クラスター爆弾廃絶に向け国際世論を喚起しよう
地雷廃絶はわずか6つのNGOから始まった
クラスター爆弾を禁止するオスロ・プロセスの第3回会合が12月7日ウィーンで行われ、過去最多の138カ国が参加した。日本でその運動の中心を担うのは、地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)。JCBL運営委員目加田説子さんが10月21日埼玉県新座市で行った講演を採録する。
<子どもたちを苦しめるクラスター爆弾>
現在世界では、少なく見積もっても34カ国がクラスター爆弾を生産しています。使用している国は23カ国、備蓄している国は日本も含め70カ国以上あるといわれています。
99年以降はイラク、アフガニスタン、コソボ、そしてレバノンで大量に使用されました。ベトナム戦争時にアメリカ軍が大量に投下したクラスター爆弾は、未だにラオスの人々を苦しめています。
クラスター爆弾は非人道兵器です。その理由の一つは、無差別兵器だからです。大きな爆弾の中にたくさんの子爆弾が入っており、それが広範囲に飛び散ることでサッカー競技場約3面分の範囲にいる人を無差別に殺します。攻撃対象が軍需工場であったとしても、周辺に民家があれば巻き込まれるのです。
さらに深刻な問題は、多くの不発弾が残ることです。クラスター爆弾の起爆は、Explosion upon impact。投下された際の衝撃で爆発するから、不発弾が多くなります。コソボ紛争の場合、冬季に大量のクラスター爆弾が投下されましたが、雪が積もっていたため多くが爆発しませんでした。他にも、木に引っかかってしまうなど様々な要因によって不発弾が出ます。
草原などに落ちている不発弾を子どもたちが拾うと爆発します。0歳から19歳の年齢層では、クラスター爆弾の被害者は対人地雷よりも圧倒的に多いのです。子どもが最も被害を受ける、これもクラスター爆弾の特徴です。
不発弾の処理は極めて困難です。対人地雷の場合、上からの圧力や衝撃によって爆発しますが、クラスター爆弾は振動にも反応します。道ばたに落ちているクラスター爆弾の脇を輸送車などが走った場合、踏まなくても爆発することがあります。従って処理は地雷除去以上に困難であり、紛争後の大きな障害になっています。
<オスロ・プロセスが動き出した>
今年になりノルウェー政府が中心になってクラスター爆弾を禁止する動きが本格化しています。
2月にオスロ、5月にペルーのリマ、そしてつい先日セルビアで一連の会議が開かれました。49カ国が参加したオスロ会議では、オスロ宣言が採択されました。これはクラスター爆弾の使用、生産、備蓄、委譲(=貿易)を禁止し、除去を義務化する包括的な条約形成へ向けた宣言です。ルーマニアとポーランドは反対、日本は留保(=実質的には反対)しましたが、46カ国は賛成しました。
その後オスロ宣言に対する世界の関心は非常に高まり、各国政府関係者も無視できなくなりつつあります。宣言を採択する国は当初は46カ国でしたが、現在では82カ国に増えています。
今後12月にウィーン、来年2月にニュージーランドのウェリントンで会議が予定されており、そこで条約案の起草が始まり、来年5月にアイルランドのダブリンで条約採決が行われると思います。その前後は運動的に大きな山場となるでしょう。
私の予想では、その後来年夏から秋にかけてオスロで条約の採択式が開かれると思います。もちろんすべてスケジュール通りに進めばの話ですが、どれだけ世論が盛り上がるかにかかっています。
残念ながら日本政府は安全保障上の理由からこの条約に賛成しておらず、様子見の状態です。今後JCBLの最大の目標は、1日も早く日本政府をオスロ・プロセスに参加させることです。
日本がオスロ・プロセスに消極的なのは、アメリカをはじめとする大国の動きに規定されているからです。アメリカや中国、イスラエル、ロシア、インド、パキスタンなどは未だに対人地雷を禁止したオタワ条約さえ批准していません。
一方でCCW(特定通常兵器使用禁止制限条約)にはアメリカや中国、ロシアが入っていますから、日本政府はこちらの枠組みを重視しています。CCWでクラスター爆弾を規制できるのなら、新しいプロセスを作る必要はないと主張しているのです。
