やんばるの森とジュゴンの海を守りたい WWF(世界自然保護基金)ジャパン自然保護室主任・花輪伸一さん
米軍基地は沖縄の豊かな自然を破壊する
1月25日、米サンフランシスコ連邦地裁は沖縄辺野古に生息するジュゴンを保護すべき文化財として認め、基地移設に伴う環境影響調査を国防総省に命じた。この判決を前に自然保護活動に取り組むなかで、沖縄の基地問題と向き合っているWWF(世界自然保護基金)ジャパン自然保護室主任の花輪伸一さんに問題の背景を聞いた。
<ジュゴンは豊かな自然のシンボル>
◆辺野古基地が造られるとジュゴンはどうなりますか?
ジュゴンはオーストラリアから沖縄にかけて比較的狭い海域に住んでいて、オーストラリア以外では絶滅のおそれのある動物です。
ベトナム、カンボジア、タイなどでは激減しましたし、日本でも奄美大島、宮古、八重山では60年代に絶滅。台湾では1930年代に絶滅しました。昔は、狩猟によって捕まえられ食用となったのと、今では、開発や海の汚れで生息場所が少なくなったからです。
現在日本では、沖縄本島の主に中北部、東海岸で目撃されています。金武湾から名護市にかけてですね。やんばるの安田(あだ)地区周辺では、古い観測記録はありますが、最近では見られなくなりました。個体数が激減してしまったのです。
日本哺乳類学会は50頭未満と発表していますが、研究者によっては既に10数頭になった、あるいは10頭を切っているのではないかと指摘する人さえいます。同学会はジュゴンを絶滅危惧IA類(CR)に指定し、国は天然記念物に指定しています。
ジュゴンの寿命はだいたい70年ぐらい、出産するのは6~18歳からで、栄養状態によって幅があります。また、栄養がよければ1年に1頭産めますが、栄養が少ないと数年に1頭しか出産できず増加率が非常に小さい。10頭ぐらいだと群としての存続がかなり厳しいですね。
でも諦めるわけにはいきません。何とか守っていきたい。ジュゴンの死亡原因の一つは混獲です。定置網や刺し網に入って溺れ死んでしまう。沖縄本島だけでも80年代に5頭、90年代に9頭、2000年になって3頭死にました。生まれたての子どもが網にかかっている写真を見ると絶望的な気持ちになります。
ジュゴンは非常に偏食性の強い生き物です。海草(うみくさ)しか食べない。海草は海藻(かいそう)とは違います。海藻は海中にはえる藻類で、花は咲かずに胞子によって子孫を増やします。昆布やワカメなどです。それに比し海草は、花を咲かせ種子を作って繁殖します。進化の過程で陸上の植物が海の中に住みついたものです。
ジュゴンは海草しか食べないので飼育は難しい。日本で成功しているのは鳥羽水族館だけです。韓国から輸入した海草を毎日水槽に運び、ネットに差し込んで食べさせるのです。
今一番切迫している問題は、ジュゴンの生息地、特に採食場である海草藻場(うみくさもば)の近くにアメリカ軍の基地が建設されようとしていることです。当初は辺野古のサンゴ礁を埋め立てて2500mの軍民共用空港を造る計画でした。しかし地元住民は座り込みを続け、海上の単管やぐらにしがみつき、非暴力直接行動で杭一本打たせなかった。
基地建設予定地の辺野古の海(写真提供:花輪伸一)
環境団体も「ジュゴンの海に基地をつくるな」と世界中に発信し、日米両政府も加盟している世界最大の自然保護団体IUCN(国際自然保護連合)の「ジュゴン保護勧告」を得るなど、キャンペーンをおこないました。WWFは全国ハンカチ・メッセージ・キャンペーンに取り組みました。多くの人に「基地はいらない! ジュゴンを守れ」などのメッセージをハンカチに書いてもらい、これをキャンプシュワブとの境界線に掲げたのです。現在でも陸上のテント村では地元の人がずっと座り込みを続けています。
