経済成長を前提とした社会保障は持続不可能
        長田武(編集部)

 小泉政権以降の構造改革により、日本における格差は急速に拡大した。今や民間企業で働く労働者の約4人に1人、1000万人以上が年収200万以下だ。

 戦後の再分配政策の中心を占めてきた公共事業が縮小する一方で、医療・福祉などの社会保障費も大幅に削減され、セーフティネットは崩壊した。生活保護制度も十分に機能しておらず、世界に誇る経済大国であるはずの日本では、毎年50人以上が餓死している。

 政府がこれ以上の格差と貧困の拡大を容認することは、明らかに憲法違反だ。憲法25条第1項では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳い、第2項では「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定めている。

 格差と貧困に喘ぐ日本国民は、社会保障制度の抜本的改革を求める権利がある。しかし、右肩上がりの経済成長を前提としたこれまでの社会保障制度は持続不可能だ。

 持続可能な社会保障へのパラダイム・シフトが求められている。

<年金のバランスシートは崩壊している>

 日本の社会保障制度は、「社会保険」(医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険)、「公的扶助」(生活保護)、「社会福祉」(老人福祉、障害者福祉、児童福祉、母子福祉)、「公衆衛生及び医療」、「老人保険」の5本の柱で成立している。

 日本は世界的に見ても公的扶助による給付は極端に少ない。1992年のデータによれば、「人口に占める社会扶助受給者の割合」は僅か0・7%。オーストラリア17・8%、カナダ15・1%、イギリス15・3%、アメリカでさえ17・5%なのに、日本の公的扶助は最低レベルだ。

 逆に日本では公的扶助ではなく、社会保険が重視されている。社会保険は国民が自ら保険料を支払い、給付を受け取るシステムだ。しかし7月参議院選挙でも最大の争点となったように、社会保険のなかでもとりわけ莫大な保険料を国民から預かってきた年金制度は、事実上国家ぐるみの「振込め詐欺」だった。

 国民から預かった年金を官僚は恣意的に運用し、グリーンピアなどの無駄な公共施設に注ぎ込み巨額な損失を生み出した。それだけでなく、5000万件以上の年金記録が事実上消失した。今や年金制度への国民の怒りと不信感は頂点に達している。

 さらに年金問題が深刻なのは、そもそも保険料収入と給付のバランスシート(貸借対照表)が破綻していることにある。年金財政破綻を回避するため、2004年6月に年金改革法が成立した。国庫負担引き上げ(基礎年金の3分の1から2分の1へ)、年金保険料引き上げ(現行の13・58%を04年度から毎年0・354%ずつ引き上げ、17年度以降18・3%で固定)が決まった。国民にさらなる保険料負担を求め、逆に給付は実質的に引き下げることになったのだ。そのしわ寄せはどこに行くのか?

 「年金の達人」として有名な一橋大学教授高山憲之氏は、厚生労働省が発表した厚生年金のバランスシートを分析した上で次のように語っている(「厚生年金をバランスシートで斬る」2004年7月6日号『エコノミスト』)。

 「(年金改革により)将来拠出にかかわるバランスシートは420兆円もの資産超過状況が発生する。そして、この資産超過分で過去拠出対応部分の債務超過(420兆円)を帳消しにしようとしている」

 「将来拠出にかかわるバランスシートが、多額の資産超過になることは何を意味しているのだろうか。それは、これから保険料を拠出する人にとって、年金負担より年金給付の方が総じて少ないこと(給付は負担のほぼ70%)を意味する」

 「そもそも500兆円に及ぶ財源の未手当ては、現在の中高年層が年金給付を先食いする一方、年金負担を先送りしてきたことから生じている。そのツケを自らまったく(あるいはほとんど)引き受けずに、現在の若年層や将来世代に回す(保険料を引き上げる)というのはいかがなものか。むしろ現在の中高年層がそのツケを可能なかぎり応分に引き受ける、そのような姿勢をまず示すことの方が肝心ではないのか」

年金保険料と給付額

 まさに年金問題は、将来世代に一方的に過去のツケを押し付けるのかを問う世代間倫理の問題でもある。今年から大量退職を迎えた「団塊の世代」は、「年金食い逃げ世代」と揶揄されているが、実は同様の問題は他の先進国でも生起している。高度経済成長を背景に既得権益を得、それを手放そうとしない高齢世代に対する若年世代の不満は徐々に高まっているのだ。

 今年5月にフランス大統領選で勝利したニコラ・サルコジ氏(52歳)は、「68年5月の後継者は政治道徳のレベルをどれだけ押し下げたか」「左翼は権力、特権の味を好み、国民を愛してはいない。なぜなら左翼は何事ももはや分かち合おうとしないからです。左翼は共和国を愛してはいない。なぜなら左翼は平等を愛さないからです」と訴え、社会党のロワイヤル候補を破った。

 確かにサルコジ氏の68年世代批判は分かり易いが、問題の本質は「世代間対立」に収斂できるほど単純ではない。これまでの社会保障制度は、右肩上がりの経済成長とパイの拡大を大前提としてきた。今やその前提そのものが崩れつつあるのだ。

