ミシュランガイド三ツ星の高尾山 トンネル工事は豊かな生態系を破壊する 虔十の会・代表 坂田昌子
日本で一番小さな国定公園は、東京都八王子市の高尾山。圏央道のためにこの山の中腹に2本のトンネルを掘る工事が始まっている。工事により地下水が流失し、生物多様性に満ちた高尾山の貴重な自然が損なわれるのではないかと、地元では25年近くにわたり反対運動が続けられてきた。
住民は裁判などにも訴えたが、工事は判決を待たずに着手され、ついに高尾山本体に手をかけている。そして反対住民や市民団体が購入したトラスト地の明渡し期限、3月25日が迫っている。強制的な土地収用が行われるかもしれない。
迂回路の検討など一度もされないまま、しゃにむに推し進められる工事に抗議すべく、2月17日より虔十の会が中心となってトラスト地での座り込み運動を開始した。毎日入れ替わり立ち代り多くの人が参加し、トンネル工事に反対する人の輪は急速に広がっている。
<生物多様性に満ちた高尾山>
昨年ミシュラン観光ガイド三ツ星に輝いた高尾山は、東京都の一番西の端に位置する599mの低山。都心からはJR中央線・京王線で1時間弱、アクセスの良さから都民の憩いの場で、登山者は年間300万人と日本一。
ここが東京なのかと思うほど豊かな生物多様性に満ちている。高尾山の植物は1321種、東京都全域の自生植物の55%に相当する。ひとつの山での植物の種類の多さは日本一。昆虫は5000種、京都の貴船や大阪の箕面と並び日本三大昆虫生息地のひとつ。鳥類は150種、日本に生息あるいは飛来する野鳥の3分の1を高尾山で確認できる。
こんなに小さな山が、なぜこれほどの生物多様性を持つのか? その理由のひとつは、日本列島の冷温帯と暖温帯の境目に位置するから。尾根の北斜面には、ブナやナラを中心とした寒い地方の植物が多く、南斜面はアカガシなどカシ類を中心とした暖温帯特有の照葉常緑樹が覆っている。さらに尾根にはモミやスギなどの針葉樹林帯がある。
もうひとつの重要な理由は、高尾山の水の豊富さ。その秘密は長い歴史のなかで形成された小仏層と呼ばれる独特の地層にある。1億年前高尾山周辺は海底で、砂岩と粘板岩が定間隔で交互に堆積した「互層」がつくられた。それが大地殻変動により一気に隆起して高尾山となったため、地層は70度から80度とほぼ垂直に傾斜している。雨が降り土にしみ込んだ水は、砂岩と粘板岩の隙間にある水道(みずみち)を通りいたるところから湧水し沢、川、滝をつくる。高尾山のなかを縦横無尽に走る地下水脈がもたらす豊かな水こそが、この山に生物多様性を与えている。
地下水が豊富にめぐる山に直径10mの穴を2本もあければどうなるのか? 水は一斉に穴に向かい流失はまぬがれない。止水工事をしたとしても、水道(みずみち)はトンネルの外壁にそって流れるように変わり、沢涸れなどを引き起こす。着工した高尾山南坑口では、実際に沢がひとつ涸れてしまった。この沢の水に依拠していた生物も消えてしまうだろう。
高尾山の隣にある八王子城趾(深沢山)は既にトンネルが掘られ、工事中から沢涸れや井戸涸れを何度も起こし、ついには国史跡の御主殿の滝が完全に涸れた。これらの原因がトンネル工事にあることは、圏央道推進派の黒須八王子市長も認めざるを得ず、現在八王子教育委員会でも問題となっている。
2本のトンネルが開通すれば、高尾山の滝行で知られる琵琶滝や蛇滝が涸れる可能性が高い。ところが驚くべきことに国交省は、滝が涸れたら代替水道(水道水)を流すので問題ないと答えている。
冗談のような話だが前例はある。大阪の箕面でも、トンネル工事によって滝が涸れてしまった。そのため年間3000万円の電気代を費やして水をポンプで汲み上げ、滝から落としている。
高尾山は古来より霊山として修験道の信仰対象だった。年中多くの人が滝行に訪れるが、その人たちが滝の水は実は水道水だと知ればどう思うだろうか。山の自然を育む豊かな命の水だからこそ、滝行には深い意味があるのではないか。
気の遠くなるほど長い地球の歴史がもたらした絶妙な自然のバランスを、人間が作り出すことはできない。一度トンネルを掘ってしまえば、たとえ埋め戻しても水系は復活しない。とりかえしのつかないことはすべきではない。
