書評『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』(ジョン・J・ミアシャイマー 、スティーヴン・M・ウォルト 副島隆彦(翻訳) 講談社) イスラエル・ロビーに操られるアメリカ
タブーを破り国際政治の闇にスポットを当てた
世界の多くの人々は、善悪は別にして次の2つの命題を大方是認するだろう。
〈命題1〉アメリカは唯一の超大国であるから、アメリカ政府が世界で最も影響力のある政策を決定し、他国はそれに追随せざるをえない。
〈命題2〉イスラエルを支えているのはアメリカであり、イスラエルは中東におけるアメリカの手先となっている。
しかし、本書を紐解けばこれらの命題に大きな疑問を抱くようになる。〈命題1〉に関しては、確かにアメリカは超大国であり日本などを従属させる力はあるが、イスラエルには操縦されているのかもしれない。そうなると〈命題2〉は、イスラエルがアメリカの手先なのではなく、アメリカがイスラエルに利用されていることになる。
〈アメリカ政治に深く入り込むロビー活動〉
本書の著者ジョン・J・ミアシャイマー(シカゴ大学教授)とスティーブン・M・ウォルト(ハーバード大学教授)は、米国の政治過程を丹念に精査し、以下の結論を導き出した。
アメリカの政策決定は、国益に反するほどイスラエル寄りになっており、それは〈イスラエル・ロビー〉と呼ばれる親イスラエル団体によって突き動かされたためである。少なくとも中東政策に関しては、米国はイスラエルに従属している。
米国の政治家は、共和党であれ民主党であれ、たとえ大統領であったとしても、イスラエル・ロビーには逆らえず、時にあつれきが生じたとしても結果的にはイスラエル・ロビーに付き従っている。
これほどまでに力を持っているイスラエル・ロビーとは何か。「米国イスラエル広報委員会(AIPAC)」、「全米主要ユダヤ人団体代表者会議(CPMAJO)」、「全米シオニスト協議会(AZC)」など、主に在米ユダヤ人で構成される親イスラエル団体の総称だ。CPMAJO元議長でラビでもあるアレキサンダー・シュナイダーは、1976年イスラルの雑誌でこう語った。「CPMAJOとそのメンバーは、イスラエル政府の公式な政策の道具です」。
米国でユダヤ人は人口の3パーセントにも満たないが、富裕層が多く、イスラエル・ロビーはその資金力・動員力・影響力をフルに活かして政治家への圧力をかけ、政策形成を誘導する。民主党が集める政治資金の実に60%、共和党の35%はイスラエル・ロビーからの献金だ。
だから次期大統領選で共和党から民主党に政権が変わっても、中東政策に劇的な変化(たとえば米国がイスラエルから離反するなど)はありえない。実際ヒラリー・クリントン候補は、昨年初頭AIPACニューヨーク支部のメンバーの前で、「イスラエルは中東地域に立つ何が正しいかを示す灯台のような存在です」と語った。バラク・オバマ候補も昨年3月、AIPAC会員向けの講演でイスラエルを賞賛し、米国とイスラエルの関係を変更しないと約束している。
アメリカ国内でのイスラエル・ロビーの活躍により、イスラエルは年平均30億ドル(330億円)の援助をアメリカから受けている。イスラエルの人口は約700万人。ニューヨーク市の人口より少ないにも関わらず、援助額はアメリカの対外支援予算の6分の1を占め、イスラエルGDPの2%にのぼる。
支援の約75%は軍事援助で、米国の金銭的・技術的支援でイスラエルは中東随一の軍事大国だ。この援助金はパレスチナ占領地への入植活動などには使わない建前になっているが、監査の仕組みがないので垂れ流しである。
〈イラク戦争はイスラエル・ロビーが誘導!?〉
こうした露骨なイスラエルへの肩入れによって、アメリカはアラブ世界の怨嗟の的となり、9・11テロの遠因となった。そしてアメリカはオサマ・ビンラディンを叩くためにアフガニスタンに攻め込み、その2年後には無謀なイラク戦争に突入した。
本書でミアシャイマーとウォルトは、大失敗に終わることが目に見えているアメリカのイラク侵攻について、「イスラエル・ロビーが誘導したものだ」との見解を明らかにしている。
実はブッシュ政権は9・11直後、中東和平の必要性を認識しイスラエル・パレスチナ間の「オスロ合意」を推進する態度を示した。ところがイスラエル・ロビーはユダヤ系が数多く存在する政権内のネオコンと組んで、「サダムこそ大量破壊兵器拡散とテロリズムの元凶である」と一大キャンペーンを展開、和平推進を妨害した。著者はこう主張している。
ゆえにミアシャイマーとウォルトは、「イラク戦争は石油を独占したいから進められた」とする反戦派の「石油動機説」に疑問を投げかけている。もし石油会社の利権に添うなら、湾岸諸国に取り入る政策の方がコストが安く済むはずだと。
この点については、現状のイラク情勢が流動的で判然としない点もある。しかしイスラエル・ロビーがイスラエルの利害にもとづき、サダム体制を崩壊させるためにブッシュ政権を誘導したとしても不思議ではない。
問題は、こうしたイスラエル・ロビーへの批判・疑問がアメリカでは一切許されないことだ。日本にもロビー団体・圧力団体はいくらでもある。族議員や官僚と結びつき、利権の温床となって批判されることもしばしばだ。しかしアメリカでは、イスラエル・ロビーの活動が報道されたり論評されることはめったにない。ましてや公然と批判することなどタブーだった。
なぜなら、イスラエル・ロビーを批判する者には「反ユダヤ主義者」とのレッテルが貼られるからだ。そして「ナチスに親近感を持っている」など、罵詈雑言を浴びせられる。欧米で「反ユダヤ主義」のレッテルほど恐ろしいものはない。論争相手を封じ込める魔法の言葉なのである。
事実、ミアシャイマーとウォルトはイスラエル・ロビーからすさまじい攻撃を受け、この本はアメリカでは出版できず、イギリスでやっと日の目を見た。そして彼らの勇気ある行動により本書はアメリカ国内で大論争を巻き起こし、イスラエル・ロビーを批判する論調もかなり強まっているらしい。
ミアシャイマーとウォルトは、国際政治学では「リアリズム」学派に属する。政治的立場は頑固な保守主義だ。パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラを「テロリスト」と断定し、イスラエルがユダヤ人国家として中東で生存・繁栄することを支持している。
そんな彼らがあえてバッシングを覚悟してまで、イスラエル・ロビーに牛耳られた米国政治を告発する言葉は重い。米国政治の闇に気付かせてくれる、一読に値する良書だ。
(森田一成)
(1263号 2008年3月10日発行)
