今でも続く残留放射能被曝の苦しみ
広島に住んでいた家族は癌で亡くなった
『夕凪の街 桜の国』、『ヒロシマ ナガサキ』など、この夏は被爆をテーマにした映画が相次ぎ上映された。劇場には若い世代の観客が目立ち、原爆の悲劇は世代を超えて語り継がれようとしている。被爆者の一人岩井重人さんは訴える。
8月6日広島では、今年も国内外から多数の人々が参加して平和式典が開催された。
私は広島で被曝し、父は肝臓癌で病死、母と妹は共に癌に罹患し昨年11月、相次いで病死した。家族の中で唯一、私だけが延命できている。
約60年前広島の地で原子爆弾が使用され、大勢の人は直接被爆して生命を奪われた。さらに直接被爆しなくても、後日行方不明となった家族をさがして広島市内を歩き回った人達は、残留放射能に被曝して白血病や癌に罹患した。
核兵器の恐怖は、1回の核爆発だけで終わらない。微量の放射能は長期にわって残り、それに被曝して癌に冒されることも大きな脅威なのだ。チェルノブイリ原発事故でも、多くの住民は残留放射能により甲状腺癌にかかっている。
実際に私の父は直接被爆していたわけではないが、戦争直後より広島に住み続けたことで残留放射能により被曝した。それが原因で十数年前に肝臓癌にかかり、最後は癌が全身に転移し末期癌で苦しみながら死亡した。
母は乳癌にかかり、最後は肺炎が直接の死因となり病死した。妹も直接被爆したわけではないが、被爆2世として広島で出生し、微量の放射能被曝が原因で卵巣癌、肝臓癌にかかり、最後は転移性肺癌で呼吸困難となり病死した。
広島の原爆病院では、多くの高齢化した被曝者が病死している。胃癌や肺癌など癌による死亡が圧倒的に多く、微量の残留放射能による絶え間ない被曝が原因だ。
私は18歳で大学進学のため上京したため、広島の残留放射能の被曝から早期に免れた。だから癌や白血病にかかることなく生き延びることが出来たのだと思う。
未だにアメリカでは、広島・長崎への原爆投下を肯定する意見が多数を占めているようだ。戦争を早く終らせることで米兵の犠牲を最少限に防ぐことができたとか、当時アジアへの影響力を拡大しようとしていたソヴィエトの日本本土上陸を阻止できたと、歴史的事実を歪曲して原爆投下が正当化されている。
自国民の利益のためには、他国民が多数死亡しようとかまわない、長期間の放射能汚染により病死してもやむをえないといった考えは絶対に容認できない。このような誤った考えがアメリカの子供達に教え込まれているとすれば、怒りと同時に深い悲しみを禁じ得ない。民族の相違はあっても、命の重さに変りはないはずだ。
この地球上から全ての核兵器を廃絶することは、世界の多くの人々に共通する悲願だ。しかし、旧ユーゴ紛争やイラク戦争では劣化ウラン弾が使用された。何の罪もない多くの人々、そしてそれを使用したアメリカ軍兵士たちも残留放射能に被曝し癌に冒され生命の危険にさらされている。
私が住む神奈川県横須賀では、アメリカの原子力空母母港化の話がもちあがっている。万一原子炉で事故が起きれば、一時的な被害だけでは済まない。漏れ出した微量の放射能は長期間にわたって住民を被曝させ、白血病や癌が多発する原因となる。
私は家族を失った被曝者の一人として、1日も早くこの全地球上から全ての核兵器を廃絶すること、そして原子力発電所の操業を中止し、新たな原発建設が行われないように願って止まない。
岩井重人(60代 医師)