こうした運動によって何とか軍民共用空港は阻止されましたが、新たにキャンプシュワブ沿岸V字型滑走路案が浮上しました。陸地に空港を造るのならキャンプシュワブ側から工事ができるので、住民や支援者は阻止行動がやりにくいとの狙いでしょう。沖縄防衛局は、この計画のほうがジュゴンの食べる海草藻場を壊す面積が少なくなったと主張しますが、やはり重要な場所は壊されてしまいます。工事が始まったらジュゴンは絶滅してしまうでしょう。
私たちは勿論、ジュゴンさえ守れば良いと考えているわけではありません。ジュゴンは一種のシンボルです。ジュゴンを守ればこの海域を守ることができ、この海域を守れば沿岸に住む人たちの生活だって守れるはずです。
当初反戦平和系の人たちから、「ジュゴンさえ守れば良いのか?」との批判も受けましたが、今ではみなさん理解してくれています。基地建設反対運動全体が、「ジュゴンを守れ」を掲げるようになりました。
<日本政府の環境アセスメントはデタラメ>
◆サンフランシスコでは裁判を起こされました
日本の弁護士と沖縄の辺野古周辺や那覇に住んでいる人たちが原告となり、アメリカの弁護士や環境団体と一緒にサンフランシスコで訴えを起こしました。
アメリカの文化財保護法は、アメリカの行為が及ぶ外国の天然記念物や文化財に対しても適用されます。ですから米軍の行為は日本の天然記念物を破壊すると訴えたのです。2007年9月に結審し、今年の春にも判決が下される予定です。(今年1月25日、米サンフランシスコの連邦地裁は、移設による生態系への影響調査を国防総省に命じる判決を下した。同地裁はジュゴンが保護される文化財にあたるとの判断を示した―編集部注)
アメリカ政府は一貫して「工事は日本政府が行っており、米軍は関与していない。米軍は出来上がった基地を使うだけだ」と逃げてきました。しかし昨年9月の公判で初めて、基地建設は日本政府とアメリカ政府の共同行為だと認めました。
同時に裁判資料で米軍と日本政府の間のメモが公開され、これまで隠されてきた様々な事実が明らかになりました。例えば防衛省と米軍の交渉記録では、米軍は軍用機を海上だけでなく陸上も飛ばすと明言しており、この事実を情報公開して地元住民に知らせるように主張しています。にも関わらず日本政府は、陸上を飛ばないからV字型滑走路にしたと住民に説明してきました。意図的に陸上飛行の事実を隠してきたわけです。
さらに新基地には、戦闘機に弾薬を詰める戦闘機装弾場が建設されることも明らかになりました。現在の普天間飛行場に戦闘機装弾場はありません。普天間飛行場の移転計画のはずが、現在無いものを新たに造るのはおかしな話です。
米軍は戦闘機を洗う洗機場についても3カ所要求しています。海のすぐそばで潮風が吹きつける場所で戦闘機を洗わないとすぐに錆びてしまうからです。しかしどんな洗剤を使うのか、排水はどのように浄化され、どこに流すのかは明らになっていません。こうした問題点が次々に暴露されましたが、沖縄防衛局が出した環境アセスメントの方法書には何も記されていません。
具体的な工事計画が明らかにならない以上、影響は予測できず環境アセスメントを行う意味がありません。現状では、せいぜい埋め立ての影響しか予測できないでしょう。
しかし実際には、装弾場や洗機場も造られ、6000人近い海兵隊がやって来ます。家族を合わせれば1万人を超える可能性があり、大規模な改変工事が必要となるはずです。本来なら、それらも環境アセスメントの対象にしなければならない。米軍自身、日本の環境アセスメントは海だけだが、陸域の工事で問題がでたら海兵隊の責任にされるから陸域もやるべきだと主張しています。こうした情報公開は、アメリカでは常識なのです。
戦闘機が故障した場合にどうやって運ぶかまで、防衛省と米軍は交渉しています。トラックで道路上を運ぶわけにはいかないから、結局船が接岸する施設を造る話までしている。しかし日本政府はそうした事実を一切発表せず、環境アセスメントの方法書にも陸域でどんな工事を行うのかまったく記されていません。
こんなデタラメな環境アセスメント方法書を認められるわけがありません。環境団体と平和団体はこの問題を追究し、沖縄県環境影響評価審査会では昨年12月15日、現方法書は内容に不備があるため再提出を要求することが決まりました。
