あきらめずに声を上げ続けなければ世界は変わらない

 1992年3月ボスニア・ヘルツェゴビナでは、旧ユーゴスラヴィアからの独立の是非を問う住民投票が実施された。これをきっかけにこの地域の支配権を巡って、セルビア人とクロアチア人の間に内戦が勃発。死者約20万人、難民・避難民200万人をもたらす惨劇となった。

 激しい内戦過程では「民族浄化」の名の下に女性への過酷な性暴力が吹き荒れ、戦後も多くの人々の心に深い傷跡を残した。ボスニア映画『サラエボの花』(2006年ヤスミラ・ジュバニッチ監督)は、この傷から立ち直ろうともがく母子を描く作品だ。

<戦争で深く傷ついた女性や子どもたち>

 90年代前半、旧ユーゴは崩壊しボスニア・サラエボ・クロアチアなどに分裂した。その過程で、「兄弟殺し」と称される激しい紛争が起きた。旧ユーゴ時代に同じ土地で何の問題もなく仲良く生活し助け合っていた人々が、政治的支配権や経済的権益をめぐって激しく争い、殺し合ったのだ。

 紛争は、イスラム教徒、キリスト教徒、ギリシャ正教等の宗教紛争として、同時にまたセルビア人とクロアチア人の民族紛争として拡大。暴力が暴力を、憎悪が憎悪を生む凄惨なものとなった。

 内戦は女性や子どもを含む非戦闘員が生活する場で行われた。兵士同士が戦場で殺し合うだけでなく、無防備の市民の生活と生命が奪われた。その最たるものはエスニッククレンジング、ジェノサイドの一環としてのレイプだ。人間性を徹底的に破壊し、民族間の融和が二度と起きないよう組織的に行われたのである。

 映画の主人公であるエスマは、このレイプで身ごもったわが子サラをこよなく愛しつつ、同時に悲惨な体験のトラウマに苦しみ続けている。性犯罪が女性たちをどれほど深く傷つけたのか、エスマの告白は観る者に切実に迫ってくる。そして苦悩を分かち合ったエスマとサラは許し合い、再出発を決意する。このシーンは、「よく生きようとする人間の意思」を感じさせ感動的だった。

 サラエボ出身の前サッカー日本代表監督イヴィッツア・オシム氏は、この映画について次のように語っている。

  「映画〝グルバヴィッツァ〟(邦題〝サラエボの花〟)は、出来るだけ多くの方に観て頂きたい映画だ。この映画は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ全域、首都サラエボ、そしてサラエボの一角、グルバヴィッツァで20世紀、人類として恥じるべき、また運命的な悲劇が繰り広げられた物語を語るなかで、人類は二度と決してこのような悲劇をいっときも、如何なる場所においても繰り返してはならないというメッセージを発している」

 映画で描かれた親子の苦悩を、戦争には起こりうる一般的な「悲劇」と片付けてはならない。エスマの身にふりかかったことは戦争犯罪そのものだ。そしてパレスチナ紛争、アフリカ民族紛争、バングラデシュ少数民族へのエスニッククレンジングなど、いまなお世界中で同様の悲劇が繰り返されている。

<戦争犯罪を禁止する国際法を活かすには>

 ボスニア紛争の当時も、戦争犯罪を禁じる国際法は認知されており、国連は存在した。しかしNATO軍の空爆、国連保護軍(UNPROFOR)の派遣にも関わらず効果的な抑止にならず、映画で描かれた戦争犯罪を防ぐことはできなかった。

 20世紀末まで、人類は紛争や戦争から少なくとも一般市民を守ろうとする努力を積み上げてきたはずだ。1618年から30年間続いた宗教戦争。宗教戦争における非和解的な残虐さを目の当たりにし、グロチウスをはじめとするヨーロッパ人はウェストファリア講和を成立させた。戦争中であっても拷問、虐待、非戦闘員への暴行などを禁止し、戦争のやり方に最低限のルールを設けたのだ。こうした考え方は、ハーグ陸戦協定、ジュネーブ議定書など数多くの条約や協定にも引き継がれてきた。

 しかし、20世紀の2つの大戦を経て状況は大きく変わった。大勢の非戦闘員を巻き込む原爆を筆頭に、兵器の近代化のため非戦闘員の殺傷はむしろ増加した。民族解放闘争のゲリラ戦では、非戦闘員と戦闘員の区別が困難になった。さらに冷戦終了後は民族紛争や宗教対立が噴出し、『サラエボの花』で描かれたようなエスニッククレンジングが激化。無差別殺戮や暴行そのものが目的になったのだ。

 さらに9・11同時多発テロ以後、「テロとの戦い」を大義名分として人権や人道を守ろうとする国際的規範は急速に弱まっている。その典型こそアメリカだ。ブッシュ政権は自国の安全保障のために先制攻撃を正当化し、アフガニスタンやイラクでは空爆により多くの市民を殺傷している。パレスチナではイスラエルのガザ地区、ヨルダン川西岸地区への人権侵害がまかり通り、イスラエルへの制裁措置はアメリカの拒否権が実現を阻んでいる。

 戦争犯罪を禁じるどころか、人権や人道すら国家の利害で平気で踏みにじる状況が広がっているのだ。これに私たちはどう立ち向かえばよいのだろうか。アメリカのジャーナリストであるナオミ・クラインは、2007年アメリカ社会学会の講演で次のような提起を行っている。

 「正義を行えば利益を失うけれど、正義を行わなければもっと大きな損失を被る。天秤にかけるように、そう判断したときにだけ、エリートは正義を選択します」「もうひとつの世界を信じると声を上げる私たちは決して敗北者ではないと自分に言い聞かせる必要があります。理想の闘いで負けていません。知略で出し抜かれたこともなく、議論に破れてもいない。私たちが勝利できなかったのは、運動が打ち砕かれたから」(「もうひとつの可能な世界」『世界』2007年12月号)

 つまり弱肉強食のネオリベラルのもとでは、政治家や多国籍企業に人道主義や環境問題への配慮を求めるよりも、環境税の導入など経済的インセンティブを突き付けたほうが効果がある。同時に、権力的な利害とは異なる新たな試みを可能とする運動により正義を確認し、敗北主義を取り除くことが大切だと訴えているわけだ。

 戦争犯罪の防止摘発の努力は、国際法や条約による規制、国際刑事裁判所の創設などにより続けられてきた。しかしそれを本当に機能させ得るのは、市民一人一人なのだ。あきらめずに監視し、戦争犯罪を犯す国を許さない国際世論を高めていくしかない。

 『サラエボの花』の監督が私たちに突きつけている言葉を忘れてはならないと思う。

 「エスマを苦しめた戦争犯罪者たちが、いま、罪を裁かれることなく、自由にいきています。こんな正義に反することが許されていいのか。なぜこんな不正義がまかり通っているのか。それはあなたたちの国の政府が認めているからだ」(『世界』2008年1月号)

  (中島和人)

(1262号 2008年2月25日発行)

『サラエボの花』