しわ寄せはいつも現場にやってくる

 昨年10月1日、郵便局は分割民営化された。長い間国営事業だった郵便・貯金・保険の三事業は民間企業として独立し、巨大なグループ会社が誕生した。

 政府は郵政事業が「官から民へ」移行することで、より効率的できめの細かいサービスを提供できると宣伝してきたが、当初から「本当に利用者の利益になるのか?」と疑問符が付けられていた。

 実際に民営化の蓋を開けてみれば、やはりそう簡単に事は進まない。何より私を含め、現場の職員は毎日大混乱に陥っている。

<この会社は本当に大丈夫かと不安な日々>

 民営化後の私の所属会社は、郵便局株式会社。郵便局の窓口で3事業全ての受付を行なう窓口会社だ。

 私たち職員は、約1年かけて民営化に備えていた。民営化が施行される当日に混乱しないようほぼ毎週土日に研修を受け、事務手続きの変更点を勉強したのだ。しかし事前に学んだのはほとんど理屈だけで、実際の業務がどうなるかは当日蓋を開けてみないと分らない状態だった。

 そして案の定、職場は大混乱となった。窓口の業務が始まると、「この用紙は新しく変わったんだっけ?」「民営化前の用紙も使っていいの?」「機械の入力は今までどおりでいいんだよね?」と次から次へとわからないことだらけ。「これまでの研修は一体なんだったんだ?」と思わざるを得ない混乱に陥った。

 典型的なのは簡易保険業務だ。事前の研修では、変更されるのは新規契約の募集ぐらいで、支払い業務などに大きな変更点はないと教えらえていた。しかし実際は変更点だらけだった。以前同様に受け付けると、数日後保険事務センターから「この書類が足りない」「この用紙は新しいものを使え」とクレームがついて戻ってくる。事務センターに電話して確認すると、実は民営化で変更になっていたが事前の研修では通知されていなかったらしい。

 一事が万事こんな感じで、ほとんどの事務手続きについては、提出した書類がクレーム付で戻ってきて初めて変更点が分るという体たらくだった。それでも近隣の郵便局同士がメールやFAXで情報交換し合い、どうにかこうにか日常の仕事を回し始めることができた。

 「仲間はありがたいなぁ」と思う一方で、「この会社は本当に大丈夫なのか?」とどんどん不安が募っていった。

<民営化でサービスが低下したら潰れてしまう>

 もうひとつ大混乱の原因になっているのは、分割されるがゆえに生じる営業面の変更だ。

 民営化以前は、郵便局という一つの組織が郵便・貯金・保険の3事業を行なっていた。しかし現在、私たち窓口会社の職員は3つの会社から委託を受けて仕事をする。その結果、貯金や保険など個人資産に関係する内容を総合的にセールスできなくなった。

 具体的には、保険満期の受取で来局したお客さんに社員が貯金を勧めることは禁止されている。保険会社の情報を別の会社(貯金会社)に提供することになるからだ。その逆もまた然り。

 以前は定期貯金満期の預け替えに来たお客さんに、保険を勧めたりしていた。これをクロスセルと呼ぶらしいが、お客さんから「どんなのがいいの」と聞かれたら、郵便局で取り扱っている商品を気兼ねなく提案できた。だが今は、お客さんから「貯金と国債と保険でどれがいいの」と聞いてもらわないかぎりは、職員の側からお客さんに提案することはできない。

 このため民営化後1ヶ月しても保険契約が1件も成立しない郵便局が多数出てしまった。わが社は慌てて各局から担当者を1人出させて営業の研修会を行なった。そこでは、「お客さんが用件を依頼する前に保険の話をしましょう」なんて指導している。これならクロスセルに引っかからないらしいが、どうも頼りない話だ。

 もちろん会社としては、正規にクロスセルが可能となるよう準備を進めているようだ。お客さんから同意書をもらった上でわが社の顧客データベースに登録し、様々な商品を販売できるようにする仕組みだ。

 しかしそのマニュアルの原案は、民営化後2ヶ月もしてやっと出来上がったにすぎない。代表者を集めてマニュアルの研修を行い、それを各局でも行ない、さらに理解度テストを行なった上で実施する・・・。こんな悠長なペースで郵便局の経営は成り立つのか大いに疑問だ。

 社員の誰もは、民営化を通じて今まで以上に仕事が合理的で効率的になることを望んでいる。しかし肝心の上層部が旧態依然の役人仕事に終始したら、そのしわ寄せはすべて現場に押し付けられる。

 私の友人は、「10月に郵便局に行ったらすごく混んでいたから最近は行かないようにしているよ」と語った。確かに最近、多くの郵便局で閑古鳥が鳴き始めていると噂だ。民営化した上にサービスが低下すれば、お客さんは容赦なく離れていく。

 「このまま潰れてしまうのだろうか?」と不安を抱えながら仕事に追われる毎日だ。

  織笠亜衣(30代 郵便局株式会社勤務)

*************************

付帯決議に反し衰退が加速する郵便局網

 2005年10月14日、参議院の「郵政民営化に関する特別委員会」は郵政民営化関連法案を可決した。

 ただしその際採択された付帯決議では、「政府は、本法の施行に当たっては、次の事項について特段の配慮をすべきである」と注文がつけられた。

 「国民の貴重な財産であり、国民共有の生活インフラ、セーフティネットである郵便局ネットワークが維持されるとともに、郵便局において郵便の他、貯金、保険のサービスが確実に提供されるよう、関係法令の適切かつ確実な運用を図り、現行水準が維持され、万が一にも国民の利便に支障が生じないよう、万全を期すること。簡易郵便局についても郵便局ネットワークの重要な一翼を構成するものであり、同様の考え方の下で万全の対応をすること」

 わざわざこんな付帯決議をつけなければならないほど、多くの国民は民営化に不安と疑問を抱いていたのだが、実際にはどうなったのか?

 公社化を経て民営化が実施された07年10月1日の段階で、全国4299カ所の簡易郵便局のうち417カ所が「一時閉鎖」に追い込まれた。8月末段階では310局だったから、たった2ヶ月で107局が閉鎖されたことになる。10月1日の1日だけでも16道県の68局が閉鎖された。民営化を前後して完全廃止となるケースも増加し、2007年だけで90局以上に上る。

 局外に設置されたATMも、年間利用数が3万5000件以下の場合には撤去する方針だ。既に05、06年度で678台が撤去され、07年度も131台が削減対象となった。

 さらに時間外窓口の閉鎖も進行中だ。平日の朝、夕や土日の数時間に時間外窓口を開設していた郵便局のうち、3559局は取り扱いを中止した。

 まさに地方・過疎地の郵便局網は衰退していくばかりだ。「郵便局ネットワークの維持」を定めた付帯決議など完全に無視されている。

 当然職員のリストラも行われる。民営化で発足した日本郵政は、郵便事業会社と郵便局会社の社員を2011年度末までに合計2万4000人削減する計画だ。両社の社員の10%以上に相当する。定年退職による自然減もあるが、数千人の早期退職も募集する予定だ。

 国民へのサービスが低下するだけでなく、社員にも厳しい将来が待ち構えている。民営化によって得するのは、郵貯・簡保から吐き出される巨額のマネーを狙うハゲタカ・ファンドだけかもしれない。

   (編集部)

(1259号 2008年1月10日発行)