書評『社員をサーフィンに行かせよう―パタゴニア創業者の経営論』(イヴォン・シュイナード著 東洋経済新報社)
環境NGOをうならせる経営理念
企業もエコに変わる可能性がある
7世代先の子孫のことを考える
パタゴニアは、アウトドアスポーツを楽しむ人なら誰でも知っているスポーツメーカーだ。
この会社は、自然保護に取り組む草の根運動を支援し、社員自ら運動に参加している。製品には100%オーガニックコットンを使用し、企業活動においても自然界に負荷を与えないための努力を惜しまない。こうした姿勢は世界中で高く評価され、多くの日本の若者も支持している。
パタゴニアの歴史は、創業者イヴォン・シュイナードのアウトドア活動のなかから生まれた。彼はヨセミテのロスト・アロー・チムニーやセンテニアルロック北壁を登るために、丈夫で固く繰り返し使えるピトンなどのクライミング道具を作り出した。それがパタゴニアの最初の一歩となった。
この本では、イヴォン自身の魅力的な人生観と共に、パタゴニアがなぜ今のような企業に成長したのかが語られている。そして今後、企業は環境問題にどう向き合うべきなのかを示唆する書になっていて興味深い。なにより読んでいて希望が持てる本だ。
パタゴニアの大きな転換は、日本がバブルに浮かれていた90年代最初に訪れた。それまで10年以内に10億ドル企業になると予想されるほど好調だったパタゴニアの経営は、91年アメリカの景気後退により深刻な危機に陥る。しかもその危機は、前年より売上げが落ちたためではなかった。それどころか、売上は前年比20%も増えていた。
しかし、急激な成長戦略にとって20%の売上増では経営危機を意味したのだ。この時イヴォンは、自分たちが持続不可能な隘路に入り込んでいることを自覚する。そして、経済成長主義にひた走るアメリカ経済界と決別し、ネイティブ・アメリカであるイロコイ族の「7世代計画」を模範とすることを決意した。
この「7世代計画」は、意思決定の過程で常に7世代先の子孫のことを考慮する有名な伝統だ。イヴォンはこの意志決定理念をパタゴニアで実現し、急速に会社の経営を建て直した。同時に、草の根環境グループへの本格的な支援に乗り出したのである。
イヴォン自身、70年代の初めに草の根運動の有効性を実感していた。当時彼が友人と地元の映画館にサーフィン映画を観に行った際、上映後に若いサーファーが観客に呼びかけた。「市議会の公聴会に出席し、市当局の計画するベンチュラ川河口の水路計画と開発に反対の発言を行ってほしい」。
イヴォンはこの呼びかけに応えて公聴会に出席して発言した。こうした運動の力により開発は撤回され、川は守られた。この体験により、イヴォンは草の根運動の大切さを理解しているのだ。
しかしイヴォンは、「なぜビジネスに関わるのか」「会社を売って環境団体に全額寄付すればいいではないか」との問いに晒され葛藤する。そのなかで彼は、「他の企業が環境的な経営と持続可能性を探るに当たって手本にできるような会社」となることで、企業経営を通じても環境保護に寄与する方向を模索する。
利益よりも環境保護を優先する
この本のタイトル「社員をサーフィンに行かせよう」は、単なる理念ではない。パタゴニアの社員は本当に仕事中でもサーフィンに行っていい。
サーフィンを楽しむにはいい波が必要だ。せっかくいい波が来ているのに部屋に閉じこもっていてはもったいない。サーフィンに出かけて思いっきり自然を満喫し、同時に自然の大切さを自覚する。もし海が汚れていれば、自ら保護運動を担う。さらに、パタゴニア製品の商品テストも兼ねる。
サーフィンは前もって予定を組むことができない。「いい波が来たら、あるいはいい雪になったら、すぐに出かけられるように、常日頃から生活や仕事のスタイルをフレキシブルにしておかなければならない」し、誰がいつどこかへ出かけてもいいように社員同士で誰がどんな仕事をしているか理解していなければならない。
だからパタゴニアの経営は、「お互いが信頼し合ってこそ、機能するしくみ」なのだ。当然、責任感、効率性、協調性などは高まっていく。「社員をサーフィンに行かせよう」という精神は、パタゴニア流の「フレックスタイム」と「ジョブシェアリング」の具現化でもあるのだ。
イヴォンの理想は、遊びと仕事と家庭の境界線をなくすことだ。パタゴニア日本支社でも「サーフィンに行こう」と奨励しているが、残念ながら日本人はあまり行かないらしい。もったいない話だ。
そして何より衝撃的なことは、パタゴニアは自らの社会的使命を「私たちの地球を守ること」だと宣言していることだ。この使命は売上高や利益より優先される。口先では環境を言いながら実際には金儲けしか考えていない企業が多いなかで、本当にこんな会社があるとは驚きだ。
私は高尾山の自然を守る草の根環境グループで活動しており、パタゴニアの支援を受けているが、この本の内容によって支援の精神をさらに深く理解することができた。そして企業も変わる可能性を持っていることに大きな希望を感じた。
パタゴニアは、売上高の1%以上を環境保護団体に寄付する「地球のための1%同盟」を提唱している。これに加盟する企業は、ここ1、2年で3倍以上に急増し、約500社となった。パタゴニアの理念は確実に波及しつつある。
イヴォンは、草の根団体への寄付は「慈善」ではなく「支払わなければならない税金」だと強調する。だからこそ、その税金は最も有効に使われなければならない。最も「良いこと」をしているのは誰か?
「私が唯一信じる相手は、何ヶ月も樹上に座りつづけたり、ブルドーザーの前に立ちはだかったりするのをいとわない人々」であり、彼らこそが「膨れ上がった大組織や政府よりもはるかに多くの成果を上げられる」。これがパタゴニアの精神だ。
今年5月に来日したイヴォンは、京都議定書の取組みなどで未だ遅れている日本の現実に対して、次のように語った。
「平均的アメリカ人の読解力は、日本の中学2年生程度です。半数以上の人たちはダーウィンの進化論を否定しています。世界に誇る教育レベルを持つ日本なら、もっとできることが一杯あるはずでしょう?」
ぜひ多くの人がこの本を紐解いて、未来へ向けた希望と勇気を湧き上がらせて欲しい。
(坂田昌子)
