東京中心の国づくりは行き詰まった

 知り合いから送られてきたメールの表題は「若手社会企業家と行く!冬の農村体験バスツアー」。地域振興と新しい農業のあり方に触れてもらうことが目的のようだ。2泊3日のバスツアーの行き先は富山。私の郷里なので興味が湧き、申し込んでみた。

 メーリングリストで参加者の自己紹介を見ると、20代の若い人が多い。学生もいるがNPOで働いている人もいる。参加者は当初予定していた20名を大幅に超えて約40名の参加になった。どんなツアーになるのかと思いつつ出発日となった。

<生活と文化が景観を生み出す>

 2月8日金曜日の深夜、新宿に集合し大型バスに乗り込む。今回のツアーを企画したのはNPO「コトバノアトリエ」の代表理事・山本繁さん。生きづらい時代に生きる若者のために、小説教室やインターネットラジオ「オールニートニッポン」を開設。最近は漫画家を目指す若者に住まいを安く貸す「トキワ荘プロジェクト」も手がける。富山県内の大学講義に招待されたことが縁で今回のツアーにつながったという。東京と地方の若者をつなぐ試みだ。

 バスは関越道、上信越道、北陸道を経て富山県内に入った。最初に東海北陸道で岐阜県境に近い五箇山・菅沼集落へ向かう。インターチェンジを降りると辺りは一面の雪景色。参加者の中にはスニーカーを履いている者もいる。雪で濡れないかと少し心配だ。

 まずは五箇山生活館で合掌造りの仕組みを解説してもらう。雪深い地で発達した合掌造りは風土にあった非常に合理的な構造で、1995年に世界遺産に指定された。案内した地元の人は「人々が歴史的建築物に住み、そこで生活していることが評価された。住民がいなくなれば指定は解除され、保存も困難になる」と語る。

世界遺産に指定された富山県五箇山の菅沼集落を見学

 景観は単なる見せ物ではなく、そこで生活する人々と共にある。人々の営為が今ある風景をつくりだしてきたことを改めて実感。安易な観光地化ではない、地域に根ざした活性化が必要なのだ。

 昼食後は富山市の繁華街にあるフォルツァ総曲輪に移動し、映画上映会。映画は『今日という日が最後なら、』。八丈島を舞台に二人の姉妹がお互いの生き方を見つけていくストーリーだ。

 監督の柳明菜さんは、今回の作品がはじめての映画製作。大学のゼミ合宿で訪れた八丈島にほれこみ、かねてより作ってみたかった「映画」で島おこしをしようと決意した。作品のキーワードは八丈太鼓や黄八丈の染め物など、風土の中で育まれてきた様々な文化。映画には島の人が総出で協力。撮影のために実際に八丈島で祭りを開催し、映画のラストシーンに使われた。映画作りと島おこしの一体化だ。

 映画のラストソングを歌った元爆風スランプの「サンプラザ中野くん」も登壇。監督との対談で盛り上がった。

 夜は廃校となった学校を利用した宿泊施設「しらくら山の学校」へ。夕食は地元富山のたらを使った鍋。野菜は明日訪れる「土遊野」農場の有機野菜だ。あまりのおいしさにあっという間に鍋は空っぽとなった。

<百の仕事をこなすのが本当の百姓>

 翌朝、凍結した雪をふみしめながらバスに乗り込み、旧大沢野町にある「土遊野」農場に向かう。神通川を渡り、小高い山を登ると、雪深い集落、土(ど)にたどり着いた。案内するのは橋本順子さん。橋本さんは茨城の出身だが農家の出ではない。夫の秀延さんも元は非農家だ。

 二人は森林の下草刈りボランティアをきっかけに知り合った。その時合宿所として使われていた分校が現在の集落にあった。橋本さん夫妻は結婚して集落に移住。無農薬・有機栽培の米作り、平飼養鶏、無農薬の野菜づくり、自家製小麦と天然酵母のパンづくりなど、有畜・循環型複合経営の農業を20年以上続けてきた。