<住民の反対を無視してヘリパッドを建設>
◆やんばるの森の破壊も進んでいますね
やんばるの森には、地球上でここにしかいない生き物がたくさんいます。ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、ヤンバルテナガコガネなどで、アマミヤマシギ、アカヒゲ、トゲネズミ、ケナガネズミなどは、南西諸島だけです。
しかし開発されてダムが建設され、森林を伐採して農地がつくられました。1995年には大宜味(おおぎみ)村と国頭(くにがみ)村を結ぶ全長35㎞の大国林道が開通しました。生態系の破壊が確実に進んでいます。
とりわけヤンバルクイナは急激に減少しています。ハブ退治のために20世紀初頭に海外から持ち込まれたマングースは、ヤンバルクイナの卵やヒナを補食する可能性が高い。翼が退化し、ほとんど飛ぶことができないヤンバルクイナ成鳥も、まだ証拠はありませんが危険です。国と県はマングースを駆除し、また、柵を作って北に行かないように努力しています。現在ヤンバルクイナの生息数は1000羽以下と推測され、絶滅危惧種に指定されています。
やんばるの国頭村から東村にかけては、米軍の旧北部訓練場、現在のジャングル戦闘訓練センターがあります。米軍はパナマのジャングル戦闘訓練センターを返還しましたから、世界で唯一の施設です。訓練用のフィールドアスレティックのような設備があり、フル装備の米兵が迷彩服で森の中を駆け回ったり、谷筋をロープで飛び越えたり、沢の泥水の中に潜ったり、食料なしで何日間か過ごすサバイバル訓練を行っています。
ここはジャングルでの戦闘訓練をするための施設ですから森が残されました。皮肉なことに米軍のおかげで自然が最も保存され、野生生物の避難場所になってきたのです。しかし東村の高江周辺に、新たに6カ所のヘリパッドと進入路が建設されようとしています。約7500ヘクタールの訓練場の北半分4000ヘクタールを日本に返還する条件として米軍と防衛省が計画したのです。
計画されているヘリパッドは75mの直径を持つ巨大な円形施設で、これが6つも建設される予定です。米軍の垂直離着陸型軍用機オスプレイのために、直径45mの着陸帯とさらにその周囲15mに無障害物帯が必要なのです。今までのヘリパッドはせいぜい直径10mから20mだったので、環境破壊の規模はずっと大きくなります。多くの軍用機を動員した軍事演習が行なわれた場合、森林とそこにすむ野生生物に深刻な悪影響が及ぶでしょう。
当初はもっと山奥に建設される計画でしたが、WWFは厳しく批判する意見書を提出し、国際自然保護連合(IUCN)も勧告を出しました。そのため米軍は何年にもわたる追加調査を行い、ようやく建設場所を移動する決定をしました。そして海側に移すことで自然環境への影響はほとんど無くなったと主張し、昨年7月ついに強行着工しました。
場所が移動したからといって、環境負荷が無くなるわけではありません。高江の住民たちはヘリパッド建設に反対し、毎日座り込みを続け、工事をストップさせています。
<ゼロ・オプションを含む環境アセスメントを>
◆沖縄の貴重な自然を守ることが問われています
九州から台湾までの約1400キロの間には、屋久島、種子島、奄美大島、沖縄諸島、宮古列島、八重山諸島が並んでいます。
動物地理学にとってこれらの島々は非常に興味深い場所です。ちょうどこの辺りは、ユーラシア大陸の北に位置する旧北区と南の東洋区との移行帯に当たります。そのため北方系の動物と南方系の動物の両方の要素を持つ多様な種類の動物が見られる。植物も同様です。沖縄の島々は、生物多様性の宝庫なのです。
先ほどやんばるの森について触れたように、この地域だけに生息するユニークな動物も少なくありません。氷河期と間氷期に海面の上昇と下降が繰り返され、沖縄はその都度中国大陸とつながったり離れたりしてきました。大陸と地続きの時には様々な動物がやってきます。そして海面上昇で島に取り残された動物は独自の進化を遂げ、特有の種が生まれたのです。
