  (杉村憲次)

(1266号 2008年4月25日発行)

『ビルマ、パゴダの影で』