様々な生き物が生息する盤洲干潟 センス・オブ・ワンダーを取り戻そう
今年3月、G20閣僚級対話が千葉県で開催される。それを受けて「生物多様性ちば県戦略」を策定している千葉には、東京湾に残る数少ない自然干潟・盤洲干潟がある。地元で自然観察を続ける宋石林さんに干潟の大切さについて聞いた。
<干潟は多様な生物の宝庫>
◆盤洲干潟はどんな場所ですか
盤洲干潟は、東京湾でただ一つ残った完全な干潟だと言っていいでしょう。
干潟の観察会に参加した子どもたちは、まず生物の多さとその密度に驚きます。例えばチゴガニだけでも狭い区域に膨大にいる。砂浜を掘れば貝がドッサリと出てくる。こうした生き物を餌とする野鳥もたくさん飛来します。
環境が生物を規定するだけでなく、生物が環境にインパクトを与えていることがよく分かります。干潟をよく見ると小さな砂団子がたくさんあります。これはカニが餌を食べた後に出した偽糞(ギフン)です。そのフンがあたり一面を覆っているわけです。
また干潟には水質浄化の作用があります。盤洲干潟のある小櫃川河口では、東京湾で唯一ともいえるアシ原があります。ここで上流からの水が浄化されます。アシは植物の成長要素であるリンや窒素を吸収するからです。また干潟の前浜にはカニやゴカイが穴を空けてすんでいます。その穴から酸素が供給されることで、海中にいるバクテリアなどの微生物が有機物などを分解できるのです。干潟は自然の「浄化槽」なのです。
◆盤洲干潟の魅力は何ですか
私の母が佐賀県出身だったこともあり、有明海の干潟は身近な存在でした。子どもの頃、里帰りの列車で食べた駅弁にムツゴロウの甘露煮が入っていたことを覚えています。
当時は干潟にそれほど関心はありませんでした。しかし1997年、有明海諫早湾の潮受け堤防が閉じられる映像を見て、「こんなことが起きているのか。なんとかしたい」との思いがわき上がりました。そんな時、埋め立て問題で焦点化していた東京湾・三番瀬干潟の野鳥観察会に参加し、盤洲干潟の保護活動をしている人と出会いました。はじめて盤洲干潟を訪れ、三番瀬よりも原初的な形で残っていることに驚きました。
当初は「小櫃川河口盤洲干潟を守る連絡会」が行っている観察会に年3回のペースで参加しました。しかし次第に回数が多くなり、去年は月3回ぐらいのペースです。足繁く通うと以前は見えなかったものが見えてきます。何度も通うことが大切だと思いましたね。
日本自然保護協会(NACS-J)が行っている自然観察員の講習を受けたことも、干潟に対する見方を深めることになりました。個別の生き物だけを見るのではなく、景観や生物同士の関わり合い・関係性などを大きくつかみ取るようにと教わりました。そうした視点で何年も観察していると「場」としての干潟の性格が次第に分かってきました。
森林や里山などに比べて干潟は、潮の満ち引きや、河川からの出水など、非常に変化の激しい場所です。1週間前と後とでは様相がガラッと変わることがあります。しかも干潟は水深が浅く太陽光も底まで届き、淡水と海水が混じり合い、上流から色々な物質が流れてきます。様々な環境が複雑に交錯し、多様な生き物がすむ場所になっているのです。
<開発の波が徐々に押しよせている>
◆開発が干潟に悪影響を与えているそうですが
干潟は特殊な環境ですので、他の地域では見られない植物が生息しています。カヤツリグサの仲間であるシオクグや千葉県のレッドデーターブックにあるハママツナは、盤洲干潟で大群落をつくっていました。
しかし2001年、盤洲干潟のそばの金田海岸に温泉施設を伴った三日月ホテルが建設されました。その後、シオクグやハママツナの生息域が急速に減少したそうです。自然保護団体はホテルの温排水が原因だと主張しましたが、いまだ科学的な因果関係ははっきりしません。
一昨年の初夏から秋口にかけてアオサ(海藻の一種)が大発生して干潟に打ち上げられたことがあります。この時、アオサがシオクグ群落の上に覆いかぶさり、かなりのダメージを与えました。現在もあまり回復していません。一方、ハママツナは流れ着いたタネが発芽し、別の場所に新しい群落ができていました。植物によって生育状態が変化していますが、原因がよく分からないのが正直なところです。
ただ、温排水か地球温暖化の影響か、ノリが育たなくなっていると聞きます。ノリはある程度、温度が低くないと発芽しないからです。千葉県はコンビナートがあり、発電所からも温水が排出されています。海水温が上昇しているのは間違いないでしょう。
また温泉施設の場合は、シャンプーや石鹸を使うので、その中のリン成分が排出されている可能性があります。一概にはいえないのですが、リンと窒素が多くなるとアオサが発生しやすいようです。
<生産の場としての干潟>
◆干潟ではノリや貝の養殖も行っていますね
干潟は人間の生産活動の場でもあります。湿地保全を目的としたラムサール条約も水辺環境の賢明な利用を唱っています。それには狩猟、漁業などの人間の生産活動が含まれます。
しかし日本の場合、ラムサール条約の登録を漁民たちは良く思いません。どうしても漁業者と自然保護団体が対立してしまう。立場の違う人同士できちんと論議がなされていないことが一番の原因だと思います。
自然保護を主眼におく人からすれば、人間の活動は自然保護にとって阻害要因にしか見えない。一方の漁民は、自分たちだけがステークホルダー(利害関係者)であるとの意識が強い。しかし海は区切れなくつながっており、漁業だけでなくレクリエーションも含めて様々な人が関わっています。様々な人々が意見の違いを超えて干潟をどう守っていくのか共に考える場が必要です。
そのような試みとして「盤州里海の会」が活動しています。ここでは漁民を中心に、都市生活者と漁業者との関係をつくろうとしています。漁業権を少しだけ市民が買い、週末だけ漁業を行うのです。浅草ノリの復活なども行い、市民も漁民も一緒になって海を楽しもうとしています。
また千葉大学は海辺の環境に関してのシンポジウムを行いました。その内容は『海辺の環境学』と題して出版されています。街と海との関係、川と海との関係をどう作り出していくかをテーマにしたものです。これは干潟を含めて、海辺の環境に私たちがどのように関わっていくのかを考えるヒントになると思います。
<身体的感覚を大切にしたい>
ただ理屈よりもまず、実際に足を運んで干潟を見てください。全体を感覚的にパッとつかむことができます。直感や経験は重要です。
もちろん科学的に調査して色々な数値を集めて分析することは必要です。自分たちの主観だけではなく客観的なデータをそろえたい。
しかし何度も現地に通っていると、道筋をふんで理解するのではなく、パッと自然の仕組みや大切さが分かる時があるのです。ただ無駄に現地に足を運んでいるように見えても、なんとなく体に染みつくものがあります。そうした身体的な感覚が自然保護に取り組む場合に必要だと思います。
レイチェル・カーソンもセンス・オブ・ワンダーの大切さを訴えていました。他者にその感覚をどう伝えていけばいいかが悩みでもありますが、大切にしたい部分です。
