国際社会は民主化のための圧力を
         水澤努(編集部)

ミャンマー大使館前で抗議

 9月27日午後、品川区にあるミャンマー大使館前に在日ビルマ人が抗議のため続々と集まった。午後3時を過ぎる頃には200名を超えた。メッセージを書いたプラカードやアウン・サン・スー・チーさんの写真を掲げている参加者が目立つ。正門に対峙するように国民民主連盟(NLD)とビルマ連邦国民連合亡命政府(NCGUB)の旗が翻っている。

 「国際社会は民主化への圧力をかけろ!」
 「アウンサンスーチーら政治犯を釈放せよ!」
 「軍事独裁は国民への武力弾圧をやめろ!」

 シュプレヒコールが響き渡る。前日ビルマ国内のデモで9人の死者が出たばかりだ。日本人のジャーナリストも至近距離から射殺された。実際の死者数は200人にのぼり、逮捕者は700人を超えたという情報もある。数多くの僧院が襲撃され、僧侶も死傷した。参加者は同胞の虐殺に怒り、皆、声をからして叫び続ける。

 「お坊さんまで殺されたのが悲しくて、悔しくてしかたありません。軍隊にひどいことをさせないように日本政府は何とかして下さい。軍事独裁は日本のお金で支えられているのです」。来日して6年になる女性ダウ・オナマー・トウィンさんは溢れ出る涙を抑えきれない。

 独裁を日本が支えていると訴える彼女の主張は決して誇張ではない。日本は最大のODA拠出国。世界中の非難を無視して援助を続けてきた。独裁政権が医療と教育に使った予算はGDPのわずか0・27%。これに対して軍事費はGDPの約50%にもなる。世界の最貧国ビルマには48万人の軍隊が存在する。その軍隊が国民を暴力で支配している。

 また、世界各国の汚職を監視しているNGOトランスペアレンシー・インターナショナルが9月26日発表した2007年版「汚職指数」によると、ビルマは世界最下位。援助はどんどん権力者のふところに転がり込んでいく。

 日本政府は一方では北朝鮮を独裁国家として非難しながら、まったくのダブルスタンダードなのだ。

 「早く祖国に帰りたい。でもビルマが自由の国にならないと帰れない。そのためには軍事独裁政権を倒さなくては。何で日本の警察はミャンマー大使館をかばうんだ」。抗議行動を指揮するタカン・ラインさんの言葉から怒りがほとばしる。

 軍事政権に逮捕され、ビルマの38箇所の刑務所に投獄されている政治犯の数は1600人以上にのぼり、70人の政治犯が拷問によって獄死した。そんな祖国で生きていけないから彼は日本に亡命した。

<民主的選挙を踏みにじった軍事政権>
 
 ビルマ労働組合連盟日本支部の書記長を務める女性ナン・マイ・トンさんは訴える。

 「今の軍事独裁政権が出来てから19年間、国民はずっと苦しんできました。今こそビルマに民主主義を実現する時です。今出来なければまた独裁が続いてしまいます」

 ビルマでは1962年、ネ・ウィン将軍の率いるビルマ社会主義計画党が軍事クーデターを起こした。以降20年以上軍事独裁が続いたが、88年に民主化を求める大衆運動が高揚。ネ・ウィンは退陣を余儀なくされた。

 ここでビルマ軍参謀長のソウ・マウン将軍が再びクーデターを決行。憲法を停止して国家秩序回復評議会(SLORC)を設置し、総選挙を公約として掲げた。この過程で学生を中心とする民主勢力は軍によって徹底的に弾圧され、数千名が虐殺された。

 クーデター後、ビルマ国内では多くの政党が結成され、総選挙の準備にかかった。民主化運動を最先頭で担ったアウン・サン・スー・チーさんは国民民主連盟(NLD)を結成した。だが1889年に軍事政権は「国家破壊法違反」の名の下、スー・チーさんを自宅軟禁し、政治活動を禁止した。

 1990年5月の総選挙ではNLDが圧勝した。485議席中NLD392議席、シャン諸民族民主連盟(SNLD)23議席、国民統一党(NUP)10議席、その他の諸政党が60議席だった。ビルマは民主化に向け、大きな一歩を踏み出すかに見えた。だが、軍事政権はこの選挙結果を認めず、民主勢力への弾圧を強化した。国民議会は招集されることはなかった。これ以降、今日までビルマでは軍事独裁が続いている。

 この軍事独裁政権を世界でいち早く承認したのが日本政府だ。全世界で孤立する反民主的な政権を日本は救済したのだ。ソウ・マウン政権は国名を「ビルマ」から「ミャンマー」に変更したが世界的には浸透していない。人権団体の間では今でも「ビルマ」と呼ぶ。一方、日本では外務省の決定に基づき即座に「ミャンマー」に統一された。

 スー・チーさんの軟禁は1995年まで続き、解放された後2000年再び軟禁。2002年に再度解放されたが、2003年5月、ビルマ北部を遊説中に軍による襲撃を受け、活動家や支援者の多数が死傷、逮捕された。その際、再々度軟禁され、今日にまで至っている。今回のデモの高揚をうけ、軍当局は身柄を刑務所に移管した。

スーチーさんの解放を訴える

 現在でも政党は政治参加と活動を禁止され、労働者と農民は団結権を否定されたままだ。

<日本政府は軍事政権への圧力を強化せよ>

 今回のビルマ国内のデモは8月に強行された燃料価格の引き上げがきっかけだった。ビルマでは1人当たりのGDPはわずか160ドルで、世界179カ国中175位。北朝鮮よりも貧しい。軍部だけが肥え太っていく。この生活苦が長年に渡る圧政への怒りと結びつき、いっきに爆発したのだ。

 デモ参加者は10万人を超え、軍政発足以来最大規模となった。88年の民主化闘争は学生が中心だったが、今回は国民が尊敬する僧侶が先頭に立っている。民主化の願いは一層国民の中に根付いたのだ。

 「国では僧侶が命懸けでがんばっている。放っておけません。僕も日本で出来る限りのことを行います」。来日してから1年半になる若者アウン・タン・テーさん。同世代の僧侶たちが祖国の民主化のために血を流していることに居ても立ってもいられず大使館に駆けつけた。

 ビルマでは伝統的に若者は男性であれば一度は僧侶になる。そのまま仏門に入る者もいるが、ほとんどは元の市民生活に戻る。デモの先頭に立って傷ついている若者たちの中にアウン・タン・テーさん自身がいたとしても不思議ではないのだ。

 全ビルマ学生自治会連合の活動家ミャツ・トウさんは日本人へのメッセージとして次のように語った。

 「日本人はビルマの国内で起こっている事に関心をもって欲しい。日本政府が人道的支援という名目で軍事政権を支援しているのをやめさせて下さい。日本はアジアの民主国家としての役割を果たすべきです。日本政府を動かすのは私たちだけでは困難です。日本の方々の力が必要なのです」

(1253号 2007年10月10日発行)