安全な場所は死者が眠る墓地だけ 

 2001年の9・11テロから6年を迎える。アメリカはアフガニスタンに報復攻撃を行い、イラク戦争を強行した。
 戦争の口実とされた大量破壊兵器も見つからず、「テロとの戦い」の戦場となったイラクは泥沼の状態だ。今年3月にバクダッドで取材を行ったジャーナリスト綿井健陽さんに聞いた。(写真提供:綿井健陽) 

   
綿井健陽さん

<治安が悪化する一方のバクダッド>

◆今年3月にバクダッドで取材されました

 開戦4周年の時期に3週間ほどバグダッドで取材しました。去年も同じ時期に訪れましたが、現地取材はますます厳しい状況です。

 2003年から04年ぐらいまでは、フリーランスやマスメディア、NGOなどもバグダッドに入れましたし、どこにでも行けました。しかし現在は、地元のイラク人にとってもあまりに危険な状況で取材が難しくなっています。

 イラクのテレビメディアでも護衛をつけているところが多いですよ。外国メディアに関しては実質的に二つしか取材方法がありません。米軍の従軍取材か、民間警備会社を雇っての取材です。丸腰で市街に出るのはほとんど「ロシアンルーレット」の世界です。私も空港から市内までは護衛をつけて移動しました。

 昨年はなんとか可能だったバグダッド市内の病院の取材は、今年は地元イラク人でも無理でした。病院の取材は保健省の許可を取らなければできませんが、そもそも保健省はシーア派の民兵組織に支配されていて近づくことができませんでした。

 イラクは日本と違って子供の数が多いので、バグダッドの産科小児科病棟のベッドはいつも満杯状態でした。しかし最近は患者が減っているようです。患者が病院に行くこと自体が難しくなっているのです。

 患者さんが減る上、医者の誘拐や殺害がこの2年ぐらい相次ぎましたので、国外脱出する医者も増えています。以前から薬は不足していましたが、それに加えて医者も看護士も輸血も足りません。すべてが不足する状態が続いています。

 バグダッドでは、暴力と恐怖によってしか治安を守れません。街全体が監獄のような状態です。政府関係施設やアメリカ軍関係施設は以前からコンクリートブロックや鉄条網で覆われていましたが、こうした場所がどんどん増えています。いつどこが狙われるか分からないからです。

 辛うじてイスラムの休日の金曜日だけは外に出ることが可能です。金曜日は午後3時まで車両通行禁止令が出ますので、車爆弾の可能性はほぼ無くなります。モスクに礼拝に行くのも徒歩で、大通りにも車が走ってないので子どもがサッカーをする光景も見られます。以前は毎日あちこちで子どもがサッカーをしていましたが、今はこの金曜日ぐらいです。それ以外で子どもたちが外出するのは学校を往復するときぐらいです。

 子どもたちに毎日何が心配かと質問してみました。彼らは朝家を出て学校に行き、無事に帰ってこれるかどうかが心配だと語っていました。バグダッド市内はあちこち検問だらけで、普通の日は車がたくさん走っていますので、市民は車爆弾を一番怖がっています。

 私も渋滞に巻き込まれたり検問に近づくと、目の前の車が爆発するのではないかと恐怖を感じました。車爆弾の一番のターゲットになっている検問所を警備する警察官に話を聞きました。2年以上この仕事をしている彼は、午前8時から11時は「魔の時間帯」だと語っていました。

 現在バグダッドの夜は比較的静かです。午後8時から午前6時まで夜間外出禁止令が出ているからです。住民は夕方5時、6時になると一斉に家路を急ぎ始めます。朝外出禁止令が解けて、学校や職場に通う車の往来が激しくなる時間帯に、それに紛れて爆弾事件が起きます。市場に買い物に行く人を狙った爆弾テロも頻繁にあります。

 車爆弾は、以前はミキサー車やトラックがほとんどでしたが、現在は乗用車が使われます。だからまったく判別できません。警備の警察官は、イラクから車を全部無くさない限り絶対に防げないと嘆いていました。

<米軍が残っても去っても地獄>

◆治安回復には何が必要でしょう

 イラク戦争前には、バグダッドはシーア派とスンニ派の人たちは混在して住んでいましたが、今はどんどん分断されて特にスンニ派の人が行き場を失って非常に肩身の狭い思いをしています。

 彼らにとってイラク警察は恐怖の対象で、米軍に捕まった方がましだと訴える人が増えています。米軍に拘束されても生きて帰れるかもしれないが、イラク警察に捕まったら絶対に帰って来れないと怯えています。警察はシーア派の民兵組織に支配されており、検問所で拘束したり家の中に突然押し入って連行します。そして何日後かに遺体で見つかるケースが多いのです。