<ベバリッジは共産主義に対抗した>

 戦後西側先進国における社会保障制度に多大な影響を与えたのがベバリッジ報告だ。ウィリアム・ヘンリー・ベバリッジ(William Henry Beveridge、1879年―1963年)は戦時中の1942年、イギリス政府刊行物『社会保険および関連サービス』(ベバリッジ報告)を発表した。

 ベバリッジは「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに、社会保険制度を中心とし公的扶助・関連諸サービスを総合した社会保障計画を提唱した。「均一拠出・均一給付の原則」が掲げられ、「所得制限なしの児童手当」「包括的な保健サービスの提供」が当然のこととして提起された。これを受けてイギリスでは、患者負担無料(当時)・税方式の医療保障制度NHS(国民保健サービス)が誕生するなど、政策的な影響力は巨大だった。

 実はこのベバリッジ報告は、第2次世界大戦の戦局が大詰めを迎えヨーロッパやアジアで激しい戦闘が続くなか、前線の兵士を鼓舞する役割を果たした。イギリス政府はこのレポートをあまねく前線の兵士に配布し、発行部数はアメリカのベストセラー『風と共に去りぬ』に匹敵。そこには万一戦場で倒れても残された家族への社会保障を約束することで、兵士たちが後ろ髪を引かれることなく戦えるようにとの意図が隠されていた。

 同時に多くの西側先進国にとって、ベバリッジ報告に象徴される包括的な社会保障制度は、ファシズムに代わる新たな脅威として台頭する共産主義に対抗するために不可欠だった。1917年にはロシア革命が起こり、第2時大戦後には東欧諸国や中国が共産主義化する一方、「レッセ・フェール(自由放任)」的資本主義の矛盾は拡大するばかりだったからだ。

 1929年にニューヨーク・ウォール街での株の大暴落を引き金に始まった世界大恐慌では、世界中に大量の失業者があふれた。恐慌を回避しなければ社会不安は増大し、失業者への救済を行わなければいつ国民の不満は革命のエネルギーに転化するか分からない。

 こうしたなかで経済政策的にはケインズ政策が、社会保障政策的にはベバリッジ報告が車の両輪のように一体のものとして導入される。政府は財政金融政策により経済過程に積極的に介入し、巨大な公共事業などを通じて不断に有効需要を生み出して恐慌を回避する。さらに包括的な社会保障政策によりセーフティネットを強化し、社会秩序を安定させて共産主義運動を封じ込めようとしたのだ。

 実際にベバリッジは、漸進的な社会変革によってマルクス主義に対抗し、暴力革命を抑止しようとしたフェビアン協会のウェッブ夫妻に思想的・哲学的に共鳴していた。さらに経済学者ジョン・メイナード・ケインズにも多大な影響を受けていた。

 ベバリッジ報告の中心をなす社会保険制度は、自分が働いて稼いだお金で保険料を支払い、それを将来給付として受け取るシステムだ。つまり「働かざるもの喰うべからず」が基本コンセプト。このシステムが有効に機能するためには、政府はできる限り雇用を確保しなければならない。国民は一生懸命働いてこそ、将来のために保険を積み立てることができるからだ。

 ゆえにベバリッジ報告で示された社会保障制度は、ケインズ政策最大の目標である「完全雇用」の実現が大前提とされていた。だからこそ公的扶助ではなく社会保険が中軸を占めていたのである。

 戦後の高度経済成長期には労働力は恒常的に不足し、「完全雇用」とまではいかないにしても失業率は低い水準で保たれていた。ゆえにベバリッジ型の社会保障システムは、ある程度有効に機能し得た。

 しかし現在の先進国では慢性的に労働力過剰で、失業率は高止まりのままだ。かってのようにダムや道路建設などケインズ主義的公共事業で有効需要を喚起しようとしても、環境負荷は高まるばかりで持続不可能だ。まさに車の両輪であったケインズ主義的経済政策とベバリッジ型の社会保障制度が共に行き詰まっている。

 ここに今日の社会保障制度が抱える問題の根深さが潜んでいる。

<低成長時代の社会保険には無理がある>

 現在の日本では、特に若年世代は働きたくても仕事がなく、たとえ仕事に就けても派遣、パート、アルバイトなどの低賃金で劣悪な労働条件に晒される。ワーキングプアが大量に生み出され、多くの人は社会保険料の支払いすら満足にできないのが現状だ。

 どう考えても「完全雇用」を前提とし、社会保険を中心とする旧来のベバリッジ型社会保障制度を維持することは不可能だ。このままではセーフティネットの網の目から脱落していく人がますます増大する以外ない。

 同様の問題を抱えるヨーロッパでは、社会保険を基軸とした従来の社会保障から公的扶助を中心とした新しい社会保障への転換が議論されている。

 その最たるものが「市民所得」(Citizen's Income)、ないしは「基礎所得」(Basic Income)で、政府は老若男女のすべての市民に一律の免税所得を給付するシステムだ。ベーシック・インカム(BI)に関わる様々な論争を包括的に紹介した『自由と保障』(トニー・フィッツパトリック 勁草書房)では、「市民所得の思想は、1790年代のトーマス・ペイン、19世紀前半のフーリエ信奉者たちやジョン・スチュワート・ミルにまで遡ることができる」と紹介している。