<圏央道の費用対効果は最悪>
そもそも圏央道建設にどれほどの意味があるのかについても再検討すべきだろう。正式名称は「首都圏中央連絡自動車道」。神奈川県横浜市から千葉県木更津市まで、都心から半径40㎞~60㎞の位置を走る全長約300㎞の自動車専用環状道路。
都心の渋滞を解消する「公共性」を名目に、1984年に計画が発表された。東名道、中央道、関越道、東北道、常磐道、東関道の6本の高速道路を結ぼうとしているが、24年経過した現在も30㎞ほどしか開通していない。
問題は、環状道路によって本当に渋滞が解消されるかにある。東京は元々皇居を起点とする放射状道路が多く、山手通り、明治通り、環七、環八、国道16号、外環、そして圏央道と次々と環状道路が建設されてきた。しかしその結果、誘発交通によってむしろ交通量は増加した。
まして圏央道は、都心より40㎞~60㎞も離れている。実際の利用者は、東京に用事はない外外交通と呼ばれる人たち、たとえば埼玉県の入間や日高に住んでいて、都内を経由せず横浜に行きたい人たちだろう。もし都心から50㎞圏内にいて横浜に向かうとしたら、わざわざ外側の圏央道に出て、余計な高速代を払ってまで大回りをするだろうか? 16号を利用するか、都内中心部からなら首都高を利用するのが自然だ。
そもそも都内の渋滞は、都心に用事がある人が車で乗り入れるからこそ起きている。実際に、国交省が発表した「都内関連交通内訳(台数)」(自動車交通の現況分析、東京都23区流通交通:丙88号証)によると、圧倒的に多いのは都区部内々交通495万台(70・2%)と都区部内外交通168万台(23・8%)。都心の中だけを動く内々交通と外から都内にやってくる内外交通で94%を占めている。渋滞解消には、この94%を削減する以外ない。
逆に圏央道利用を見込んでいる外外交通は、4万台(0・6%)に過ぎず、しかもこれらがすべて圏央道を使うかどうかも疑問だ。これでは渋滞解消になどつながるはずはない。既存の16号を全線2車線化したり立体交差化した方が効果的だし、費用も少ない。
たった0・6%、4万台分の交通量を都心から逃がすための圏央道全体予算は6兆円だから、費用対効果は最悪。建設費は平均して1m当り2000万円で、高尾山トンネル工事費は1300億円だからトンネル1m当り実に6000万円を越える計算。当然にもこれは高速代に跳ね返る。昨年6月に開通した中央道とつながる八王子ジャンクションは高すぎて利用者が少なく、中央道とセットで30%割引するなど利用者を増やすのに躍起になっている。
しかも国交省自ら、中央環状線の完成により首都高の渋滞は60%解消すると主張している。だから私たちは裁判や公開審理の場で、「そのうえなぜ圏央道が必要なのか」と問い続けてきたが、国交省は決して答えようとしなかった。既に建設計画が発表されてから24年、交通状況も変化し今後少子高齢化により交通量が減少していくことは明らかだ。
いまや国と地方の債務は、700兆円をはるかに超え、さまざまな債務をあわせると1000兆円以上。国民1人当たり1000万円の借金を抱える時代に圏央道建設を続ければ、ますます未来への負担を増すことは間違いない。
かってロンドンでも、渋滞解消のためにM21環状道路を建設した。しかし誘発交通はさらなる渋滞を引き起こしたため、環状道路による渋滞解消は断念。都心への車の流入を規制し減らす交通政策に切り替えている。東京都や国交省はこれに学ぶべきだろう。
<住民参加で計画の再検討を>
圏央道東京都内分22・7㎞の計画が発表されたのは、1984年夏。地元になんの事前の説明もない突然の発表で、多くの住民は新聞紙上で初めて知った。すぐさま八王子ジャンクションが作られる裏高尾の住民と八王子市民が一緒になって、「裏高尾圏央道反対同盟」が結成された。
