友と分かち合った熱き日々が極彩色で蘇る

 携帯電話会社のCMソングを聞いていて気づいたのだが、たとえば、遠距離恋愛をしていて、寂しさを日々の忙しさでごまかしていたら相手を忘れかけていたとする。その相手が目の前にいきなり立っていた。そんな気持ちに似ていた。この写真集を見たとき、正直、僕は困惑した。

『三里塚―成田闘争の記憶』

<すごいことを始めた人たち>

 三留理男の写真集『三里塚―成田闘争の記憶』が新泉社から再刊された。

 僕がオリジナルの写真集を見たのはまだ10代の頃。当時のおぼろな記憶では、もっと生々しい強烈な写真を見てショックを受けた気がする。記憶とはそんなものなのかもしれない。

 再刊に当って三留は、「はじめに」のなかで記している。

 「つまり今年(2008年)で、閣議決定から42年、私が三里塚を訪れるようになってから40年、原書が発行されてから37年、空港開港から30年が経過しているのだ」

 同時に彼は、40年以上の年月を経ても成田空港が未完成の空港であることを指摘している。暫定滑走路の北延伸計画と誘導路直線化が今の焦点だ。耕作権を用地内農民から奪い、用地を取得しようとしている空港会社=国家は今でも農民を「虫けら扱い」している。人として扱われていないという思いが「空港反対の根っこのところにある」と三留は言う。

 一枚一枚の写真を見ていくと、そこには知っている農民の顔があった。みんな若かったなと思う。今は亡き小川源さんもいる。空港の下になってしまった三里塚という土地の素顔がある。客観的にも貴重な歴史的資料だといえる。「すごいことを始めた頃のすごいことを始めた人たちの記録である」という三留の言葉に偽りはない。

 三里塚闘争が日本の歴史に与えた影響は大きい。国家権力にとっては繰り返されてはならない教訓となったし、住民運動にとってもひとつの巨大な道標となっている。

 本書には、故・戸村一作氏の言葉も記されている。「議会政治や法廷闘争には〈あるがままの農民〉を〈不屈に闘う農民〉に脱皮させる力はない。闘いはあくまで徹底抗戦である」。

 なぜそこまでやらなければならなかったのか? 〈あるがままの農民〉はどうするべきだったのか? 残念ながら今の僕にはその答えを明快に言うことができない。解けない不愉快なひっかかりがある。だからこそ、やはり、三里塚を忘れることだけはできない。ただモノクロの写真集のなかに入り込んでしまう。

<人として譲れないものがあった>

 ひとつだけ言えることは、僕の中での三里塚は決してモノクロではないということだ。天然色というより極彩色の三里塚なのだ。そこで出会ったひとりひとりの農民や同志たち、ほかのグループの支援者たち、その温もりや質感、性格や喜怒哀楽、そんなどうでもいいちょっとしたことが、決して歴史のなかに置き去りにすることができない。

 たしかに悲壮なまでの覚悟を決めた夜もあったし、わかりあえなくて苛立ち絶望したこともあった。それでも機動隊が農民の大切な土地に牙を剥いてくると、現地に滞在する幾多のグループは意見の違いを超えて夜明け前から共に行動した。この写真集にあるような三里塚が瞬時によみがえった。

 徹底抗戦あるのみ。力では勝てないかもしれないが、人間として譲れないもののため、ひとりひとりが大木よねさんとなり、戸村一作となった。非道で無法な機動隊の暴力を恐ろしいと感知する普通の五感さえきれいになくなっていた。特殊な興奮状態のなかで、大量の脳内物質が分泌していたのだろう。

『三里塚―成田闘争の記憶』

 あの瞬間、確かにこの写真集のなかで体をはってたたかう人々と同じ気持ちになっていたと思う。国家利害を前に「人として扱われない」ことに怒り、人生をかけて立ち上がった農民が体現した価値は普遍的だったからこそ僕たちもまた、銀色の無機質な機動隊の壁と凶器に向き合い、対決することができたのかもしれない。それはたしかに「すごいこと」だった。

 しかも三里塚は、単なる戦場ではなかった。農作業を終え、一風呂浴びて農民たちと酒を酌み交わしながら語り合った夜。団結小屋では、大地の恵みである豊富な野菜や肉をみんなで料理して食べた。生まれも育ちも違う若者同士が寝食を共にし、様々な会話を楽しんだ。

 休日にはボール遊びをし、宣伝カーのスピーカーを外して海水浴にも出かけた。周りに農地しかない団結小屋だから、マンガ、お菓子、ジュースなどの注文を受けてお金を集め、機動隊の検問をくぐっては買い物に出かけたものだ。

 三里塚は刺激的で明るくて楽しい思い出ばかりのような気がしてくる。この写真集にある現実もひとつの現実だが、そこにはふつうの人々がいたということも現実だ。

 もしあなたが成田空港を使うことがあったなら、あの近代的な建造物の下にそういうかけがえのない人々の現実と風景があったことをぜひ想像してみてほしい。そこには小川源さんと並んで機動隊に抗議しているあなた自身がきっといるだろう。

 この写真集は、そんな不思議な力をもった記録だ。

  (宮 猫之助)

(1265号 2008年4月10日発行)