こうした日本政府の主張を私たちが覆していく必要があります。
<オタワ条約はNGOの主導で実現した>
その場合、対人地雷全面禁止を実現したプロセスの教訓を活かすことが必要です。
オタワ条約で全面禁止となった対人地雷についても、当初日本政府をはじめとして多くの国はCCWの枠組みにこだわっていました。そこでNGOサイドは、CCWの第2議定書の対人地雷を「ある程度禁止」する条項を改正することで、全面禁止を実現しようとしたのです。
しかしNGOの懸命な働きかけにも関わらず、各国政府はなかなか動き出しません。そこで独自の条約締結を目指すことに方針転換したのです。
こうして92年10月、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスの6つのNGOによってICBL(地雷禁止国際キャンペーン)は発足しました。その後ネットワークは世界中に拡大。参加団体は数百、数千と増えていきます。
世論を喚起するためのキャンペーンが展開され、各国内で政府に働きかけが行われました。私たちJCBLも遅ればせながら傘下に入り、メディアに対してどのように働きかけるか、政府に対する要望書の書き方など、様々なノウハウを教えてもらいました。
96年10月オタワで開催された国際会議では、カナダ、南アフリカ、ベルギー、オーストリア、ノルウェーなどの国々とICBLなどのNGOが中心となって対人地雷の全面的な禁止へ向けたオタワ宣言が発表されました。そして翌97年12月、念願のオタワ条約が成立したのです。この1年2ヶ月の過程は、オタワ・プロセスと呼ばれています。
条約成立のために活躍したICBLは、この年のノーベル平和賞を受賞しました。
<オタワ・プロセスの教訓を活かそう>
ICBL誕生からわずか5年でオタワ条約を成立させることができたのはなぜでしょうか。その根拠を探ることで、今後クラスター爆弾廃絶運動を進める上での様々なヒントを見つけることができると思います。
第1には、より広い視点から問題設定したことです。対人地雷を禁止することは、通常は軍縮問題として考えられがちですが、ICBLは人道問題として訴えました。90年代初頭には、1年間に約2万4千人が地雷の被害を受けていました。ほとんどの人たちは何の罪もない非戦闘員、一般の市民でした。ICBLはこうした現実を暴露し、人道的視点から対人地雷廃絶を訴えたのです。
こうした視点は、クラスター爆弾廃絶運動のなかでも引き継いでいく必要があります。
第2には、各国政府や国際機関との連携を重視したことです。いくら条約作成を呼びかけても、条約を締結するのは主権国家の政府です。各国の政府を巻き込まない限り条約は作れません。
オタワ条約は、冷戦終結後の世界で発言力を増しつつあったカナダや南アフリカ、ノルウェー、アイルランド、ベルギーなどの中堅国のイニシアティブによって実現したと言っても過言ではありません。アメリカ、ソビエトの2つの超大国が対立し、両者を中心に国際政治が動いていた時代が去ったことが背景にあります。
こうした国々は、国際法や人道上の観点から対人地雷を批判しました。戦争の際、国際人道法に反したからといって罰則規定があるわけではなく、処罰されることがありません。だからと言って、戦争で何をやってもいいわけではない。非戦闘員、民間人を巻き込む非人道兵器の使用は許されないと主張したのです。
現在のオスロ・プロセスでは、ノルウェー政府が中心になって動いています。しかし、ノルウェー以外にも中核的となる国が多数出てこなければ影響力は拡大できません。オタワ・プロセスと比べて中核国のグループが未形成なことは、今後のオスロ・プロセスにとって大きな課題です。
第3にオタワ・プロセスでは、メディアなどを活用したキャンペーンによる世論喚起に成功しました。イギリスの皇太子妃ダイアナさんが対人地雷問題に熱心だったこともあり、多くのメディアが取り上げました。おかげで対人地雷のことは何となく知っている、どこかで聞いた、テレビで見た、新聞で読んだと多くの人々が関心を持ってくれました。
それに比してクラスター爆弾問題は、まだまだ知らない人がたくさんいます。日本で今後クラスター爆弾に反対する世論を盛り上げていくためには、多くの人々に訴えるキャンペーンを展開できるのかは大きな鍵となります。