 刑務所にもスンニ派の人たちが多数収容されています。今回の取材では、刑務所内の状況を取材しているイラク人女性記者に会えました。それによると、イラクの国会議員もイラク中部の刑務所を視察し、収容されている人たちの拷問の状況を調べたようです。背中に鞭で拷問された傷跡がある人たちでしたが、ほとんどスンニ派でした。

 しかし彼らはまだ生きているだけましなほうです。どこかの建物の地下室で拷問され、処刑されるケースもかなりあります。頭をドリルで打ち抜かれたり、銃で撃たれたり、手錠かけられたまま放置される遺体が多数あります。女性の刑務所では、強姦の被害も相次いでいます。

 2005年、イラクでは議会選挙があり、憲法制定も行われました。その政治プロセスのなかで、国内での対立がどんどん激しくなり現在に至っています。2004年ぐらいまでは「抵抗勢力、武装グループ」VS「米軍とそれに協力する人たち」という図式がありましたが、現在ではこうした対立図式は通用しません。

 こうしたなか、米軍の駐留に関して様々な人に話を聞いてみました。バグダッドの人たちの反応は結構複雑でしたね。ちょうど米軍とイラク軍が共同の掃討作戦中で、一時期には減っていた米兵や米軍車両が頻繁に巡回している最中でしたが、かなりの割合の人が米軍が撤退することに不安を覚えていたので、ちょっと驚きました。

バクダッド市内に展開する米軍

 特にスンニ派に不安を感じている人は多かったです。シーア派の人でも、民兵も警察もイラク軍も一切信用できないと考えている人は大勢いました。イラクの人たちのほとんどは、米軍は元々嫌いなので駐留を歓迎していませんが、かといって現在のような状況で米軍が撤退すると、イラク国内の対立、内戦はさらに激化すると不安を感じているのです。

 現在はアメリカ国内でも撤退を主張する人はかなり増えています。今のところ撤退プランは発表されていませんが、次の大統領選挙の結果次第ではどうなるか分かりません。この4年間いかなる措置をとっても治安は悪化する一方でした。イラク戦争を強行し中東の火種を拡大したアメリカにとって、イラクを去るも地獄、残るも地獄です。そしてイラクの人たちにとっても、米軍が去るも地獄、残るも地獄となってしまったのです。

 現在イラクで起きていることは、なかなか一筋縄で解決出来ないし、単純に図式化もできません。爆弾テロの多くはシーア派のエリアで起きますから、日本のメディアは機械的に「スンニ派の武装勢力と見られる」と報道します。

 しかし日本だけではなく、イラクの地元メディアもほとんど同じ報道しかできません。その結果、シーア派の人たちは「またスンニ派のテロリストか」と思ってしまいます。日本と同様、メディアから受ける印象は非常に大きく、宗派間の対立はますます深まっていきます。実際には、バグダッドの中で起きていることをちゃんと把握している人はバグダッドでも誰もいないと思います。

 「テロ」という言葉の意味についても大きな変化がありました。「テロ」はアラビア語で「イルハーブ」です。2003年から04年ぐらいまでは、アラブの人々にとってテロは、アメリカやイスラエルの暴力を意味しました。「アメリカやイスラエルのやってることこそテロじゃないか」と怒る人が多く、子どもたちもそう語っていました。

 しかし現在、彼らは一般市民を狙った自動車爆弾や自爆攻撃の方を「テロ」だと非難するようになりました。いまだに米軍の空爆や攻撃が続いているエリアと、バグダッド周辺ではかなり状況は違います。米軍の捉え方についても地域によってかなり差はありますが、少なくともバクダッドの人たちの多くは、米軍よりも自爆攻撃を恐れています。

◆イランの影響は強いのでしょうか?

 警察、特にバグダッドの警察官はシーア派の人がほとんどです。

 イランから支援を受けている民兵組織はいくつかありますが、それが警察のほとんどを支配しているのが現実です。あるイラク人は、「イラクはイラク人の国では無くなった」と嘆いていました。「既にイラン人に完全に支配されている」と指摘する人さえいます。でも実態はわかりません。

 イラク人が自爆事件を起こしていることも確かですが、やはりシリアやアルジェリア、サウジアラビアなどの周辺国から入ってきて、現在の和平プロセスを崩壊させようとする人たちも多いと見られています。

 特にフセイン政権下にはイランに逃れていた人が、政権崩壊以降この2年ぐらいの間に大量にイランから戻ってきました。スンニ派の人たちは彼らをかなり恐れています。シーア派の人たちですら、イラン系の民兵組織を恐れているぐらいですから。

 イランからの人の流入は止められません。ちょっと打つ手がない状況です。現在の政権もシーア派主体で今後も変わらないでしょうから、このままでは事態が好転する可能性は低いと思います。

