南水北調プロジェクトは中国版自然改造計画
公共事業で生き残りを図る中国共産党は自民党と同じ
今年5月、中国河南省焦作市で「南水北調」プロジェクトの一環として、黄河を横断するトンネル工事がはじまった。水不足解消が目的だが、大規模な自然改造は多くの問題をはらんでいる。三峡ダム問題に関わってきた東京国際大学の鷲見一夫さんに問題点を聞いた。
<長江からの引水は水不足を解決しない>
◆南水北調プロジェクトとは
中国の水資源には格差があり、降水量の多い南部と降水量の少ない北部とでは大きなひらきがあります。北京の位置する北部地域は降雨量も少なく気温も低い。
農業・工業生産性向上のため、中国の建国直後は北京市、天津市、河北省に流れる河川に数多くの農業・発電用ダムを建設しました。黄河でも数多くのダムが建設されました。しかし、結果として河川の流量が減少し、黄河の水流が途中で消えてしまう「断流」現象が生じました。
特に首都・北京の水不足は危機的です。現在は飲用水を密雲ダムと地下水に頼っていますが、地下水位は低下し、ダムの貯水量は減少、汚染もひどくなっています。
このような状況に対して、遠く南部の水量豊かな長江の水を北京に引水する「南水北調」計画が実施され始めました。しかし黄河の水がないから長江から引水するというのは、あまりにも安易な発想です。
水不足の原因が、黄河に多くのダムを作り過ぎたことと、流域での工業用水・潅漑用水の大量取水にあるのは明らかだからです。黄河の三門峡(サンメンシャ)ダムの下流に更に小浪底(シャオランテ)ダムを作ったから、下流の農民が「水がこない」と訴えたのです。そうした根本的な原因に対策を施さず「南水北調」という対処療法を行うのでは、水不足は解消できないばかりか、副次的な環境・社会問題を誘発してしまいます。
◆南水北調計画の問題点は
「南水北調」計画は、長江の上・中・下流からそれぞれ取水し、西北地区と華北地区の各地に水を送る西線、中央線、東線の3つの構想があります。
今年5月に始まったトンネル工事は中央線(中線)案です。中央線案は長江支流漢江の丹江口(タンチャンコ)ダムから取水し、唐白河平原北部、黄淮海平原の西部を経て、黄河の下をトンネルでくぐって横断し、終点の北京市、天津市に水を供給します。長期計画では長江の三峡ダムから取水し、引水量を増やしていく計画となっています。全線は自然流下方式で、主水路は全長1245・6㎞、底幅は56〜7mとなります。
現在起きている問題は、丹江口ダム周辺の住民立ち退きです。丹江口ダムでは貯水量増加のためにダムサイトのかさ上げ工事を行っています。完成すれば移転する住民は何十万人となります。
そもそも丹江口ダムは約40万人の住民を立ち退かせて作りました。当時の立ち退き住民達は現在もダム湖周辺で生活をしており、その人達を再度立ち退かせることになります。また、長大な用水路建設のため農地を奪われる農民も大量に発生します。
三峡ダムからの取水にも大きな問題があります。長期計画では三峡ダムから丹江口ダムへ引水しますが、高くまで揚水することになるので膨大なエネルギーが必要となります。三峡ダムの発電した電力はこの揚水のために大量に使用されることになります。
取水が始まれば三峡ダムの水位は低下し、様々な問題が生じます。現在の構想では、船は5段式ロックゲートで三峡ダムを通過することになっていますが、水位が低下すれば湖面までの落差が生じます。船舶航行に支障が出るのは明らかです。
長江の水量が減少し、水圧が低下すれば上海の河口付近では海水が遡上し、農地は塩害の被害を受け、建物は錆びてきます。河床には土砂が堆積します。特に武漢の下流は河川が蛇行して土砂が溜まりやすく、現在でも船舶の航行ができなくなることがあります。さらに長江の水流が減少すれば船舶通航に大きな障害が出ます。
南水北調計画は、三峡ダムによる悪影響をより深刻化させることになるのです。
<止まらない巨大国家プロジェクト>
◆プロジェクトの見直しはあり得ないのですか
「南水北調」に対しては三峡ダム建設と同様に、中国国内でも反対の声がありました。しかし共産党の決定はなかなか変更できない構造にあります。国家的プロジェクト自体が権力闘争の具となってきたからです。
1950年、長江水利委員会が設立され、三峡ダムプロジェクトの調査がはじまります。しかし批判的な意見があがり、反対派の李鋭と推進派の林一山が対立します。1958年、毛沢東は李鋭の意見を採り入れ、建設慎重派に方向転換します。その後、建設推進派は「彭徳懐事件」を利用して、建設反対派に「反党的」「右派分子」のレッテルを貼り、1959年に李鋭を失脚に追い込みます。
以降、長江水利委員会で三峡ダムに批判的なことを言う人々は「李鋭一派」「反党反社会主義」として追い出されてきました。現在の長江水利委員会は、日本の国土交通省の官僚と同じです。異を唱えず、一旦決まった計画をそのまま踏襲していくだけです。
あとは雇用の確保、天下りです。三峡ダムは2009年に完成する予定で、完成すれば水利委員会の仕事がなくなります。だから南水北調を継続することで「仕事」もできると考えているのでしょう。奇しくも日本の自民党と中国の共産党はそっくりです。権益が最優先で、環境問題や立ち退きなどの社会的問題は二の次なのです。
建設資金の不正使用も目立ちます。中国は南水北調を口実に日本から多額のODAを引き出したのですが、丹江口ダムの工事が始まる前に大部分が消えてしまいました。不正な資金使用に対しては日本が返還要求すべきでしょう。
◆中国国内では住民の反対運動は起きていないのでしょうか
中国政府は三峡ダムや西部大開発などの国家プロジェクトに反対する人達を「テロリスト」として取り締まっています。確かに散発的・一揆的な住民暴動はありますが、現在のところは力で抑えられています。
例えば三峡ダムの立ち退き住民は、福建省や山東省などにバラバラに移住させられました。今後、三峡ダム周辺に残っている人達を青海省や新疆ウイグル自治区に移住させ西部大開発に動員するのではないかと思います。まとまった抗議行動は起こしようがありません。
他の省に移住させられた農民は悲惨です。移住する際は農機具や農具も持っていけず、家畜も連れていけない。補償費も日本円で3万円程度ですから、新たに農具や家畜を買う余裕はありません。代替地もやせこけた土地しか割り当てられません。
こうした強圧的な対策をいつまで続けられるかは疑問です。地方では住民が武装化しているところもあり、警察も手を出せない状態が起きているからです。
中国の社会矛盾は激化していますが、そうした動きを抑えるためにも国家的プロジェクトの推進が必要とされているのかもしれません。三峡ダムや南水北調は、省をまたがって電力・水を供給するシステムです。これは省レベルではなく、中央政府、共産党指導の下でなければ実現不可能です。国家による大規模な「ライフライン」建設は、共産党が中国を支配していく格好の口実であり、威信を示す機会でもあります。
しかし三峡ダム・南水北調は、かつてのソ連が行った自然改造計画の焼き直しです。環境を無視した古い開発の在り方は早急に軌道修正するべきでしょう。そうでなければ早晩行き詰まることは明らかだからです。
