被曝による住民の健康被害は明らか

 2月16日、茨城県東海村の舟石川コミュニティーセンターにて、「JCO健康被害裁判 裁判の勝利をめざす決起集会」が開催された。主催はJCO事故健康被害裁判を支援する会。最初に、会代表の坂本正誠さんは「判決が近くなっています。私たちは勝つものと信じている」と挨拶。

 1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社JCOで日本の原子力史上最悪の臨界事故が発生。多くの住民が被曝したが、JCOは健康被害について何の補償もしなかった。2002年、「臨界事故被害者の会」はJCOと親会社の住友金属鉱山に対して損害賠償請求を訴えた。

 提訴した今回の裁判原告側弁護士から報告。原告の大泉恵子さんの弁護を担当した海渡雄一弁護士は、当初裁判が恵子さんのためになっているか不安だったと振り返った。恵子さんはJCO臨界事故で受けた精神的なショックから、最初は裁判の傍聴すらできなかった。海渡氏は「非常に時間がかかったけれども、恵子さんは証人として法廷にたてるようになった。恵子さん自身のリハビリにもなったといえる」と語った。

 伊東良徳弁護士は「個人が原子力産業に対し裁判をするのは困難。ましてや原子力村と言われる東海村のなかで、地域の支配企業(原子力産業)に対して裁判を起こすのは非常に大変なこと。大泉さんたちが立ち上がった意義は大きい」と強調。

 「事故直後、被告のJCOは平謝りだったが、裁判では謝っていない。恵子さんの主治医は臨界事故によってPTSDになったと診断している。JCO側は、恵子さんと面識もない一介の医師の意見書を出して因果関係を否定し、反対尋問にも応じない。卑怯なやり方で裁判を進めている。JCOのやり方はかなり悪辣だと思える」

 続けて支援者から発言を受ける。反原子力茨城共同行動の根本がんさんは、「いま各地で原発に対する裁判が起きている。原発に対して納得のいかないことが数多くでている。JCOは近隣住民に心から謝ったことはない。こうしたことは許してはいけない、闘うしかないと思った」。

 東京から駆けつけたJCO臨界事故調査市民の会の望月彰さんは「科学技術庁は(JCO臨界事故を)作業者のせいにした。しかし福島瑞穂氏の質問で核燃機構(旧動燃)がJCOに無理な注文をしていたことが分かった。しかし裁判ではそのことを握りつぶした。大泉さんの症状は放射能による急性障害であり、長崎や広島、チェルノブイリ被害と同じ。私たちも東京圏で頑張っていきます。ともに頑張りましょう」。

 市民講座ハチドリの会の大山さんは「地域住民を無視している原子力産業に対して抗議をしていきたい」と述べた。

 最後に原告の大泉昭一さんは「事故後3年間、月に1~2度JCOと交渉をしてきた。JCOは風評被害など経済への影響を認めたが、健康被害は認めなかった。本来は逆ではないか。JCO側の担当者も2カ月に1度変わった。休業補償を認めたのはたったの1日で、病院にかかった費用は自己負担。全く話しにならず、裁判しかないと思った」と訴訟のいきさつを説明。

 「妻は事故が起きた翌日から起きられなくなった。こんなにつらい目はかつてなかった。(近隣住民)600名近くがいまだに苦しんでいる。私はJCO臨界事故を風化させたくない。最後まで頑張りたい」と決意を語った。

 JCO健康被害賠償裁判の判決公判は2月27日、水戸地裁で午前10時30分から開かれた。

 (判決の詳細は1264号に掲載予定)

大泉昭一さん