 日本でBI導入を提唱している京都府立大学福祉社会学部教授小沢修司氏は、「格差社会とベーシック・インカム」のなかで次のように語っている。

 「近年の『格差社会』の深刻化やワーキングプア(働く貧困者)への注目などから、日本においてもBIへの関心はますます高まってきている」

 「『豊かな生活』を目指して勤労意欲をしゃにむに刺激しながら、経済成長による国民所得の増大とその再配分にあずかってきた従来の生産主義的な社会保障は環境に多大なる負荷を与えるものであった。それに対して、『労働』はひとまず置き、まずは生活を維持するための所得を保障するBIは、『働け働けコール』とは無縁であり、『働く自由、働かない自由』を保障しながら、『環境』と調和したゆとりある労働と生活の実現に寄与するのである。仕事に追われる労働至上主義、『企業中心社会』による『働き過ぎ社会』からの脱却は、後に述べるアメリカ的生活様式に象徴されるような消費主義をあおり立てる生活スタイルからの脱却と手を携えて、『環境にやさしい持続可能な経済発展』に導く」

 日本では、小沢氏のように積極的にBI導入を掲げる研究者は少数派だ。欧米でもBIについては賛否両論様々な議論が存在するし、そもそも本当に実現可能なのかどうかも大問題だろう。

 しかしBI構想は、経済成長主義を前提としたこれまでの社会保障のパラダイムを抜本的に転換する問題意識を投げかけている。BIを巡る議論を「空理空論」だと切り捨てるのではなく、そこに秘められた可能性を探ることは「持続可能な福祉社会」を展望する上で大きな意味を持つだろう。

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戦費調達のためにつくられた年金制度
政府の都合で約束は反故にされる

 社会保険のルーツは、ドイツの鉄血宰相オットー・フォン・ビスマルクの「飴とムチ」だ。ビスマルクは当時勃興しつつあった社会主義運動を徹底的に弾圧する一方で、社会保険制度を創設した。

 1883年の疾病保険制定を皮切りに、84年には労災保険、89年には年金保険が制定された。疾病保険は既存の共済組合を利用したもので、経費の公費負担はなかったが、労災保険の費用は全額事業主が負担した。

 しかし30年以上保険料を払い込んだ高齢者に給付する年金保険は、事実上戦費に当られた。当時の平均寿命は50歳前後にも関わらず、年金支給開始年齢はそれを上回っており、年金を名目に国民の金をかき集めるのが目的だった。

 実は日本の年金制度も同じような歴史を辿ってきた。日本では1940年(昭和15年)に民間の手で初めて船員保険が作られた。当時日中戦争は泥沼化しつつあったが、軍の徴用で物資を運ぶ船が攻撃され船員が死傷しても何の保障もなかった。軍人には手厚い恩給制度があり、船員の不満が高まったことに対処したのだ。

 翌41年には今日の厚生年金のルーツとなる労働者年金保険が開始された。10人以上の労働者を使用する工場・鉱山・交通運輸などの男性筋肉労働者が対象の強制加入保険だ。これが太平洋戦争真っ只中の44年(昭和19年)に厚生年金と改称され、女性と事務職員も加入。個人事業主を除くほとんどの勤労者が対象となった。

 保険料は当初の1000分の64から、44年には1000分の110に増額された。実は40年から源泉徴収制度が導入され、国民から有無を言わさず保険料を徴収するシステムが導入されていた。その結果保険料収入は激増したが、給付はほとんどなく積立金だけが膨れ上がっていく。

 この莫大な積立金のほとんどは戦費に充てられたのである。厚生省年金局・社会保険庁『改訂厚生年金法解説』(1972年、社会保険法研究会)では、厚生年金設立の経緯を次のように語っている。

 「戦時下において生産力を極度に拡充し労働力の増強確保を図る必要があり、そのための措置として要望されたこと、一方で時局下における国民の購買力の封鎖という見地から、この制度による強制貯蓄的機能が期待された」

 実際、当時の大蔵省預金部は船員保険、厚生年金の保険料を特別会計に繰り込み、国債を購入して不足していた軍事費に充てた。ではそれまで国民が支払った保険料はどうなったのか?

 敗戦後日本は空前のインフレとなり、なんと莫大な積立金は紙切れと化したのだ。年金の受給資格は保険料支払い20年以上だったから、ほとんどの国民は給付を受け取ることなく積立金を失った。まさに年金制度は戦費調達のための国家的詐欺だったのだ。

 ところが戦後もこの教訓は何ら活かされていない。年金の積立金は財政投融資を通じて高速道路建設などの公共事業につぎ込まれてきた。将来の給付に備えてきちんと管理するのではなく、またもや政府が恣意的に運用してきたのである。

 140兆円ある厚生年金の積み立て金は一体どうなっているのか? そのほとんどが回収不能の不良債権となっていれば、再び国家的詐欺が繰り返されることになる。

(1254号 2007年10月25日発行)