地球に優しい地産地消の試み

 日本で最初に商業用原子炉が稼動した茨城県那珂郡東海村。この村で昨年、「NPO法人東海村菜の花エコプラン」が設立された。菜の花を栽培して菜種油を搾り、さらに廃油をバイオディーゼル燃料(BDF)にして活用するプロジェクトだ。

<菜種産業が盛んだった東海村>

 元村議の相沢一正さんは、このエコプラン設立に参加した。そもそも相沢さんが菜の花にかかわるきっかけは、8年前にさかのぼる。

 1999年9月30日、東海村のウラン加工会社JCOで臨界事故が発生。2人の作業員が死亡し、700人近い周辺住民が被曝した。日本の原子力産業史上最悪の惨事だった。

 原子力の「安全神話」が揺らぎ、多くの村民が不安や動揺を抱えた。長年東海村で暮らしてきた相沢さんは、翌年1月の村議会選挙に「脱原発」を掲げて立候補し、当選を果たした。

 30年以上に渡り脱原発運動を続けていた相沢さんだが、議員になり新たな思いを抱くようになった。「議会の場に身をおいた以上、村のあり得べき姿を自分の中で描き、積極的に提起することが求められます。私は、村の生業の中心にあるべきものは『農業』だと考えるに至りました」。

 1950年代〜60年代、東海村や近隣の地域では、搾油用のナタネ栽培が広く行なわれていた。当時は搾油業者が何軒もあり、産業として成り立っていた。

 ところが東海原発1号機が建設、稼動して以降、菜種産業はあっという間に衰退し、それに代わるように東海村は原子力の村となっていった。「ナタネと原子力はいろいろな意味で対照的な存在なんです。ナタネには象徴的意味があると思ったのです」と語る相沢さん。

 東海村に再び菜の花畑を広げたいと考え、2000年11月仲間と共に「菜の花会」を立ち上げた。地産地消を実現するために、地元の学校給食に地場産ナタネ油を提供することを当面の目標に掲げた。

 さっそく遊休農地7アールあまりを借り、ナタネ播種期である翌年10月から菜の花会の活動を開始した。播くナタネは、遺伝子組み換えのない純国産にこだわった。最初は厚播きしたため間引き作業が大変だったが、菜の花真っ盛りの4月には祭りごとをして楽しんだ。

 6月の収穫期は、刈り入れ・脱穀・乾燥と最も辛い作業の連続だ。しかしそのかいあって菜種の収穫量は164・7㎏に上った。電動の小型搾油機を使って搾り出した油は720mlビンで53本。早速天ぷらを揚げて舌鼓を打ち、サックス奏者を招いて収穫祭を催した。会の活動を宣伝するため、地元で開催された「東海村・環境フェスティバル」に出展し、搾油の実演やナタネ油で揚げた天ぷらの試食会などを行なった。ナタネ油で揚げたポテトチップスは、市販のものより香りが良く美味しいと大好評だった。

 全国各地で毎年行なわれる「菜の花サミット」に代表を送り、他地域の住民と交流し、菜の花を活用した「まちおこし」からも学んだ。初めて体験した菜の花栽培は、様々な苦労と共に、それを癒して余り有る楽しみに満ちていた。

<循環型社会へのささやかな一歩>

 こうして5年ほど菜の花栽培に取り組んだが、当初の目標はなかなか達成できなかった。相沢さんたちの栽培だけでは、学校給食へ提供できるほど十分な量の油は生産できない。このままでは地産地消の循環型経済は広がっていかないと思い悩んだ。

 そんな時、環境対策として廃油からBDFを生産するよう村政に働きかけている人たちと出会い、共同でNPOを立ち上げることになった。事前の事業調査や勉強会などを経て、昨年10月13日「NPO法人東海村菜の花エコプラン」設立総会を開催。設立趣意書には次のように記されている。

 「私たちが起こそうとしている事業は、ナタネを媒介にこのBDF(バイオディーゼルフーエル)と耕作放棄地を結んで循環させ、環境改善対策としても、農業の活性化や食の安全対策としても役立たせ、合わせて村づくりにも寄与させようというものです」

 年明け早々NPO法人として認可され、4月22日には村役場やJAの協力を得て、イベント「廃食油で車が走る!?」を開催した。屋内では、菜の花栽培からBDFができるまでの仕組みをパネル展示。屋外では村内外の保育所や菓子店などから集めた廃食油から製造したBDFで、実際にディーゼルエンジンを動かした。発電機やトラクター、さらにマイクロバスの試乗会も行い、参加者は100名近くに上った。

 エコプランに賛同して会員は着実に増えている。しかし、相沢さんたちが一番期待している農業従事者の参加はまだない。ナタネ生産の経済益が見込めない以上、生産補償など行政による支援制度作りが必要だと相沢さんは考えている。今後乗り越えなければならないことは、まだまだたくさんある。

<食を奪うバイオ燃料は本末転倒>

 現在、温暖化対策としてバイオ燃料は国際的に注目されている。その一方で、バイオ燃料の需要拡大により食糧や飼料が高騰し、生態系への影響も懸念されている。

 相沢さんは、バイオ燃料が石油と同様に遠距離を運ばれて利用されることには批判的だ。「カーボンニュートラルのバイオ燃料それ自体はCO2を増やさないので、地球温暖化対策の意義は大きいでしょう。しかし一番大切なことは経済成長を抑制することで、省エネが基本です。バイオ燃料が普及して車の台数が増えたのでは全く意味がありません。油性作物を栽培し、食用からBDFまで地域で循環させる経済の仕組みを作ることが肝心だと思います」。

 「ましてや、温暖化にもっとも苦しんでいる貧しい国の人々の食糧を奪い、熱帯雨林を破壊して油性作物を栽培することは本末転倒です」と語気を強める相沢さん。温暖化対策の切札として、原発を国際的に推進しようとする日本政府にも憤りを隠さない。

 「ウラン採掘から始まってプラントの維持、事故対策から放射性廃棄物の管理までCO2を出さない原発などありません。火力発電なくして、原発は成り立たないのです。放射能という最も厄介な地球汚染物質を抑えることこそ重要です」

 相沢さんは、こうした筋金入りの「脱原発」の思いを、より多くの人々や若者たちと共有したい。そのためにも、地道なNPO活動が大切なのだ。

 6月17日、梅雨とは思えない快晴の下で菜種の収穫が行われ、初参加者を含め20人ほどが半日汗を流した。草刈機のエンジンがうなり根本から刈り始めると、ナタネ油に似た甘い匂いが畑中にひろがる。この日刈り取ったナタネは1〜2週間ほど乾燥させて鞘ごと揉んで種をとる。今年の収量もまずまずだ。

 「この油が学校給食や地域の商店に使われ、その廃食油からつくられたBDFで村内の公用車や清掃車が走っている。そんな循環社会をこの村につくりたい。農の活性化や環境問題・地球温暖化対策のために、菜の花を咲かせ、廃食油をBDFにするこの事業に共感する人は是非参加して欲しい」

 相沢さんは刈り取られていく菜の花を見ながら、額の汗をぬぐった。

菜種の収穫

(1247号 2007年7月10日発行)