高尾山エコラボキャンプの義援金を刈羽村へ
原発震災の恐怖を追体験する
高尾山エコラボキャンプで集まった新潟エイドの義援金を届けるために、虔十の会6名が8月27・28日、新潟県刈羽村でボランティア活動を行った。
震災より約1ヶ月たったが、屋根にブルーシートをかけた家が目立つ。到着後、刈羽村議の近藤容人さんと共に村役場へ向かい、刈羽村村長に義援金10万円を手渡した。
午後からはボランティアを開始。訪れた家は、脱原発の活動に取り組んでいる刈羽村村議の伊藤範昭さん宅だ。今にも雨が降り出しそうな天気のなか、家の畳をあげる。作業をしながら原発震災の恐怖や、六ヶ所村の再処理工場の問題にまで話が広がった。
伊藤さんは有機農業にも取り組んでおり「震災のおかげで畑にまで手が回らず草が伸び放題になっているのがつらい」と語る。休憩中にいただいたトマトやキュウリに参加者は舌つづみを打つ。
ボランティア終了後、近藤容人さんが、震源地や刈羽村原発周辺を案内。一同、原発と震源地の近さにびっくりする。
近藤さんは、「3年もたたないうちに再び震災にあうとは誰も思わなかった。地震大国日本に原発があることの恐怖を実感して欲しい」と訴える。
近藤さんは自宅が大きな被害を受けているにもかかわらず毎日支援のため飛び回っている。忙しいなか、時間をさいて説明してくれた近藤さんに参加者はお礼を言って別れた。
翌日は残念ながら大雨。ボランティアセンターを訪れるが、外での仕事はまったくできない。
代わりに柏崎刈羽原発のPRセンターを訪れる。案内係の女性は、地震の際、いかに安全に原発を止めたかを強調するばかりだ。3号機の変圧器の火災、6号機の使用済燃料貯蔵プールの水の漏洩などについて質問し「あなたの命だって危なかったはずでしょ?」と問う。柏崎在住の女性は「本当は怖い」と本音をちらりと語った。
柏崎刈羽原発は、このまま閉鎖するのが一番賢明な選択だと改めて確認した。