ホワイトバンド・キャンペーンでは、サッカー選手の中田英寿さんや女優の藤原紀香さんなどスポーツ界や芸能界の有名人が登場することで、貧困問題は社会に広く認知されました。
クラスター爆弾を廃絶するためにも同様のキャンペーンが必要です。残念ながら日本のみならず世界でもまだ実現していませんから、今後の課題ですね。
<一人一人の想いが状況を変える>
私たちJCBLは、97年7月に誕生しましたので、今年ちょうど10年になります。この間様々な活動に取り組んできました。
日本政府に対しては、オタワ条約の早期批准を求めて署名活動や要望書の提出を行いました。政府が批准した後は、対人地雷の保有は禁止されますから、自衛隊が保有していた地雷の破壊作業の現場にも立ち会いました。
同時にオタワ条約に未加盟の国には加盟するよう働きかけ、防衛省や外務省とも直接話し合って要望を伝えました。残念ながらアジアは世界で最も加盟国が少ない地域です。非加盟の国の政府や人々に少しでも関心を持ってもらうための様々なキャンペーンを行いました。
この問題に関して「私たちにできることは何ですか」と度々聞かれます。私自身は、まず何よりも知ること、そしてそれを伝えること、行動すること、このスリーステップが大切だと思います。どんな問題でも、自分たちには関係ないと考えている限り一向に解決しません。
例えば、日本の三大メガバンクである三井住友、みずほ、三菱東京UFJは、クラスター爆弾を製造しているメーカーに投資しています。私たちが銀行に預けているお金が、非人道兵器の製造に使われているのです。こう考えれば、ほとんどの国民はクラスター爆弾の問題と無関係ではありません。
一度こうした事実を知れば、今度はそれを他者に伝える責任が生じます。「世論」とは私たちとかけ離れたところに存在しているものではありません。「世論」の中には私たち自身が含まれ、「世論」は私たち自身が創るものです。だからこそ、私たちが知ったことを他者に伝えることはとても大切なのです。
そして自分自身が率先して行動する。多くの人たちの行動の積み重ねにより世界を変えることは可能です。こんな風に簡単に言うと「何てお気楽な理想主義者なんだろう」と思われるかもしれませんが、対人地雷禁止条約は一人一人の行動の積み重ねによって実現したのです。
ICBLがわずか6つの団体で発足した際、多くの人々は非現実的な運動だとしか評価しませんでした。当時世界で100カ国近い国が対人地雷を保有し、使用していました。それだけに、兵器生産者など多くの利害関係者が存在していたのです。
なおかつ実際に使用されている兵器を禁止し、それを使えないものにすることは困難です。その意味では、確実に保有しているのは8カ国のみ、保有を疑われているのも2カ国に過ぎない核兵器を禁止するよりもずっと困難なことだと考えれらていたのです。
しかしICBLは決して諦めませんでした。象徴的な事例を紹介しましょう。オタワ・プロセスの中心を担ったカナダ政府を動かしたのは、多くの人々が送りつけたファックスなのです。
実はカナダ政府は当初、対人地雷禁止に消極的でした。ICBLはこれに抗議するファックスを送るキャンペーンを呼びかけました。すると政府のファックスが機能しなくなるほど抗議が殺到したのです。結局カナダ政府は、「今後市民と対話するのでファックスによる抗議は止めてほしい」と姿勢を変えざるを得ませんでした。
まさに対人地雷全面禁止を実現したICBLの活動を支えたのは、知り、伝え、行動した一人一人の想いです。オスロ・プロセスの成功のためにも、クラスター爆弾を廃止へ向けた皆さんの熱い想いこそが何よりも大切です。
PROFILE▼めかた・もとこ
地雷廃絶日本キャンペーン(JCBL)運営委員。中央大学総合政策学部教授。日本国際交流センター、フジテレビ報道局報道センター勤務、コロンビア大学大学院を経て、大阪大学大学院で博士号取得。東京財団研究員、経済産業研究所研究員、大学講師を務め、2004年から現職。著書に『地雷と人間』『国境を超える市民ネットワーク-トランスナショナル・シビルソサイエティ』『地球市民社会の最前線-NPO・NGOへの招待』『ハンドブック市民の道具箱』など
