警察庁は昨年秋、道交法改正試案に突然「自転車の車道通行が危険な場合は、通行禁止などの処置を講ずる」とする一文を盛り込んだ。

 自転車を車道から排除し歩道へ追いやろうとするこの改正案が公表されるや否や、「歩道に上がった自転車は歩行者を危険にさらす」「自動車中心の交通政策だ」との強い批判が各方面から噴出。警察庁は当初の方針を撤回せざるを得なかった。

 その結果、今年6月14日に可決された改正道交法に「車道締め出し条項」は盛り込まれず、自転車配送便で働くメッセンジャーや、通勤に自転車を利用する自転車ツーキニストはほっと胸をなでおろした。最悪の事態=「都市部幹線道路での自転車通行禁止」はなんとか回避された。

<本音では自転車を歩道に上げたい警察庁>

 私自身SENKI1239号(2007年3月5日発行)掲載の拙稿「警察庁・道交法改正試案は、歩行者を危険にさらす」で論じたように、改正案には大反対だったから一安心だ。

 しかし改正された条文を詳しく見れば、それほど手放しで喜べる状況ではない。第63条の3では、自転車の歩道通行になお余地を残している。「車道または交通の状況に照らして・・・安全を確保するために当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められる時」は、自転車は歩道を通行しても良いと記されているのだ。

 はたして「やむを得ない」とはどんな場合なのか。警察庁は超党派国会議員による「自転車推進議員連盟」が今年2月7日に開いた総会の場で、「道路工事などのあくまで限定された緊急避難的なもの」と説明した。しかしながら、最近幅の広い歩道上には着々と自転車通行レーンが作られている。もし歩道上にレーンがあれば、現場の警察官は「車道は危険だから歩道を走りなさい」となし崩し的に規制するかもしれない。

 確かに日本の道路事情では、自転車で車道を走行することは決して安全でも快適でもない。専用レーンは幅の広い幹線道路にさえほとんど見られないし、クルマを避けて走ろうとすれば車道の端に追いやられる。しかし、道路側石とのギャップにタイヤをとられる危険性が高く、最悪の場合には転倒してしまう。

 駐車監視員制度の導入で違法駐車はかなり減ったとはいえ、路肩に停車している車を避けながらの運転は、安全に一定のペースでペダルをこぐ環境からは程遠い。さらに悪質なドライバーは幅寄せをしたり、クラクションで威嚇したり、罵声を浴びせたりもする。道交法で定められた通りに車道を走行している自転車乗りにしてみれば、本当に腹立たしい限りだ。

 警察は「だから歩道のほうが安全だ」と主張するのだろうが、それは本末転倒でしかない。自転車が歩道を走れば、歩行者にとって大きな脅威となる。「自転車ツーキニスト」の生みの親である疋田智氏は、今年2月号の『funride』で「警察庁の官僚どもはいったい何を考えているのだろう」と怒り、問題の深刻さを指摘していた。

 「暫定法である道交法63条の4(指定歩道を自転車通行可とする法律)の成立からもう30年が経つ。その30年の間に、彼らは道路インフラの整備も、法整備も、はっきり言って、何もやってこなかった。その怠惰のツケを歩道の弱者に回そうというのが今回の構図だ。その結果、盲導犬と視覚障害者と自転車を歩道に押し込めて恥じない、世界的にもまれな反社会的法案が提出されようとしている」

 幸い疋田氏などの努力によりなんとか法案は頓挫させたが、余りにも自動車優先の道路行政を変えない限り、本当の解決にはならない。

<ヨーロッパ都市部では自転車が主流に>

 本紙1244号で清水真哉氏はドイツの経験を語っている。

 「ドイツでは90年頃、歩道上に自転車走行レーンをつくろうとしていました」「しかし、この政策は長く続きませんでした。歩行者にとって大変危険だからです。私自身、当時ドイツで歩道を歩くのは怖かった記憶があります。真横をスピードを出した自転車がすり抜けていくので、常に後ろや脇を気にしながら歩かなければいけませんでした」

 結局ドイツはこの政策をやめ、車道に自転車レーンを確保し、自転車専用道路の整備も進んでいる。

 さらに今年7月、フランスの首都パリではコミュニティサイクルシステムが始動した。運営主体は大手広告代理店のSOMUPI社。1600枚の 広告パネル権を取得するかわりに、自転車レンタル事業「ベリブ(Velib')」の運営費を負担する。

 ベリブはVelo(自転車)とliberte(自由)を組み合わせた造語で、いかにもフランスらしい。市内には300メートル毎に無人のサイクルポートが配置され、合計1万台の自転車は24時間利用可能だ。好きな場所で借り、どこへでも返却できる。

 利用に際してはサイクルポートの自販機で1日か1週間のパスをクレジットカードで購入。最初の30分は無料だ。開始直後から大人気で、わずか2カ月で貸し出し総数は400万台を突破している。

 まさに都市交通の中心に自転車が踊り出た形だが、そもそもパリ市長のベルトラン・ドラノエ氏は就任以来6年間、一貫してパリ市内への自動車の流入削減と公共交通機関の整備を進めてきた。昨年12月には路面電車を復活させ、自転車道路網はこの10年ほどで50倍以上、総延長400キロ近くに伸びた。その結果、パリが排出する温室効果ガスは最近5年間で32%も減少している。

 ヨーロッパでは既に、こうした大胆な都市交通政策の転換が行われている。ところが日本の交通政策は、相変わらず自動車に偏重している。それにより慢性的な交通渋滞や大気汚染、温室効果ガスの増加など、様々な問題が改善されるどころか深刻化する一方だ。

 私は以前東京都内に勤務していた際、たまたま雨の日に会社の車で出勤したことがある。普段は自転車で50分、徒歩と電車なら1時間の通勤だが、渋滞に阻まれて1時間15分もかかった。運転には気を使うし、会社に遅刻しやしないかとイライラするばかりで良いことはほとんどない。

 その点自転車通勤は朝夕の運動になり、お金もほとんどかからない。何より四季折々の変化を肌で感じ、都会の生活で忘れかけている自然の感覚を取り戻すことができる。

 人にも環境にも優しい自転車を利用しやすい道路環境こそ、行政が本腰を入れて整備するべきなのだ。そのためにはまず、ロードプライシングなどの流入規制により都市部における自動車過密状態を緩和することが必要だ。その上で車道に自転車レーンを設け、快適で安全な通行を確保するべきだろう。

 石原都知事はぜひ、姉妹都市であるパリの交通政策から学んで欲しいものだ。

     斉藤円華(30代 ライター)

(1258号 2007年12月25日発行)

欧米では自転車専用レーンが当たり前