とりわけ当時から裏高尾地域は中央道による様々な被害を日常的に受けており、圏央道建設に対するリアクションは早かった。中央道建設の際は、高速道路への理解も乏しく反対をする間もなく建設された。以降、騒音や排気ガスによる被害に苦しんできた住民は、危機感をつのらせた。中央道小仏トンネルを掘った際には残土が谷間に放置され、生態系が変わってしまうなどの環境破壊も目の当たりにしていた。四季折々の豊かな表情を見せてくれる高尾山を常に身近に見てきた人々は、巨大な橋脚が立ち並ぶ景観破壊を見過ごすこともできなかった。
1986年、都と国は環境アセス案を出すが、実地調査はいい加減だった。高尾山に生息する植物が欠落し、生息していない植物が記載されるなどの不備が多数あり、住民は11755通もの意見書を提出。これに対し1988年に都と国は見解書を出すが、この内容がさらに不十分であったため、住民らは再度47938通の意見書を提出した。都の環境影響評価条例が始まって以来の多数の意見書が出され、日本で初めての住民アセスメントも行われた。しかし都や国はこれをいっさい無視し、1989年に都市計画を決定した。
その後長年の反対運動は、国交省の切り崩し工作や高齢化などによって行き詰ったが、それを打ち返すべく2000年、圏央道工事差止請求訴訟、通称「高尾山天狗裁判」が起こされた。現在原告は1300人を超え、個人やエコアクション虔十の会を含めた7つの自然保護団体によって構成されている。この裁判をきっかけに高尾山トンネル問題は、東京に残された貴重な自然を守ることは圏央道建設よりもはるかに公共性が高いと考える広範な都民の参加を得て大きな動きとなった。
しかし2007年6月15日、地下水脈など高尾山の自然への影響は認めるものの、工事を許可する地裁判決が下り住民は敗訴。現在高裁で争っている。これ以外にも事業認定取り消し訴訟、収用裁決取り消し訴訟などが行われているが、日本の裁判は時間がかかる上に裁判中でも工事は進められる。本来なら判決が出るまで工事はいったん止めるべき。例え裁判で勝っても、高尾山の自然が破壊されてからでは手遅れだから。
しかし国交省側は、工事を既成事実として積み重ね、後戻りできないようにしている。実際に圏央道あきる野裁判の地裁判決で勝利した住民の家は、その後収用されてしまった。裁判結果を待たずに収用対象の家の玄関先まで橋脚を立てた国交省は、国民の税金をつぎ込んだことで新たな公共性を生じたと主張。結局事情判決により収用が許可されたのだ。
だからこそ私たちは、裁判だけでなくより大きな世論によって圏央道建設をストップさせなければいけない。2008年1月に行われた八王子市長選には、「高尾山の自然をまもる会」の事務局長を務めてきた橋本よしひろ氏が立候補。高尾山をトンネル工事から守ることを掲げ、大型公共事業や大企業誘致ではなく、環境と経済のバランスの取れた政策を訴えた。
残念ながら選挙は1万7000票差で惜敗した。しかし橋本氏には、高尾山を守りたいと願う6万3540票が寄せられた。この多くの想いを無駄にすることはできない。そこで私たちは、高尾山を守るために購入したトラスト地を守り抜く座り込みを開始。目の前では、係争中にもかかわらずトンネル工事は強引に推し進められており、日々高尾山の悲鳴を聞きながら座り込んでいる。
もう一度都と国交省は考えてもらいたい。計画が発表されてから4半世紀、時代は大きく変わりつつある。右肩上がりの経済成長はあり得ず、サステナビリティこそがメインテーマとなった。生きていくための基盤である自然環境を破壊して、人類の未来はあり得ない。日本一生物多様性に恵まれた山こそ、最も公共性が高いのではないか。
もちろん道路すべてが悪いわけではない。本当に必要なのかどうか住民を交えて論議し、失うものと得るものをきちんと考えることが大切。どうしても圏央道が必要だと主張するなら、なぜ迂回路の検討さえできないのか? 高尾山にトンネルを掘ることでお金がかかる工事をするのが目的なのか、と疑いたくもなる。
私たちには、大都会東京からアクセスも良い豊かな自然環境を次世代に残す責任がある。国がその責任を果たさないのなら、きちんと果たすように働きかけることこそ、今私たちがやるべきことだと思う。
※現在の座り込みの様子は「虔十の会」のブログに連日アップされています。
http://kenju-iitomo.sblo.jp/