<自衛隊は米軍支援を続けている>
 
◆多国籍軍の多くは撤退していますね

 日本では、イラク特措法が延長されました。ちょうど3月私がバクダッドで取材している時に、イラク特措法案が閣議決定されたのです。

 イラクのメディア、特に地元新聞は日本の閣議決定のニュースを結構詳細に報じました。興味深いことは、航空自衛隊の活動について日本のメディアよりもきちんと報道していることです。200人の航空自衛隊がクゥートを拠点に活動しており、主に米軍を支援していると報じ、最後に「しかし日本のメディアは自衛隊については一切報じていない」とまとめています。

 イラクのメディアは、3月20日に日本で開催されたイラク戦争反対開戦4周年集会についてもきちんと報じていました。記事には、「日本はアメリカの一番の同盟国だ」「安倍首相は憲法改正を目指している」「自衛隊の海外派遣の強化を目指している」などとも記されています。

 イラク国内では、米軍同様自衛隊についての評価は分かれます。例えば「自衛隊の活動についてどう思うか」と尋ねると、「自衛隊はアメリカの占領軍の一員じゃないか」と答える人もいます。

 一方でバグダッドでは自衛隊の姿は全然見れないので、多くの人はイメージでしか考えていません。そうすると日本企業のイメージと重なりますから、「何でバグダッドに来てくれないのか」「バグダッドで活動して電気や道路を治してほしい」と要望する人もいまだにいます。

 バクダッドでは家の中で過ごす時間がすごく長い上に、1日平均7〜8時間も停電します。多くの市民はものすごいストレスを感じていますから、生活再建を自衛隊に期待する人もいますし、米軍同様に激しく批判する人もいて複雑です。
 
◆イラクの人々に希望はあるのでしょうか

 私は毎日遺体の埋葬の仕事をしているアリ・バクルさん(22)と話をしました。彼はイラク中部にあるイスラム教シーア派の聖地ナジャフの墓地で働いています。

 彼は墓地の入り口付近から聞こえてくる遺族の叫び声や泣き声で、遺体の死因が推測できると語っていました。

 「スンニ派をののしったり、政府を非難しているときは爆弾テロなどによる死者。病気や事故などの死は、遺族が冷静であることが多い」

 「爆弾テロに巻き込まれた遺体の多くはバラバラになっている。遺族がビニール袋に入れて持って来て白い布で覆い、土の中に埋める。最近はドリルや電気ショックを使った拷問のあとがある遺体も目立つ。遺族も正視できない遺体も多い」

 フセイン政権時代は、墓地に埋葬される1日20体ほどの遺体のほとんどは事故か病気が原因でした。しかし政権崩壊後は銃や爆弾の犠牲者が激増し、最近は多いときで1日100体近くの遺体が運ばれてくるそうです。

 今年1月下旬、イラク軍と米軍がナジャフ近郊へ大規模な攻撃を仕掛け、イラク治安当局は「武装勢力250人を殺害」と発表しました。しかし彼は、その攻撃に巻き込まれた40人以上の子どもや赤ん坊を墓地に埋葬したのです。

 「いつも武装組織による爆弾テロばかりをメディアは伝えるけど、墓地に運ばれる遺体には、遺族の証言などから米軍に殺されたケースも依然として多い。イラク南部から運ばれる遺体も多く、英軍に殺された遺体もかなりあるはずだ」と語っていました。

 アリさんは遺体を埋葬する度に1万ディナール(約900円)ほどの報酬がもらえますが、「だれかが遺体を埋葬しなければならないと思い、神の教えの下で淡々とやってきた。でも、最近の遺族の叫び声や泣き声を聞いていると、時々耐えられなくなる」と苦しみを吐露していました。そして、最後にこう語っていました。

 「イラク人が得たものは銃声、爆音、そして多くの人々の死だけだった。もしかすると、死者が眠る墓地だけがイラクでは安全な場所かもしれない」
                              (談)

PROFILE▼わたい・たけはる
1971年大阪府出身。日本大学芸術学部放送学科卒業後、97年からジャーナリスト活動を始め、98年から「アジアプレス・インターナショナル」に所属。これまでに、スリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争などを取材。03年〜04年にかけては、空爆下のバグダッドや、サマワから映像報告・中継リポートを行った。著書に「リトルバーズ 戦火のバグダッドから」。03年度「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞、第41回「ギャラクシー賞」(報道活動部門) 優秀賞受賞。

・綿井健陽さんのホームページ
  http://www1.odn.ne.jp/watai/
・ブログ・綿井健陽のチクチクPRESS
  http://blog.so-net.ne.jp/watai/
・映画『Little Birds』公式ホームページ
  http://www.littlebirds.net/

(1251号 2007年9月10日発行)