 雪に閉ざされる冬場は養鶏が中心となる。参加者はここで鶏卵を収穫。鶏舎にはいると鶏糞による悪臭がほとんど感じられない。その秘密は鶏の餌にあった。もみ殻を土着菌を使って発酵させ、それを野菜くずやくず米などに混ぜて飼料にしている。さらに鶏糞は鶏舎で使われるもみ殻と一緒に畑にすき混まれ肥料となる。完全な循環型農業だ。

有畜循環型の「土遊野」農場で発酵したもみ殻に触れる参加者

 飼料用のコーンも栽培し、輸入飼料は使わない。農場には窯もあり、時折器を焼く。かつては羊も飼い、フェルトも織っていたそうだ。徹底した自給自足の方針に驚いた。

 「百の仕事をこなすのが百姓。衣食住の環境をどれだけ自分でつくれるか。その技術を次の世代につなげていきたい」と語る橋本さん。「土遊野」農場には現在、若い研修生が4人働いている。外国から訪れる研修生もいるという。土遊野の「野」には、「野原=バリアフリー」の意味が込められている。色んな人と豊かさを分かち合いたい。そんな開かれた場が人をよび寄せるのだろう。

<大都市東京こそが限界集落>

 農場見学の後はフォルツァ総曲輪に移動し、シンポジウム『若者が変える!ニッポンの地域と農業』に参加。「サンプラザ中野くん」が映像出演し「日本全体が行き詰まっている。中央集権ではなりたたない。日本の農業も同じ農薬や化学肥料を使い画一化されていたのではないか。これからは個性を出す農業生産者が地域を活性化していく」とエールを送った。

 橋本順子さんも登壇し、ツアーに参加した株式会社「みやじ豚」社長の宮治勇輔さんと対談。

 父親の養豚業を継いだ神奈川県藤沢市の宮治さんは、規格と市場の相場で生産物の価格が決められることに疑問を感じてきた。「これからは消費者の口に届くまで農家が一貫してプロデュースする。お客さんの顔が見え、感動と喜びがある農業はやりがいがある。農業の後継者不足はやりがいを感じられない構造にこそ問題がある」。

 橋本さんは自身の集落が「限界集落」(社会的共同生活の維持が困難になった集落のこと)と呼ばれることに対して「農場にはお金で買えないものがある。土から切り離された東京こそが限界集落ではないか」と語った。

 パネルディスカッションでは、富山県の若手農業者が登壇。その一人、富山市八尾町の村上満さんは、無農薬栽培の桑の葉の栽培から流通までプロデュースし、障がい者自立支援のビジネスとまちづくりに取り組んでいる。村上さんは八尾町の観光名物となっている「風の盆」に言及。「もともと『風の盆』は養蚕業の体いやしから始まった。第三次産業は第一次産業を土台になりたっている。その原点に帰るつもりだ」。

シンポジウムには地元農家も参加

 シンポジウムの終了後、「土遊野農場」の有機野菜やパン、鶏卵をつかった料理で懇親会。日本米とインディカ米を掛け合わせた香り米のライスサラダがおいしい。「みやじ豚」の肩ロースも絶品だ。食事に舌鼓を打ちながら、様々な年齢・地域・職業の人々がお互いに語り合う。

<自分の故郷富山を見直した>

 翌日は富山のもう一つの魅力である海に向かう。富山県東部・魚津市の海の駅では、獲れたばかりの海産物を味わう。ノドグロやエゴバイの刺身、白子を少しゆでたものなど、あまりのうまさに思わず笑みがこぼれる。他にもカニやイカ、ナマコ、ブリや太刀魚などが並び、立山連邦から流れ出る河川が富山湾の豊かな漁場を作り出していることを実感した。

 今回のツアーは、改めて自分の生まれ育った故郷を考え直すきっかけになった。「食」・「農」・「地域」は、いまや危機的状況にある。グローバル化の波の中で、自分たちがよって立つ基盤が掘り崩されているように感じる。しかし危機的な状況の中には、新しい可能性があるのかもしれない。ツアーに参加している多くの若者から、いままでの価値観とは違うものを作りだす意志が伝わってきたことに励まされた。

(1262号 2008年2月25日発行)