新潟県中越沖地震ボランティア活動報告(2) 脱原発の絆を強めて被災地を支えよう
25日の作業を終えたスタッフはコンビニ弁当を買い、近藤さん宅で夕食をとりながら交流会を開催した。
最初にスタッフ一同から近藤さんにカンパが手渡された。それぞれ脱原発運動に携わってきた参加者に対して近藤さんは、「今回の地震被害を教訓として、刈羽原発はすべて廃炉にして欲しい。柏崎市長の会田洋さんが消防法に基づいて運転停止命令を出したのは画期的なことです。これで最低1年は運転できないでしょう。私たちもさらにがんばります」と力強く語った。
1時間ほどの交流会を終えてテントに移動する頃には雨が降り出していた。総雨量が100ミリにもなる激しい雨は夜通し降り続け、テント内にも浸水するほどだった。スタッフは「今日かけたブルーシートが少しでも役に立てば良いが」と雨脚を心配しながら眠りについた。
翌朝8時からは、降ったり止んだりのぐずついた天気のなかで前日にペンディングしたブロック塀の解体に着手する。幅約5メートル、高さ1メートル前後の塀の下から1段目のブロックを端から順に壊していく。
出発前にレンタルしてきたハンマードリルで亀裂を入れ、ハンマーで叩き壊し、鉄筋はハンドサンダーで切断する。
現場で作業を継続する一方、午前10時過ぎ小川愛子さんは近藤さんと共に刈羽村役場を訪問。エコノミー症候群対策のために購入してきた3人用テント10張りを提供した。さらに品田宏夫村長と面談し、「一日も早い復興をお祈りします」と挨拶。品田村長は「中越地震に続いて二度目の被災です。ぜひ全国のみなさんのご支援をお願いします」と語った。
小川さんが作業現場に戻ったころには、ブロック塀の解体はすっかり終了していた。「ここは通り道だから、万一通行する人に被害が出たらと心配でした。本当に助かりました」と喜ぶ被災者の顔を見てスタッフも嬉しそうだ。
昼食をはさんで枝豆の収穫ボランティアを予定していたが、前夜の雨のために中止となる。そこで近藤さん宅の部屋の後片付けを手伝うことにした。近隣住民のために走り回る近藤さんは、自宅の後片付けになかなか着手できないでいたが、2時間ほどかけて一部屋の片付けを終了した。
午後2時半、予定していた作業をすべて終了し、最後に近藤さんに挨拶する。
「今回ボランティアを受け入れていただき、本当にありがとうございました。おかげで充実した活動を行うことができました」と口々に語るスタッフ達。
近藤さん夫妻は地元産の天然もずくをスタッフ一人一人に手渡し、「今回のご支援に対しては、今後の脱原発運動でお返しさせていただきます。本当にありがとうございました」と熱く語ってくれた。
JR越後線の脇を走行しながら北陸道西山インターに向かうと、修復用トラックが線路の上を走っているのが見える。地震で線路は曲がりくねっており、1日も早い復旧が求められている。
中越沖地震発生から10日、本格的な復興はこれから始まる。被災地住民を震わせた原発震災の恐怖を決して忘れることなく、今後も出来る限りの支援を続けていくことを誓い、スタッフは現地を後にした。