そんな沖縄の貴重な生き物は危機に瀕しています。レッドデータに記載されている種は、やんばるの森だけでも沖縄県版で188種、環境省版では177種に上ります。しかもサンゴ礁の9割は死滅しました。沖縄の自然環境の特徴は、島々の周辺にサンゴ礁が広がっていることです。オーストラリアのグレートバリアリーフは陸地から何10㎞も沖合にあり、船で時間をかけてしか行けません。ところが沖縄の珊瑚礁は陸地のすぐそば、1㎞ぐらいのところにあります。人間の生活空間の中にあるため陸地からの影響を強く受けますが、同時に陸地に住む人々に様々な恵みを与えてきました。
例えば石垣島・白保のサンゴ礁の海は、戦争や飢饉の時にも島の人々に恵みを与えてくれました。そこで捕れる魚や貝やエビがあれば生きられた。子どもたちを飢えさせることもありませんでした。現在50代、60代の人たちが子どもの頃は、親戚が来れば親に言われて人数分の魚、貝、エビなどを海から捕ってきたそうです。海が冷蔵庫の代わりでした。しかし今ではもう、子どもたちが海に魚を捕りに行くこともなくなりました。
沖縄には干潟が多いのも特徴です。本土の干潟は砂ですが、沖縄の干潟は砂だけでなくサンゴ礁のかけらからもできていて、生物はとても多様性に満ちていました。ところがこの干潟も埋め立てでかなり壊されてしまった。現在沖縄市の泡瀬干潟で埋め立てが始まっています。
鉄条網の向こうはキャンプ・シュワブ(写真提供:花輪伸一)
東門美津子さんが埋め立て見直しを訴えて市長選に挑み、沖縄初の女性市長となりました。第1期工事は既に始まっていますが、第2期については見直したいと語っています。私たちは2期工事中止は勿論、1期工事も環境保全の観点から見直すように要望しています。
マングローブも亜熱帯の河口域に広がるユニークな植物です。亜熱帯の森林は世界でもそんなに多くありません。同緯度の地帯は砂漠のところが多く、熱帯の森林に比べると面積はとても小さいのです。ですから沖縄の亜熱帯の森は、地球規模で見ても貴重な自然なのです。
だからこそ国際自然保護連合(IUCN)は日米両政府に勧告を出したのです。IUCNは約180カ国の政府や政府機関、1000近い環境NGO、約1万人の科学者が加盟する世界最大の環境団体です。4年に1度世界自然保護会議を開催し、様々な自然保護に関する政策を決定し各国政府に勧告します。勧告に拘束力はありませんが、2000年のアンマン、2004年のバンコクでの世界自然保護会議では、ジュゴン・ノグチゲラ・ヤンバルクイナとその生息地の保全を日本政府に勧告しました。
生物多様性を守るために、次のような要求を具体的に行っています。絶滅の恐れのある種の保全計画を作成し、自然遺産への指名を検討すること。保護区の設置と保護の行動計画を作成すること。米軍基地に関するゼロ・オプション(造らない選択)を含む環境アセスメントを実施すること。
またアメリカ政府に対しては、米軍の環境管理基準をもとに野生生物保護の観点から日本政府と協議すること、日本政府の環境アセスメントに協力することなどを要求しています。
日米両政府は、加盟しているIUCNの勧告に従い、辺野古とやんばるの基地建設を中止し、自然遺産に値する野生生物の生息地保全を優先すべきです。
日本政府とアメリカ政府はIUCN勧告に知らんぷりを決め込んでいますが、今後も基地に反対する人々と手を携えながら、勧告の実施へ向けて圧力を強めていきたいと思います。
PROFILE▼はなわ・しんいち
WWF(世界自然保護基金)ジャパン自然保護室主任。1974年東北大学理学部生物学科卒業。1977年東京農工大学大学院農学研究科修士課程修了。1979年財団法人日本野鳥の会を経て、1991年よりWWFジャパン勤務。著作は『有明海の生き物たち』(共著)、『世界遺産屋久島』(共著)、『ジュゴンの海と沖縄 基地の島が問い続けるもの』(共著)など。
